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036、戦端

 ヘリコプターから飛び降りたその男は衝撃自体を意に介した様子もなくすっくと立ちあがるとズボンにかかった砂埃を払う。


 砕いたと思ったのに、なぜか吹き飛び飛ばされただけで崖の下に落ちていった『足の踏み場』には目もくれない様子で靴についた汚れに小さく悪態をついてから顔を上げた。


――目があう。

 にっこりと、満面の笑みを浮かべると、口を開く、その土地に合わせる言葉として日本語で、


「やぁ、僕の可愛い一輪の花、君の帰りが遅いものだから思わず迎えに来てしまったよ」


 なんて、歯の浮くようなセリフを吐く男。対する私はその言葉の内容にさほどの感慨も浮かんでいないようだった。いつものことだ、とするような、浅い嘆息を吐いて。


「何しに来たの?」


 つまらなそうに、返した。

 男は、うん? と不思議そうに首をかしげて、


「先に言った通りさ、聖誕祭にも帰ってこない君を迎えに来たのさ」

「私は仕事よ、サンタがしたければ子供の巻き込まれた紛争地域でも回ってクリスマス休戦でもプレゼントして回ってきなさいな、きっと、今世紀末にでも列聖されるわよ」


 はははは、と男は笑う。


「ママにも命令されていないのにそんな鉄火場、足を踏み込むわけがないだろう、僕の靴が汚れてしまうよ」


 まったく、と私は髪を耳にかけなおす。


「私は労災のかかってない従業員を拾いに行かなきゃいけないのよ、貴方にかまってる暇はないわ」


 はははは、と男はまた笑った。今度は平手をたたきより楽し気に。

 その様子にいらっと来たが、しかし、同時に怪訝なものを感じつつ。


「何がおかしいの?」


 聞く、そのトーンは冷えていて、声の広がるとともに何度か気温も下がったような気さえする。

 けれど、男はそんなことを気にも留めずに笑いながら言う。


「君の楽しい趣味を止めて、おうちに連れて帰ってあげよう――口には出さないがママもきっとそう望んでる」


 なるほど――右足軸足にかけていた体重を移動させつつ、男の言いたいことを汲んだ。

 つまりは、――今言ったとおりだ、私の意志を妨げて、曲げようとしている。ならばそうだ、少なくとも一つ、絶対の真実を告げておかなければならない。


「いいかしら?」


 前置きとして言葉を投げると、男は手を広げ、どうぞ、と示した。

 演技がかっているが、日常運行だと知っている。


「アイゼナッハの女は、それと決めた以外のものに意思を左右させないの」

 

 その言葉を宣戦布告として私――シャルロッテ・アイゼナッハは身を前に投げた。



 いい速度だ、と男は値踏みをする。

 リービーという名のエージェントだった男はその名で呼ばれていたころに意識を引き戻す。力の――発動。


 シャルロッテの能力は宝石を介して実行される、そのすべてを知っているわけではないが彼女の『好み』は知っている。

 こちらに突っ込みながら、左手の指輪を発動させて、ネックレスの石も発動させている。


(贅沢な話だ――)


 装備としてもリソースの消費としても。

 汎百の血統から生まれ、少しでも長所となるところをつなぎ合わせてやりくりをしている身からすれば羨ましさすら感じるべき事象であると、リービーは思い。


 けれど、羨みが力にはならないと思っている彼はそれを意識から外す、正確には判断とは切り離すだけで意識外に取り出すわけではないが……、

 力にはならないといったが、半分正しく半分間違いだ。羨みは強い感情で――そういう意味では怒りとカテゴリが近い。


 瞬間的な出力が上がることがあったとしても、それはどこかに無理を生じる。怒りというそのものを制御できるというなら話は違うが、ごくごく普通の精神構造をしているなら、怒りを制御しようなどという試みよりも、それ以外の感情に則って出力を上げる方法を研鑽すべきだ。


 羨みを別の場所に置いたとしてもそのものの脅威難度は変わらない。同時に複数の宝石効果を得ることができるというのは、厄介だ。

 そう思った瞬間、初撃が来た、



 大見得を切ってみたものの、自分の中にあるのは平静ならぬ心とそれを押さえつけようとしている理性のせめぎあいだ。

 自分の母親を思うと『アイゼナッハの女』が自分の認めた相手以外に意思を折らず、道を曲げず、心を砕かないというのは分かりすぎるほどにわかる。


 だが、自分がそうであるのか、そうであったのか、そうであれるのかということについては、何の保証も担保もない。

 そうあるためには、まず、目の前の状況を打破しなければならない。文字通り打ち破る必要がある。


 エージェント・リービー。宝石使いの血統として序列二位に冠せられるアイゼナッハの家系に連なるものとして、かつて随一と言われたエージェント。

――なのだそうだ、自分が彼のその名を初めて知ったときにはとうに彼は引退していたが、それを厭うのでも嘆くのでもなく、過去として分け隔てなく扱っていた。


 勿論、機密に類することなどで口にしないことはあっただろうけれど、初等教育の時に虫取りに興じた話も、高等教育でどんな科目が好きだったかという話も、子供のころに好きだったお菓子の話も、兄弟のように過ごした友人との話も、エージェントとして過ごした日々と同じように口にしていた。


 それは、彼が過去をなんとも思っていないということではもちろんなく、彼の過去というものに対しての扱い方なのだろうと思う。冷静が過ぎるような気もするが……冷徹と表現するほどでもない。


 その男はこちらの加速に対しても、どこかこちらをおもんばかるような表情を崩さない。余裕というのではなく、予断を持たないということだろう。


――少し、余談であるが、魔術師は血統の中心にいる魔術師に守護者を付けることがあるが一部の悪趣味な者たちは、守護者同士を戦わせたりすることがある。それとは違う例として優れた戦闘技能者を食客として招いた折には若年者の戦闘訓練のために声をかけることもある。そういうことも含めての契約だ、と多くのものが見なしている。これはもちろん、一般社会からすれば逸脱であるが、当事者間で合意形成がなされているならまぁ、いいだろう。(私の意見としてではなく、そう判断する魔術師が多い、という意味だが)


 だが、私はリービーがどういった戦闘スタイルであるのかすら、理解していない。それは、一時期気まぐれで戦闘訓練をしてくれた、うちの母親の言葉をかみ砕いて説明するなら『魔術師の子弟が学ぶのは戦闘技術であり、戦闘技術でしかない。だが、リービーの戦闘は、技術があってそのうえで奇術、戦闘奇術、積み重ね研鑽し高め基礎となるような技術ではなく、その場その場で最も効果的な使い捨てを作る奇術は……それこそ参考にはならない』とそういうことのようだ。


 こちらで勝手な解釈を付け加えるなら、私は血統にあかせて材料を芳醇にし、彼は経験と感覚で組み立て方をこそ有効にするのだろう。

 ゆえに模倣できない、と、しかし、


(母なら単純に物量だけでどうにでもするのかしらね)


 敬愛すべき母親なら、私のような普通のノーブルの悩みなどわからない――知らないですらなく――という顔で、一方的にすりつぶすのだろうけれど。


「――やぁ!」


 指輪の力の行使、先行の一撃として直線の光撃を放った。


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