039、谷底の流血者
谷底から見上げてみえたものは、
シャル、ではない。いや、ではないというのは半分間違っている。
シャル、だけではない。
人影は二つ。一つはもはや帽子を脱いでサイドテールを陽光の中に照らし翻らせる見知った少女。シャルロッテ・アイゼナッハ。それに会いたいするように逆光の中にいるのは、背の高い男……だろうか。すらりとしたシルエットは、しかし、登山の装いではない。エレガントさにはかけ離れた、どちらかといえば、エンターティナーといった装いだが、
それを見た瞬間に体に奔ったのは、
「がぁぁぁああああああー!」
いたい、痛い、いたい、痛い、先鋭化された痛みが全身に走る!
――いや、走るなんてものではない、折れた肋骨が肺腑に触れている感覚も、裂傷の傷口に張り付いた登山ウェアがその頑丈さで皮膚を引っ張る感覚も、岩壁にうちつけられたときに真っ直ぐさを失った脛骨の自己主張も、すべてが現在形で、現在進行形で痛みを大合唱しているのが感じられる。
肉が痛い、骨が痛い、皮膚が痛い、血が痛い、傷が痛い、脳が痛い、肺が痛い、喉が痛い、打撲が、擦過が、裂傷が、断裂が、骨折が、痛い。刺さる、突く、ねじる、引き切る、引き裂く、埋める、捩る、圧す、折る、曲げる痛み。
傷を負っている、だから、痛い、
肺を打っている、だから、息苦しい、
血を失っている、だから、寒い、
腹と背中の裂傷、だから、出血する、
――そんなことより、
足を折っている、だから、立てない、
痛みを積載いる、だから、動けない、
――そんなことでは、
動けない、では、シャルのところにいけない。
・
それは、ダメだ。
血を失うのも、傷を負うのも、骨を折るのも、それ自体は良い。
いや、良くない――が、許容する。
けれど、あれはダメだ。
眼の前、岩壁の上、シャルが誰かと対立して、一触即発の状況で、
近くに、いけない、なんて、
「ダメだ、じゃない」
違う、思い違いをするな、と自分に確認する。
『近くにいなければならない』というような決まりごとは無かった。
彼女のピンチに、近くにいなくても、良い、
それは決まりなんかでは無い、
――が、
「――イヤだ」
そんなルールが有るわけではなく、彼女がピンチのときに、
近くにいたいというのは、近くにいたいなどというのは、
――唯の僕の、
「意志だ」
だが、体は動かない。体は、モノだ。
体を動かすにはルールがあって、その物理法則というルールは、例外に厳しい。
これだけ血を失って、こんな足で、
立って、あるいは、這って、あんなところまで、
暴力的なまでの高さの向こうまで、行くことを、物理法則は許容していない。
だが、僕は動けない、僕は、弱い、
生命力はこの間にも、血液として流出を続けていて、
代償が明らかではない魔術というルールも、
魔術の帳に立っただけの僕が、
この状況を何とかすることを許容していない。
生命そのものでもある血液は、鉄を含んだ赤色は、
熱を持った液体は、流れる。流れ出る。
――出血は止まらない。
止まる理由を持たないがゆえに、
血溜まりは広がる、留まる理由を持たないがゆえに、
――魔術は奇跡を作らない。
多くの魔術師が、魔術という理を知ると同時に知る上限だ。
いくつかのルールが明示されていて、
それに従って運行されている、
それは、天文学が十分に発展していなかった時代の惑星の運行観察にも似ているのかもしれない。
魔術にできることはある、
――魔術は力を扱う法理だ。
魔術にならできることはある、
――宝石に意思をもたせ対話させることもできる。
魔術には出来ないことはない、
――それは嘘だ、魔術にも出来ないことはある。
例えば死だ、死は覆らない。無論、これは定義にもよるところが大きいが、確定した死を、確定した死の形のままで覆すことは、不可能と断じて良い。
小鳥谷貞治は死ぬ、もう死ぬ、死神というものがいるとしたら、それは彼の頭の後ろにもう立っている。鎌を持っているなら、それは彼の首筋に食い込んでいるだろう。
生きている、が、もう死ぬ。
死は覆らない、だから……、
――だが、――。
血は広がる、広がり、滴る。
滴って、血の池となって、版図を広げて、
その分だけ、カラダを死に近づけて。
――だが、届いた。
先に、神成山の女王が、山体のさざれの全てに宣下したときに、
そのときに名乗りを挙げず、しかし、彼の征くを見守っていたものに、
赤の池、生命力そのものである血液の、温度を持ったその流れが、
――触れた。




