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006、こちらにサインをお願いします

 そして、トイレでのやり取りが終わり、

 さて、と魔法使いの少女は仕切り直す。


 二人連れでトイレに行く大学生と中学生相当というのが傍から見てどう見えるのか。

 むしろ、関わり合いになりたくなくてこっちを見ていないという線もある。

 席に戻った時には既にコーヒーカップは湯気を立てた状態で置いてある。


 それを当然のような態度で手に取って、口に含む少女。砂糖もクリームも入れないというのは、彼女の基本的なスタンスらしく好感を抱く。


「あなたにきっと理解できない部分はこれね」


 かぱりと、筐体の背面、プラスチックのパーツを取り外すとがらんどうの内部が見える。

 そこにあるのはおざなりに固定された先ほどの宝石。


「このムーンストーンは年月と信仰と力を浴びて、人の助力があればその意思を外に出せるレベルの魔石になってるわ」


 理解できない単語もあるが。言わんとしているところは分かる……分かるつもりだ。

 歳経たものが自ら動くというのは、日本の怪奇譚にもその例がある。


 付喪神という奴だ。しかし、彼女の口にしたことをそのままに、事実と捉えるのならば……。

 思考の停止に彼女の声が入り込む、


「私の言ったペテンでイカサマというのはその部分」


 言って、石にこつこつと爪をあてる。人差し指の先、きれいに整えられた爪先はあえて言うならオパールのそれに劣らぬほどの存在感を示している。


「意思を得た魔石の言葉をそのままではなく、私が仲介しているというのがペテン」


 僕は更に考える。説明できないものに遭遇した時にどうするべきなのか、それは幾つかの方法を知っている。簡単なのは理解することをあきらめることだが、それが嫌なら、何とかして説明のつく理解を考えなければならない。


 既存の知識で説明できないことには新しい理論が必要である。科学の歴史は現実の観察から新しい仮説を作り、その検証を行っていく事の繰り返しなのだから。


「それは魔法?」

「ん?」


 それは原点回帰であり、個人としては敗北に似ている。理性の歴史は魔法――と言われる現象――を数式として書き換えていく事だと考えているが故に。


 雷は天上界の誰かの怒りではなく、上空と地上の電荷の正負の偏りと、その間に道ができることを示しているのだと、そんなことを逐一に積み重ねてきた先人たちの行いを汚すような気がする。


――それでも、と疑問を進めるなら。


「君は魔法使い?」

「あら、認めるのかしら?」

「現状で説明できないことについて、『不明』とするのも『魔法』とするのも一緒だろ。ただ、魔法の方がまだしも法則性がありそうだから、好ましい……と思う」


「――それは、魔法があるという立場とも違うわね」

「僕は魔法の存在を否定する気もないけどね」


 魔法の存在を完全に否定するということは、世界の全てを科学の言葉で書き表せてしまった場合だけだろう。そのことについて、現状で言及するのは哲学者か神学者の仕事だと思う。


 であるならば、僕が彼女を魔法使いと認識することは、『僕』の敗北ではあっても、科学一般の敗北ではない。――ならいい、と。


「君が魔法使いで、あの可愛らしいサイズの女性が宝石の精であってもいいさ」


 先ほどのトイレでの一幕を思い出す。宝石に少女が力を込めた瞬間、石の上に現れた小さな女性。身長が低いという意味ではなく、親指姫か一寸法師かというような意味での小ささ。


 半透明でこちらに対して微笑み、きれいにお辞儀をした存在。それは、先ほど見せられたナニカだ。

 僕の常識というものを撃ちて砕いたそれは、気に入らないことに魔法を名乗る。


「君がそれを任意に操れて、あの女性が自意識を……」

「うん? どうしたのかな?」


 僕が気づいたことについて、シャルはにやにやとした笑みを浮かべている。やるひとがやれば意地の悪そうな表情に見えるだろうが、彼女がやれば、いたずらの結果を待っている微笑ましいような表情にも見える。あぁ、まったく、これがいたずらだというのなら。


「さっきの筐体の表示も彼女が?」

「ご明察ね」


 つまり、あれを人工知能と呼ぶことは不可能ではない、けれど僕の知っている様な人工知能ではない。

 古典的なイメージでいえば、『トルコ人』だ。中世の人工知能もどき。チェスを打つ機械。実際には中の人間が操っていただけと言われているが……中に入っていたのは人間ではなく『宝石の精』というオカルティックなものではあるが、人間以外の何らかの知能が応対をしていただけの……。


「表示は」

「軽く魔法で」


 外から表示を操作できるなら、中に入っている必要すらもないが、それについてはシャルロッテは気づいてないらしい。問題設定上の不備である。それを指摘したところで面白い事にはなりそうもないから何も言わないが。


「それで人工知能の技術屋に何を頼みたかったの?」

「んー、私の生業の話になるから。それを聞きたいなら覚悟を持ってほしいのだけど」

「じゃあ、誘惑するようなとびっきりの冗句をくれ。僕はたぶん、ほいほいついていっちゃうぜ」


 おどけたように言った僕に彼女は間髪挟まずこう言った。

 知能の身体性についてのモデルを研究はどうかしら? と、


「あなたに退屈することない世界をあげる」


 そんな魅力的な誘いに乗って僕はほいほいついていく事になった。



 次に彼女がカバンから取り出し机の上に置いた物。 

 喫茶店のテーブルには似つかわしくない重々しい契約書。

 秘密を口外しませんという旨のそれに僕はサインをしたのだ。

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