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005、お茶しよう

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 その後、僕の様子を見に、のこのこと戻ってきた心優しく運の悪い後輩に後の番を任せて。僕と彼女は大学を出た。


 

 彼女は自分の名をシャルロッテ・アイゼナッハと名乗った。はるばる西ドイツからお越しになったのだとか、聞いてみれば彼女は見た目相応の十四歳だが、今回の訪日の目的はビジネスらしい。


 これが自称なのかどうかについては僕の方に確認する手段が無いのでなんとも言えない。しかし、彼女のいうところのビジネスが何なのかを聞いているうちに、一定の理解はできた。


 世事に疎い僕でも聞き覚えがあると思ったその姓は話すうちに記憶に結び付く――アイゼナッハというのは地名であり、また、とある一族の姓であり、巨大な企業連合にも冠された名だ。


 その産業の規模を表すのにぴったりのお話がある。武器商人がいかに儲かるかというたとえ話としてある国と別の国が戦争をするときに、どちらの国にも商品を卸すなんて話を聞くが、この企業もそれと似たような面がある。


 とはいっても、流血の場面ではなく、もう少しきらびやかな……とはいえ、ある意味では血なまぐささにおいては同じ程度かもしれないが、そう、例えば、華美を競い合う舞踏会のような場面、多くの女性が身に着けるきらびやかな衣装の中でも特段にその経済的な権勢を誇るのに用いられるのは、指や腕あるいは首を飾る美しい石。宝石だ。


 ある意味では社交の場におけるレディたちの武器ともいえるその石について、あるパーティの石の供給元をたどればその九割以上がたったの一社に収斂すると、そんな風に言われる企業がある、それが彼女の名乗った名前、アイゼナハ・アクツィエンゲゼルシャフトである。


 もしも、宝飾なんぞに興味はないという向きに言うなら産業で利用される金属類を適当に十程、頭に思い浮かべそのすべての主要産地に前世紀以前からの前線基地を保持しているくらい、と言えばすごさが何となく伝わるだろうか。


 少し泥臭い単語を使うなら、成功した――継続的に成功し続けている山師の家系、とでもいえばいいのか。その本家直系のお嬢様だとか――、うん、ほら話にしても相当なものである。というか、そんな人が一人で外を出歩いていいのだろうか。


 まぁ、それが本当だとすればアクセサリー類も、中学生がファッション感覚でつけるようなものではないのだと容易に想像がつく。


(きっとあのバングルも本物の宝石なのだろう)


 と、そんなことを考えているうちにシャルロッテがこちらに話しかけてきた。


 ちなみに、ここは大学から離れて駅前、昼過ぎで客足が引き始めた喫茶店のソファー席。学祭の流れでこちらにも人が集まっているが大混雑というほどではない、それを示すようにこの店に入ったときにはすぐに席に座れたし、注文も待たされることはなかった。


 フードメニューからのオーダーが数分してから来た。シャルロッテ嬢はドリア、僕はサンドイッチ。……珈琲は食後。


「さて、私が人工知能に興味を持っている理由からいいかしら?」


 言いながら、机の脇に置いたトランクバックからごそごそと何かを取り出した。


 それは小さな筐体で液晶画面がついている。少女の手の平に多少余る程度のそれは、うちの学科でもちらほらと見たことがある。京都の会社の出している、……まぁ、なんだ、暇つぶしのための携帯電子端末機だ。


「はい」


 少女はそれをこちらに差し出してくる。


「あの執拗なまでに荘厳に人類進化を描き出すイギリス生まれの小説家いわく、『十分に進歩した科学技術は魔法と見分けがつかない』というけれど、これをあなたはどう解釈するかしら」


 そういって、手渡された画面には赤い文字で『ハジメマシテ』と表示されている。

 表示だけなら難しいことではない、ゲームの画面であれば、初めての起動時にそのような文言が出てくるのはいささかの不思議もない。


 だが、少女が自信満々で差し出したそれがその程度だとは思えない。

 思っているうちに、最初の文章が流れて次の文章が出てくる。


――『オヘンジハ?』と。


「――会話タイプのインターフェイス?」


 人工無能か何かだろうか。しかし、そんなものをこんな小さな筐体に入れられるわけがない。いや、けど。会話というなら、こちらからも何かの入力ができないと……、


「これをどうしたら?」

「……あ、そうか。私が翻訳者になるから、何か言ってみて」


 ? よくわからないままに、適当に考える。挨拶をされたのだから、とりあえず、挨拶だ。


「じゃあ、『はじめまして、わたしはこずやです』」

「うん」


 少女がそれを聞き取ると同時に、草色にも似たきれいと言い難い色のバッグの上に黒い文字が浮かぶ。


『ハジメマシテワタシハコズヤデス』

「……」


 筐体は僕の手の中にあって少女は触れていない、なのに画面にはそんな文字が表示された。僕の言った言葉と一字も違わず。驚きを待たずさらに次の行に赤い文字が浮かぶ。


『ワタシハ アルバダ デス』


 黒い文字と赤い文字の対話。それはわかる。けれど。『アルバダ』というのはこの話者の名前だろうか、とか、


――いや、いやいやいや、ちょっとこれは、どうなんだ。というか、なんだ、これは。


 というか、思い返してみれば……この携帯端末は複数色を表現できるようなものだっただろうか?


「えっと、じゃあ」


 シャルロッテ――いや、


「『シャル君の話し相手をしています』」


 くく、とシャルロッテは小さく笑った。こちらの意図を何となく察したらしい。つまり、この表示があらかじめ決められたコードによるものではないかという予測の検証だ。僕の名前を知っている彼女であれば、不可能とも言い切れないだろう。


 だが、僕が、彼女をどう呼ぶかはわからないはずだ。――しかし、目の前で表示された次の表示は僕の発音そのままだった。


 しかも、こちらの単語の使い方文法の使い方まできっちりと対応してくる。これは、もしも、最初から僕に話しかけるのが目的であの場所に来ていたとしても困難で、これをなし遂げようと思ったら必要なものは……、『文字の表示』はいいとして、『音声認識』、『文章の生成』、『回答の生成』、『質疑の受け答え』、プラスエトセトラ……そこまでで思考を打ち切っても思い浮かんだ『必要最低限』のハードルの高さに頭が痛くなる。


「……これが、人工知能だって言いたいのかい」

「さぁ? あなたはこれをどう定義するのかを知りたいのよ――とりあえずは」


 シャルは落ち着いている。表情を読むことが得意ではない僕でもわかる、彼女は思ったことをそのまま口に出しただけだ。


(なら……)

「そうだね。まず、これと同じようなことは可能だ」


 一応だが、そう考えることにする。先ほど頭に浮かんだ『必要最低限』それを揃えて連結して動作するようにすればこんな感じの『機能』を再現することはできるだろう。だが、それはあくまでも機能という話であって、この筐体にそれを収める、というのであれば……技術的には二、三十年早いと思わざるを得ない。


「ただ、こんな小さな内蔵バッテリーと演算ユニットで実現することは……ありていに言って、狂気の沙汰だね」


 普通の――つまり、壁から電源を取って据え置くタイプのコンピュータなら可能だろう。あくまでも、似た様な、だが。翻ってネックは幾つかあるが条件を足せば簡単な実現も出来る。


 『ソレら』が手のひらに収まる筐体に入っているというなら、それはハード面でもソフト面でもネックに目をつぶることになり、仮定としてもあんまりだ。


 仮定に『もしも』を幾つも並べて良いというのでは考える意味が薄い。『永遠に生きることができるならすべてのことを知ることができる』というぐらいに意味のない仮定だと思う。


「それでも、人工知能的な機能がある――くらいまでなら言えるかな」


 部分的なのか、断片的なのか、あるいは、そう見えるだけの違うものかはわからないけど。

 その返答が気に入ったのか何なのか、シャルは笑みを見せた。その笑みを真っ向から見ることが出来ず、僕はごまかす様に、横を向いてもう一つの気になったことを聞いた。


「そも、僕が言った言葉をどうやって出力してるの?」

「――あぁ、手を触れないで入力している部分については……まだ秘密、ね」

「……?」


 企業秘密ということなのか、そうであるなら『まだ』とはどういう意味なのか、聞きたいことはいくつもあるが、自分も全然冷静ではない。言葉がまとまる前に、彼女が言葉を継いでいく、


「いわゆる汎用人工知能、人間と同格の知能はどうやって作ればいい?」

「そんな問題には答えが出ていないと思うけど」

「そうね、じゃあ、どの道の先にそれがあるか、という問いであれば?」


「……そうだね。僕の立ち位置でいうなら、進化の再現。とかかな」

「えーと。人間と同等の生物に進化するのを期待して……みたいな?」


 それをして人工と言えるかどうかは微妙なところだ。目的を持って行うのという意味では人工的だが、再現性のない手法は天意によるもののような感じもする。


 だが、人間以外に知性の芽生える可能性が無い、というオカルトじみたとしか言いようのない決めつけをしないのであれば、確率的にはそのうちに知性をもった生き物が出来上がるだろう。確率が低いというのは、この宇宙にある、銀河の数、銀河一つ当たりの恒星の数、恒星一つ当たりの惑星の数、それらを考えてみれば問題にならないだろう、きっと。無論、天文学的という表現が隠喩ですらなくなるその種の学問に造詣が乏しい僕には精確な計算はできないが。


 もちろん、それを人工知能を作る『技術』というには、まず、再現性がないであろうことと、『そのうち』という時間のレンジがそれこそ天文学や地質学のレンジになってしまうというあたりが問題になるのだが……。


「それはそれで大変そうだけど……ここで私は一つの共通点を見つけました」


 ぴしり、と少女は天井をつくように人差し指を天に向ける。見える指の腹は白く、伸ばされた指は可愛らしくも均整を感じる。

 出来のいい白磁のような艶めかしさから意識をそらすように疑問を投げる。


「共通点?」

「効率的に汎用知能を用意する方法は知性単独で作るのではなく、知性を持った存在からその部分を抽出した方が効率がいい、という認識です」

「……あぁ、そうなるか」


 確かに、自分の言ったことはそういうことだ。迷路と同じ、スタートからゴールに至るよりも、ゴールからスタートに至る方が簡単だ、と思うのだ。もちろん、人間の脳みそをエミュレートするというのが現代基準で無理難題なのはわかっているのだが。


 何との共通点なのかは、彼女が口にしない限りわからない、それでも僕が言った中から抽出に当たるようなことを抜き出すなら、世界の行った時間の経過、それによる可能性の全域への検討というそれが挙げられるだろう。世界が試行した可能性の探索をもう一度再現するという意味に他ならないのだから、と。


 そんなことを思っていると、シャルは停止せず言葉を続ける。


「さて、さっきのおもちゃは、結局多くの部分でペテンに頼ってるのは間違いない……そのペテンを技術で埋めてほしい、というのがお願いだとしたら、どうかしら?」

「ペテン?」


 ペテンでだめならイカサマかしら、と少女の声はいう。


 イイモノを見せてあげる、と彼女は言って、僕は手を引かれる。

 いつの間にか、二人とも料理の皿が空いている。

 珈琲を持ってきたウェイトレスに怪訝な目で見送られながら店の奥へ、



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