046、競る
戦闘が出来ない状況に持ち込めばいい。
単純な勝利条件だ。
少なくとも、こちらはシャルがまだいるのだから、ダブルノックダウンの状況でもこちらの勝ちとしていいだろう。
(動けなくしてやる)
『アウ』
こちらの意思に応えの一つが届いた。
『リスキーですよ』
警告が入る、マリーはその判断でこちらに送ってきたそれは、要するにリソースの割き方の話だ。『もう一人』から送られてきたのは、魔術、術式の行使方法。相手を戦闘不能にするための、方法の一つ、だが。
当然ながら現状維持以上の魔力をつぎ込むことになり、消耗は早い。規模によっては一気に抜けることで意識が止まる可能性もある。急激な血圧低下による失神のようなものだ。
だが……。
『……わかりました』
こちらが他の打開策を持っていないことをわかっているマリーは意を決したように言う。
『術式に私が噛むことで、ぎりぎりまで損耗リスクを抑えます――承認すると意識していただければそれだけでいいです』
飛んできた意識を理解しきるより前に、マリーの言葉に認めを与えると、
――づ!
痛みがある。それは、バングルを貫通して瑪瑙が腕に突き立てられたためだとわかる。これはつまり、
『『もう一人』の方ほどではないですが、主様にダイレクトアクセスできるようにしました――だから二つお願いです』
意識の告げる内容を痛みと共に把握する。
『接続状態のまま主様に死なれてしまえば、こちらも共倒れです。私の命が乗っているので……あぁ、もう、無茶をしないでくださいね!』
それが一つ。
『もう一つはあちらのエージェントを打倒してからにしましょう、集中していきますよ!』
集中する、と、そう思うと同時に、言葉通りの物が来た。先ほどまではとらえきれなかった速度というものを理解できる。だけ、ではない、
――来る!
鉄釘、ではない。飛んできたのは直線軌道ではあるものの小さなものではなく、
――ご!
と、それは鈍器としての拳、それが戦闘速度で来たのだ。思わず回避しようとするこちらに、
『ウ!』 と否定が来て、
『お任せください!』 と立候補の意思が来る、
踏みこたえることで二人への回答として、身を預ける。
――最初におきたのは割砕の音声。
前面に展開された極薄の干渉色の膜が――しかし、十重二十重になっていようが攻撃を妨げられるものではないとばかりに割砕かれる。が、確かに、威力は減衰し、最終的には『もう一人』の防御能力に勢いを殺される。
「……ん?」
エージェントは、その拳の感触に怪訝な目をした。それが何によるものなのかは一瞬遅れて理解する。こちらもだ、結果がわかってから初めて理解ができた。
(マリー!)
心の中で呼びかけると、向こうからも答えが来る。
『根本的な解決とはなりませんが、時間稼ぎにはなるでしょう』
得意げなのは、割砕かれた防御に関して、ではない。むしろ、より正確に言うのならばあれは防御ですらないのだ。割砕かれることで効果を発揮するもの、トラップというのではなく、いうなれば『相手の力を利用する仕組み』だ。――相手の魔力の吸収膜。
破砕されたのは六枚重ねの術式だが、それは相手の攻撃力を魔力に変換し減衰させるもの。だがシールドではない――それほどの防御力はない。
減衰力は衝突面積に比例するので防御的には使いどころが難しい――例えば、鉄釘を投げられていたなら減衰もほぼ無しでダメージを負っていただろう――が、普通の魔術師なら無視できるようなレベルの回復量も今の乾いた状況にはありがたい。
これは訓練中に魔力の不足で悔しい思いを飲み込んだマリーの術式。そして、式の展開と差っ引いても六十秒分を回復し、一つの目処が立つ。
『残り九十秒に対して、術式一回で四十秒分を使用します。だから、四十秒以内に状況をそろえてください!』
だそうだ。エージェントは不明の感触に不気味を感じたようであるが、少なくとも直接接触を危険と判断したのだろう。距離を潰すための投石から、攻撃が再開される。
『もう一人』がうるさそうに払い、一発目の投石は撃ち落とす。こちらの腕には淡いしびれが来るが動くには問題の無いレベル。こちらは前に出る加速をしたところに、二投目の投石、『もう一人』に任せると同様に腕の振りで対処した。
加速に慣れない、から、カーブで転倒気味になるのは仕方がない――という、思考をしてくれればいいな、とそんな甘い目論見を立てながら、手を突く。
倒立前転でなく、抱え込むような前転を取ったのは、身を縮めることで的を小さくするのと同時に回転半径を小さくすることで回転速度を上げるため。
果たして、それは、速度となってエージェントの横を取ることに成功する。
お、という様な楽しそうな表情との交差の瞬間に、敵は懐から投擲のモーションで腕を抜き――その先端に鉄釘がある。
腕の伸ばしの直線上が鉄釘の射線だ。最後に見えたその直線はこちらの背を狙う軌道で……、
(受け――)
られない。腕が別の行動をしていて、対応はしてくれない。
だから、背に鉄釘が刺さったのを感じて、数倍重力のような圧力を感じた。




