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008、宝石使いのお話

「そうだね。一番端的には会話が出来るようにするということだけど、それは要するに、『向こうはこちらの言葉が聞こえて』、『こちらは向こうの言葉が聞こえる』とその意味も含めてそうできればいいわけだ」

「聞こえる、というよりも通じる、じゃないの?」

「そのあたりは僕も正確に意味がつかめていない部分があってね……ま、重要な部分じゃないけど」


 どの様に説明しようか、と少し言葉を選ぶ。

 とりあえず、こちらでデザインしているレベルでいうなら、


「計算機サイドで解析できるようにする、というのが重要なわけだよ」


 蓄積して統計処理して、分析する。そのために、電子機器とのイン・アウトが必要となるわけである。人間の脳みそなら意識的無意識的に処理する部分だが、


「確認だがシャルロッテ」

「シャルでいいわよ」


 まだ、こちらも慣れていない。


「――シャル。まずは用語の確認だ、宝石のうち人格が宿っているものを至石と呼び、至石に宿る人格を石霊と呼ぶ」


 愛称で呼んだことにむず痒そうな表情で笑う少女の表情の意味を努めて考えないようにして返答を待つ、


「至石って分類はあるけど、あまり使う単語じゃないわね。あと使い方が正しくないわ。宝石というのは見られ愛され大事にされるといずれ、そこに至るから、至石と呼ぶけれど、其処までの段階でもいくつかあって、それは……」


 シャルの説明をまとめるとこうだ。石のうち、魔力を特にとどめ置けるものを呪石と呼び、単独で魔術の行使を可能とするものを魔石と呼び、自分の意識を表に出せるものを至石と呼ぶ。


 呪石自体はそこまで希少性の高いものではないとのことだが、一日、自然の中を歩きまわれば二、三個見つかるだろう、という程度というのは希少性が高いと言わないのだろうか……むしろ他の石はどれだけの希少性なのか、と。


 それはさておきこれの最も一般的な使用方法としては、表面に呪を刻むか書き込むかしてお守りや投擲につかうというやり方で、石と相性がいい魔術師なら電池代わりにもなるとのこと。


 魔法使いの話過ぎてついていけないが、要するに、エネルギーの詰まった石なので、暴力的な手段だったり防御的な手段に使うのだろう。


 次に魔石は至石に届いていない石のこと。魔術の行使を可能として、意識を表に出さないというのは、正確には意識を表に出すことができないと言えるそうで、端的には『意識は在る、が、ほぼ眠っているに等しい』というようなものらしい。シャルのような宝石使いは制約はあるにせよ魔石とも会話を出来るということで『普通』の魔術師たちとは明確な差があるらしい。


 最後に至石だが、これは石を核とした精霊そのものだ、とのこと。イメージとしては童話の中の妖精・精霊、花を核とした花の妖精が語り掛けてくるようなもの。森の中で迷った村人にすら声を届けられるように、ごく普通の一般人と意思疎通のできるものを指すのだという。


(つまるところ……たぶんだが、入出力の機能を再現できるかどうかが魔石と至石の境目、かな。宝石使いってのはこの入出力機能をもっている人間側の称号、なんだろう)


 つまり、宝石使いのもとでは至石と魔石には他力か自力の差しかない。


「だから、この基準で魔石ね。魔石からの声を届けることができればいいのではないかしら?」


 これはだから、入出力機能を石の側でも人間の側でもなく、別のもので代替できないか、という話なのだ。


「意思はあるけれどそれを外に出すすべがない個体、か」

「そうね……いや、それも少し正確ではないかしら、簡易な魔術の行使は可能なのだから石の表明が皆無という訳ではないのかもしれないわね」

「……」


 僕は黙って首をひねる。ふふ、と軽い笑いを彼女は漏らす。


「その表情、何かアイディアがあるのね」

「うん、さっきの話に戻ろう。単語の整理は出来たことだし」


 そう言って資料の山に戻る。


「分析機器のカタログを広げているのを見て、君は何を思ったんだい? シャル」

「石の側の意志の有無を分析的に明らかにしようとした?」


 なるほど、と幾つかの事に納得した。まず、分析機器カタログに対する微妙な表情についてだ。恐らく、これまでの技術者はそこから始めてそこで終わったのだろう、――だから、いつもと同じ程度だ、と思われたわけだ。


(気持ちは分かる)


 どちらの気持ちも当然わかる。技術者たちの立場として、どこが違うのかを確認しておくことは重要だし、重要度を除いても好奇心の疼く設問である。それを第一段階に置くことはある意味順当だ。


 そして、それについて、期待しながら任せた技術者たちが皆揃って第一段階をそこに置いて、だれもその第一段階を超えられないというのであれば、シャルロッテ嬢の落胆もむべなるかな。


 どこまでを仮定として処理できるかは学問に於いては大きな問題だ。第一歩の確定は言葉の上では簡単だが、その実、艱難辛苦を湛えた悪路である。正道で王道であることはこの場合、歩きやすさとは比例しない。


 ただ、自分が別のスタートから始めたのは思慮深いからでも優れているからでもない。たまたま、別のアプローチを知っていたからに過ぎない。


 そのことを何かのおかげというのなら適材を適所にぶち込んだシャルの手柄だろう(試行錯誤の末たまたまかもしれないし、手あたり次第かもしれないが)。


 あとはこちらの試行錯誤。先ほどの説明を聞いて確信したのは、出力の問題。


 意識、知能のあるなしは細かいところを取り除いて雑感で告げれば『他の知性によってどう判断されるか』で評価される。他の知性というものについては一般には人間の知性のみが知られているから、人間が『これは人間である』と判断するできる知性こそが知性だ、と言える。


 であれば、そのために必要なものはなにか。最低限、出力が人間の入力に合う事である。間に何かを介しても問題ない。言葉は言葉にならなければ音のままで処理される。つまり、


「石霊の声は人間には超音波みたいなもので、たまに聞こえるのがシャルのような……えっと、宝石使い?」

「ふむ、で?」

「あー、うん。それを人間が聞き取ろうとしたらどうしたらいいのかというと、さっき言ったやつが一つ目」


 感覚器、ね。とシャルが答える。先ほどの話の内容だ。


「そう、まず、信号を受け止められる仕組みを作り上げる必要がある、つまり、石がどんな『超音波』を出しているのかを突き止めなければならない……が」

「まだ問題がある、わね」


「だねぇ、まぁ、石が知性を持っていたとして、言葉を持っていたとして、言葉を交わしていたとして……それが人間の言語と同じとは限らない。人間同士ですら言葉が違うわけだからね」

「つまり、次の段階で必要なのは……翻訳機? それとも辞書みたいなものかしら?」


「現段階ではなんとも、だね。そんな役割を果たす様な仕組みが必要というのは推測できても、それがどの程度の規模になるかは信号次第だからね」


 そして、それを調べるために必要なのが……。


「分析機器、という訳ね」

「そ、堅っ苦しく考えなきゃ『どんな機械で聞き取れる信号なのかを確認する』のと『どういう規則で作られている信号なのかを確認する』それが適切なら……石とのやり取りは出来るはずだ」


 勿論、前提として『何らかの機械で聞き取れる信号を出している』という仮定が必要になるのだが……。


「……あぁ、だから、装置に向き不向きがあるという訳ね」


 彼女がひっかかったのは別の部分のようだ。例えば先の質量分析計は駄目。なぜなら破壊検査になるからだ。


 サンプルの一部を消費する仕組みは、やり取りの成否に関わらず石を削ることになるので用途的に不向きだ。

 であれば、非破壊検査系、となるのだが。


「難しい問題だけど、複雑なものは現段階では使えない、使いたくない。理由は三つある」

「聞いてあげましょうか?」


 うん、と応じると、こちらに手のひらを向けられた。仰いなさいと言わんばかりの態度である。――いいね。


「一つ目は、君には問題にもならない問題かもしれないけれど、お値段が高いということだね」

「ここのカタログぐらいならさほど問題ではないから――、前座はいいから本題に行きましょう」


 何とも太っ腹である。


「では、二つ目。時間がかかる、ということだ。使えるようになるまで半年一年ざらにかかるようでは、今回の実験には間に合わないわけだしね」

「それは、一応、こちらの表の物なら解決できる問題でしょう?」


 そう言ってシャルが示したのは、きれいに製本されたカタログ……ではない方の、粗い画素数で印刷されたA4の紙だ。そこには、装置の写真が写っている、が。


「中古品のほうだね」


 背景は実際に今使用している研究室などの壁が写っている。装置買い替えの為の下取り、という名目で流れて来たリストだが、こちらは型的に一世代前の物もあるが、実際使用できる状態の物を選別すれば運んでくるだけで使える物も多い(設備をいじらなければ使えないものは別の理由から却下である)。


「そうだね。そうするつもり――で、最後の理由だけど」

「ま、それは分かるわ。私の方の要望でもあることだし」


 そう言ってシャルはこともなげに手を振る。


「可搬性」


 言葉は軽く、しかし、意味するところはあまりにも重い。取れる手段は限られて。

 出来ることは少なく、制限付きの状況、常ならばやる気を削がれる枷であるが、それで燃え上がるときのことを何というかは知っている。――やりがい、だ。


 何しろ、シャルが望んでいることは、研究室の床から引きはがせない縛鎖のような翻訳の座ではない。どこにでも行って、どんな石とでも言葉を交わせる通訳を欲しているのだ。


 だが、難しいことに、新しいツールを持って相対できるというのは心躍るものである。

 初めて自転車に乗って隣町に行った日と同じ高揚が心に灯る。


 光学系、熱系、振動、音波系でそれぞれ状態のよさそうなユーズド品を見繕ってシャルに依頼をかけておいた。

 あとは、細かいことを明日以降に打ち合わせしなければ。

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