051、短いお話は終わり、新しい生活が始まる。
そんな、学校最後の日を経て。
年が明け二月ももうあと半週ほどしか残っていない、
そんな冬の只中に僕は空港にいた。
パスポート、小さな鞄、二冊の薄い文庫本、研究室の後輩たちからもらった万年筆はドイツ製の鳥の名前のメーカーの品物、西ドイツ行きのチケット。
――論文の束。
やはりというか、何というか、こういう展開は緊張する。自分のやったことを推し量られるというのは、どういうシチュエーションであれ、テンションが高まる。
定型のない世界に飛び込む、ある程度の用語の自由はマリーに聞いたにせよ、言葉同士のつながりには参考文献もなにもないのだ。つまり、相手のフィールドで独壇場で……。
いや、それを考えるのはよそう。
マリーとかのとからも心配の雰囲気が伝わってくる。
文庫本を開く……ドイツの戯曲を平易な文書に開いたもの。一つはファウスト博士の話でもう一つはコッペリア博士の話。読み進めること十数分で僕は文章に没入していたらしい。人影がこちらにさしていることに初めて気が付いた。
「そっちにいってもいいかしら?」
そんなふうな、どこかで聞いたセリフが聞こえる。
僕は唇の端が上がるのを抑えることができない。
「もちろん、僕の暇をつぶしてくれるのなら」
そんな言葉に、つ、と靴音が止まって、
ふむ、と一つ息を吐く音がして。
「いいわ、あなたに退屈することのない世界をあげる」
そんな魅惑的な言葉が返ってきて、
――手始めに一つ、面白いものをあげるわ。
そんな言葉とともに、こつりと、額にノックするような接触が来て。
顔を上げると、唇に感触が来た。
「あなたに退屈することない世界をあげる」
彼女はそう繰り返す。
「……僕は君に何をあげたらいい?」
聞き返すと、やれやれと首を振られる。
あきれた様子でこちらを見る彼女は、
けれど、その眼は楽しそうに、
「あなたは私に停滞のない世界をくれればいいわ」
釣り合いそうな取引でしょう? とそう聞かれて。
――空港内の放送で、登場する便の乗客呼び出しのアナウンスがなる。
彼女の質問に、まったくだよ、と僕は答えて、生まれて初めて、自分からの口づけで彼女に応えた。
一章は終わり!
次章はそのうち……。
最後まで行けば
彼らが彼らのコンセプトでの『魔法の杖』を作るまでの物語になるはず……はず。
次の開始時は二章として投稿します。




