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042、まじる、はしる

――出血し、流血し、血の池を広げて、しかし、山の石たちは静かだった、様子を伺っていた、人はやはり簡単に死ぬのだと、鉱物の時間基準で言えば当然の結論をもとに、それでも、何かが起こるのだろうかと期待して。


 けれど、何かは起こらない、起こすために必要なものがない。何がない、彼を動かすものがない、流血し、出血し――失血したことで、彼は空っぽのがらんどうになりつつあった。熱も命も失おうとしていた。が、


 望んでいた。何もかもを失って冷たい肉になろうという瞬間にも、生きることをではない、単純に、純粋に、あの崖を登ろうと、岩壁を駆け上がり、あの子のもとに行こうと。


 死を超えて、死を思わず、なら、その意思は、鉱物を超えて、不死ではないかと、思った石がいた。血を浴びて、流血に浴して意識を向けた鉱物が、起きた、起こした、起こされた。――眼が醒めた。


 あとは簡単だ。石は、赤鉄鉱の塊は、呑んだ。

 飲んで、呑んで、飲み干す様に飲んだ。血の池を取り込んで取りこぼさず、そして、あぁ、やり方は知っていた。


――どろりと、溶けて、いくらかの砂礫を巻き込みながら、血液に膨潤した赤鉄鉱は、ごぼり、と泡を吐き出しながら、今や小鳥谷と同じくらいの粘液の塊になった赤鉄鉱は、彼を守ろうと手を広げる瑪瑙を軽く触腕で払い除け。


 でろり、と、形を変えて、


――潜り込んだ。入り口はそこら中にあった。広い開腹口、裂傷、口から入れば肺胞の浅い傷の全ても。ずたずただったから、しみ込むようにしてはいれた。


 だから、分かった。嘆いていたように、この体が手遅れで動けるようなものではないと。折れて傾いで捻じれて裂けて、だが、赤鉄鉱にとってはそんなことは関係なかった。今や、流血と同一化し、液状そのものとなって、小鳥谷の体内に侵入したソレにとっては、折れたものをつなぐことも、傾いだものをただすことも、捻じれたものを戻すことも、裂けたものを塞ぐことも簡単なことだった。


 それでも、問題はある。二つ。一つは時間がかかること、二つは元の状態がわからないこと。

 だが、本質的には、どの程度まで戻すのか、どこを優先して戻すのか、ソレが理解できていないことだ。


――ゆえに、それは小鳥谷の脳みそをかき回した。



 けれど、それらは合一の境界を見つける。

 もはや、小鳥谷はそれを受け入れている。



 体の傷の修復と――作り替え。


 壊れている箇所が多くとも、どうしても今直さなければならないところ、としてピックアップすればそこまでの数にはならない、足と肺とはらわたと、血液の量くらい。


 何が起きたのかはわからない、が、直観している部分もある。マリーの表情もそれを補強する。つまり、死んだのだ。小鳥谷貞治という人間は、喪失した。失われた、その欠損部分に何かが埋まっていて、それが今、高速で自分の体を変えている。


 体に散って、体に紛れて、体に『溶けて』、今や同一化しているのだ。

 どこにある、というのではない。もはや、その場所に濃いか薄いかだけというレベルで、重なっている。


 響く、応じる、などというレベルではない。思えば通じるというのですら甘い、思えば思うという等価値こそが今だ。理は尽くさなくとも、意気は通ず。


 小鳥谷の中には赤鉄鉱のそのものがある。


 人石一体の境地と言えばそれは触りの良いものだが、障りが無いとは限らない。そこでは鉄火の咲くがごとく、尖りを見せる錆の華。流れる血流に乗って血管を浅く深くに傷つける、つまりこれは、体に巡らされた網脈の全てが痛みの発生源になるということだが。


(知ったこと……かよ!)


 想い、立つ。


 足には違和感、骨が骨でないもので継がれている。それはもはや、現象としては体の骨が化石に取って換わられたようなもの。生き物としての異常が、しかし、肉体としての動作を保証する。


――転換する症状。


 雑駁に生命として間違っているというのは簡単だが。正しくないということは、正しいより弱いとは限らない。


 それを証明するように、コズヤテイジ、あるいは、かつて彼であったものは、一歩目からを全速で踏んだ。



 加速というのではない、そこにあったのは速度の爆発という現象。

 空中で彼が自身の姿勢を制御できたのは、この時点においては偶然でしかない。


 一歩目、七メートルの距離を潰した跳躍は偶然で、二歩目、二階建ての建物以上の高さを跳んだのを偶然と呼んでいいのか迷うが、三歩目、シャルと襲撃者の間に飛び込み斬撃の殺到に割り込んだのをもはや偶然とはいいがたく……。


「間に合った!」


――間に合わせた。


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