047、結果
こちらの手から投じた鉄釘が敵の背に刺さるのを見届けて、交錯の軌道に投石を見た。それは……先ほどこちらが投げた投石で、
(受け止めて……!)
一投目は袖の払うに任せて飛ばされ、こちらが投じた二投目の石の行方がこれ、という訳だ。
――やるじゃあないか、という意気とともに。
ダメージを受けられる投石ではない、膂力は増しているし、見た目にも速度が乗っている、腕で払うのもこの後に展開があるなら好ましくない攻撃の手段を減らすのは避けたいし足技では加減も効きにくい。
避ける。
選択したのは無難な手で、しかし、回避動作の損失を最小にするために見切る。向こうは戦闘の組み立てもできない初級者であって、しかし、それが油断をする理由にならないのは、スペックは危険域の超越者であるからだ。
スペックシートの値でごり押しを成立させるような相手に対して有効な手段は何か、というと、それは基本を積み重ねることだ。有効な選択をし、選択に付随するデメリットを出来るだけ潰す、潰し切ることができないことを当然としながら、メリットを活かす。
その始まりとして、回避の運動を最小限にしようとして――、
誤りに気が付いた。
・
幾つ伏線を引いたところで、自分の罠に相手を嵌めることは難しかっただろう。だから、考え方を変えた。成功率を上げて罠を敷いていくのではなく、ただ、連打する。
あとは運に任せるということ。
投げやりなようでいて、恐らくは最も順当な手。成功するかどうかが、成功率と試行回数の乗算で決まるとして、成功率を上げられないならどうするか、試行回数を上げてぶん殴るしかない。
だが、時間が少ない。だったら、どうするのか。
単純だ、精度が挙げられないなら回数を増やす、試行時間が増やせないなら――時間に対しての密度を上げる。
小さな成功を組み上げ、大きな成功にする、つまづきを階として、穴を穿つ。
加速と懸命、その二つしか積むことが出来ない自分は。
『アウ』
『もう一人』の能力と、この場所であるという点と、
あとは、当たりを引くまで回るだけ。
――石を投げる。……足を止めて対処された。――石を投げて、同時に突っ込む。……ステップを取って回避された、不発。――石を投げる、動作をフェイントとして後ろ回し蹴りを先行させたタックルは……ブロッキングの構えを取られたので、危険を感じて急制動して停止。
制動を仕損じて、地面の近くで腕が滑る……ふりをする。
必要なのは、意表だ。
意表には二種類があって、一つは相手の思考の裏を掻くこと、もう一つはこちらが思惑を踏み外すこと。組み立てた笑いとアクシデントのような笑いのような違い。どちらも想定を外すことに対しての心の動きだが、為すと為されるでは大きく違う。
組み立てることができない自分は、ランダムめいた動きの中で揃わない動きが偶然を生むのを待つ。
結局は試行回数だよりの展開だ。
それに対して自棄になる必要はなく、足りないものが上位の相手に挑もうとするなら手段の一つとして当然のものだろう。
思考をしながら動き続けると、その瞬間が来た。すでに時間として数十秒を使用したが、
『行こうか!』
満たされた条件は二つ、リービーの投擲した鉄釘をその使用を悟らせない状態で手にしている状態が一つ目の条件、もう一つの条件はリービーの立ち位置を動かすことによって生じる、もの、この辺りにはごくごくありふれたものとして、
『鉄鉱石を踏んだ瞬間だ!』
さっきまで使用していなかった左手による投石はコントロールを度外視した、速度だけのもの、それは回避するまでもないと一瞬で判断できるだろうが、
(一瞬を稼げるなら十分!)
その一瞬にかけるのは――鉄釘を投擲、それが直線の軌道で飛び、
「お!」
『もう一人』の力で鉄鉱石と引き合わせることで、速度を増した鉄釘はリービーの高そうな革靴に刺さり……噛み合うように貫通する。痛そうな、それはけれどそれで終わりではない。攻撃の為ではない手段が最もダメージを与えているであろう現状に自分の偏りを感じるが、本領はここからで、
『力を注ぎますよ! 主様』
マリーの号令で脱力感が来る。こちらから魔力を絞り上げて『もう一人』に送り、そして、術式の起動。言葉としては聞いていたが認識できる魔術の行使、『もう一人』とのものしては、これが初めてと言える。
『ウアゥ!』
投擲した鉄釘はリービーの投げて来たものだが、そのままではない、こちらの手のひらの裂傷から十分量の血液が接触している。――触れて、しみこんでいる、自分であり『もう一人』でもある血液が。
それは適切な魔術の触媒となり、設置実行に時間のかかるはずの術式を一瞬で発動させる。驚くべきこと――であるらしい。
マリーの軽い驚愕の感覚を受けつつ、虚脱に耐える。
『もう一人』を通して実行された術式の働きを感じた。
――釘はアンテナであり、ルアーである。あるいは、磁石というべきか。赤鉄鉱は基本的に磁力に感応するものではないが、まるで磁石に吸い付く砂鉄のように鉄釘を中心に地中の赤鉄鉱が集まる。
無論、集めることが目的なのではない、それは楔であり重りである。熱さえ得ないままに人類の英知たる製鉄の工程をふっ飛ばして、錬鉄、変形し、枷となる。イメージ。『もう一人』がイメージを有していなかったので、こちらに要請が来る、捕縛、縛鎖、
最初のイメージは糸、絡めるように、光の糸が飛んでリービーの足を取り込む。――糸、糸、想起は光を束にして、螺旋の回転が加わると、それは糸から撚糸になり、それがさらに撚ることで、綱と言うべき太さになる。指一本の太さほどの鉄索は幾重にも重なりリービーの足を貼り付けにし、ふくらはぎほどの高さに達する。
ツタが這うように鉄索が絡む、それは次第に肌の露出を埋める物となり、足の輪郭が見えなくなった辺りで、変形を開始する。一本一本であったものが熔解し、溶鉄し、溶接し、一体になる。
「おっと――捕まったか」
リービーの言葉が示すととおり、そこにあるのは鉄でできた長靴のようなもの、地面から生えた長靴だ。彼が動かそうとしても、鉄でできたものが変形する訳ではない。
僕はついに、その男を捕獲したのだ――。




