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048、お開き

「まぁまぁ、やるものだよね」


 男は――エージェント・リービーは楽しそうに笑った。


 その身にはほとんど汚れもなく、余裕そうな表情であり、しかし、その足は鉄で固定されている、足枷というのではなく、鉄でできた長靴を履いているように見えるがその実細く絡んだ鉄線によりがちがちに固定されている。


 いうなれば、長靴の中にスチールウールでできたサディスティックなテーピングを受けているようなものだ。それでも余裕そうな表情を崩さないリービーは、


「なるほど、ヘマタイトという宝石として取り込むことで、宝石使いとしても金属使いとしても成立させる、か。面白い」


 べきん、と音がした。なんの音かとリービーに視線を送ると、そこには両足を解放された姿があった。


「な――!」


 驚く小鳥谷とは対照的に淡々とシャルは言う、


「今のは――技量自体はすごいけどね、力業よ」


 その言葉の証拠は目の前にあった。リービーがしたことは言葉にすれば簡単だ。『地面に固定された脱げない靴』というものへの対処方法、正攻法は解除するというものかもしれないが、選択肢としてはあと二つ、『地面に固定』を除くか、『脱げない靴』を除くか、だ。


 選択として、リービーは前者を取った。地面に繋がっているならそこを切り離せばいい、と。


「力業か……、ま、手っ取り早いからね」


 こともなげに言うが、今の切断能力を先ほどの戦闘中に使用されていればこちらの首でも胴でも断てただろうに。

 どうして、そうしなかったのかといえば、


「殺さない、という必要もなかったけれど、殺さなければならない、という必要もなかったからね」


 ということらしい、必要があれば殺しもできるのか、というのはもはや聞くまでもなさそうだったので口にはしなかった。


「近道をしようと思って余計に時間がかかるような方法を選んでしまうような人は、力業をすべきじゃないと思うのだけれど」


 シャルの言葉に、どういう意味かとリービーがいぶかし気な視線を送ると、シャルはため息を一つおいて、


「そんな風に無理やりの力業なんかをしちゃうと、小鳥谷じゃ解除できないわよ、そっちの靴どうするのよ」


 突っ込むとリービーは額に手をやって、こちらを見た。


――まじかよ、とその表情が語っているように見えた、が、


「シャル! どうしてその男の封を解かないといけないのさ、確かに、確かに今は戦おうとしていないけど、僕は完全に殺されかけたぞ、遭遇時の一撃で! シャルが危険である可能性があるならその判断には……」


「――まぁ、いや、そうね」


 シャルは何かを言いたそうで、しかし、少し言葉を探して。

 こちらを見て、リービーを見た。


「最初の会話を聞いてた?」

「――えっと、家に連れて帰るとか、ママが心配しているとか」


 僕には聞こえていなかったけれどマリーが補足してくれたことで話を合わせることができるが……、その内容は。


「婚約者?」

「……」


 思ったものを口にしたらジト目の半眼で見返された。軽蔑というかなんというか、まぁ、良くない感じの視線だが同時に、先の回答が見当違いであったということを雄弁に語る視線だった。


 つまり、そういう関係ではない、と。


 しかし、家に連れて帰るとかなんとかは、保護者……保護者!?

 うん、何か、頭の中で繋がった気がするが、それを言葉にするのは結構怖い、けれど、言葉にしないわけにはいかなくて……。


「お父さん?」

「あー、あー」


 シャルは、嘆くような、なんとも心の推し量りにくい『味のある』表情をする。いや、うん、確かに、娘のことを『花』だとか面と向かっていうような父親は……ちょっと、恥ずかしい気もするが。


「リド・アイゼナッハ。僕の名だよ、日本の技術者君」


 そう言って、鉄の靴を履いたままの男はこちらに右手を差し出した。握手の形の手は、けれど、少し考えて握る。西洋人だからか、こちらよりも一回り大きな手で包むような握手をされる。


「現役でないし、装備も万全ではなかった……と言ってところで、君の能力を過小評価するつもりはないさ。うん」


 手に込められた力は強い、痛いくらいだ。笑っているようで瞳の奥が笑っていないようにも感じる。


「うちの女王様がね、クリスマスはその子と過ごしたいということで連れ戻しに来たんだがね、うん。なんだか胡乱な男がうちの姫様をかどわかそうとしているじゃあないか……うん、彼女の方針を改めてもらうという僕の都合も合わせてちょっと襲撃させてもらったわけだけれどね」


「数十メートルのヘリコプターダイブがちょっとした襲撃?」


「アイゼナッハのエージェントのフィールドは、空挺部隊よろしく、落下傘を開くことのできる戦場ばかりではないのでね」


 大したことはないという意味なのだろうか、こちらは殺されかけたのだが。


「それについては、娘といちゃついている男を見つけた男親の反応だよ、仕方なかろう」


 ということらしい、そんなことをしたら、娘に嫌われると思うが……、という言葉は口にせずに飲み込んだ。


「……まぁ、いいわ。お父さんは私を連れ帰ることができなかったし、お父さんを退けた私は帰って『あげる』わ。お母さんのブッシュドノエルも食べたいし」


 やれやれという様子でシャルが言う。もっと話をしたかったが、二人の間では話をたたむフェイズになっているのだろう。基本的には――部外者の僕が特にくちばしをはさむことはない。

 けれど、帰る……帰るか。ドイツと言っていただろうか。


「ところで、君、パスポートは?」

「――え?」


 鉄の靴を少しずつ切り開きながらこちらに問いかけを投げてくる彼。その質問の内容は。


「パスポートだよ、なんだ、旅券ってやつだよ。もっていないなら、別行動ということになるが」


 とそこまで言ったところで、僕とシャルの茫然とした反応を見て、何か間違えただろうかというような表情になる、彼。


「君も来るんだろう? 多少なら待ってやれるが、ひと月も待っているとクリスマスどころか新年になってしまうから……と、うん、君は日本を離れる気はなかったのかな?」


 それならそれで、娘から虫が減るのだからいいとも、とそういったリドさんに、


「あ、いや……パスポートが取れ次第、追いかけます」

「いいえ、いいわ。私が日本に来るわよ。まだ、やらないといけないこともあるし」


「うん? 我が花よ、それは、この男の……」

「違うわ、仕事のほうよ、少し面白いことを思いついてね、そのうちこの国からデザイナーの芽が出ると思うわよ」


 そういった、シャルにリドさんは、ほうと面白がるような表情を浮かべながら手を組む。


「この国は没個性主義なのかと思っていたが、ふむ、何か見つけたというならそれもいい。存分にやりたまえよ」

「仕事は仕事できちんとやるわ。そのうえで……」


「プランだな。ふむ、いいとも、君が二十歳になるまでは好きにすればいい、と、我が女王に進言してみよう。結果次第ではあるが……まぁ、それまでに何の成果も得られないなら、アイゼナッハの係累としての仕事に戻ってもらおう」


 そんなことを口にするリドさんはシャルのほうに視線を向けていたが、一瞬、こちらにも視線を送ったような、気がした、


 何かを言おうとして、しかし、言わないことにしたような、空白。


「説得には材料が必要だからな、言いたいことはわかるな、君」


 たぶん、言おうとしていたこととは違うことを口にしているであろうリドさんだが、その内容は……。


「レポートにまとめておけ、と?」


「ふむ、君は勘違いしているようだね。研究の発表であるが、研究の発表とはスペックシートの開示だけで済む物ではないよ。少なくとも企業における研究の発表はプレゼンテーションを伴うものだと、知りたまえ」


 つまり、興味を持たせてこちらに視線を集めるようなものが必要だ、ということらしい。


 ははは、と僕は笑う。乾いた笑いを浮かべたつもりが、耳に聞こえた声からすると、僕はこの状況を結構楽しんでいるらしかった。

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