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033、やまみち

 背後、小鳥谷のやや遅れた引きずるような足音を聞きながら歩く。

 今、彼には身体強化術式の使用は禁止している。

 理由は制御力不足、だ。


 彼のレベルの制御では無駄な魔力が漏れて、それはもしかすると気に触ってしまうかもしれない。

 誰の気に障るのか、ということについては今月に入ってから交渉した内容を思い出す。

 そう神成山に入る前に交渉をしたのは、管理団体の一つだ。


 日本では、欧州のそれとは違い土地ごとに管理している組織がある場合が多い。

 欧州は、魔術組織と教会が重なって管理しているのでどちらかに話を通せばどちらの許可も取れたことになる。日本では、その土地の管理者を見つけ出しその管理者に許可を取らなければならない。


 そのあたりが面倒であるが、文化的な問題であろうからなんとも言い難い。

 神成山の場合は……。


『メリットがないと受け入れられません』


 と言っていた管理者代行の代理人の女性――面倒な称号だが、要するに神成山の管理者、から、人間との交渉を任された人間……の通訳、だ――、だが、うちのカタログと少々の心づけを詰めたトランクを渡すと、


『おばあさまを説得してきますので少々お待ちください』


 となった。それでいいのか、とも思ったけれど、簡単に済むならこちらとしてはありがたい。

 ちなみに、通訳が必要になったのは、その『代行=おばあさま』の訛りが残念ながら私の日本語能力では理解できなかったからだ。代理人の大学生の女性はおばあさまの言葉を平易な日本語にしてくれた。


 それによると、『山に入るのは問題ない』が『何をするのかで注意するべきことが違う』のだそうだ。

 こちらの目的を告げると、


『それでは、山に入った後、こちらの地図に従って挨拶に向かってください』


 地図を渡される。なぜならそこにいるのが、


『管理者の御方ですから』


 と、そんな会話をした。


 管理者が聞いている通りの存在なら、できるだけ刺激しないように進んだほうが良いだろう。

 私は、気づかれないような強化術式を使う自信はあるが、小鳥谷に付き合って無強化で歩いている。

 疲労のたまり具合は慣れの差だろう。


 入山してしばらくは歩きやすい道だった。代理人の言っていたことが正しければ、この辺りは代行の一族も訪れる『登山道』らしい、正確には参道とでもいうべきか。拝謁するために向かう道なのだからそれでいいだろう。


 最後まで人跡が続いている訳ではない。未知の途中までは護衛がてら同道することがあっても、拝謁までをするのはあまりない事だという。代行の女性は毎年のあいさつで訪れるそうだが、それ以外は代行の一族であっても生まれた時に母親に伴なわれ、数えで15の頃に一人で詣でる以外にはほとんどそこを訪れないのだから年に二度三度といった程度である。


 その割に道が踏み固められているのはそのように整備されているからだろう。


 地図に目を落とすと、道が示されていてそれは左右を崖とした道のよう、あるいは、どちらの側にも水のない堤防の道が延々と続いているようだ。等高線が道行と平行に書かれるであろうこの地形は自然の物ではありえない。これまでの経験値から推測すると、高位の精霊のような存在が作るものだろう。


 つまり、ここの管理者はやはり、日本の観念的な神だろうと思われる。

 道の半分を超えてそろそろ七割位に到達するか、という辺りまで進んできたところで小鳥谷に声をかけられる。ここまでも雑談のようなものをしながら進んできたものの、今の言葉は問いかけを含んでいた。


 目的は何か、と。運動不足解消と魔術の訓練のためという都合のいい話で騙されてくれるのはやめたらしい。

 どちらも嘘ではないのだが、追加するなら、


「まずはあいさつね」

「……挨拶?」


 歩き詰めで赤い頬は熱を溜めているが、吹きさらしの天端は風が強くすぐに冷ましてくれる。

 上気した肌を見ているのもいいが、説明の続きといこう。


「本当の目的っていう言い方をするなら、運動不足解消もその一つであるというのは嘘じゃない、石探しも嘘じゃないけど、その前提であいさつね」


「さっきは聞きそびれたけど石探しっていうと……えっと、大分前に説明を受けた『呪石は一日歩いてれば一つくらいは見つかる』とかいうやつ?」


「そうね、そんな感じ。あなたが見つけてあなたと契約をする石が増えれば研究がもっと進むでしょうから」


 そういうと、小鳥谷は辺りを見回すようにした。恐らくは石がある、ということを確認したのだろうが。


「あなたの考えはわかるわ、『それなら先に行ってくれれば探しながらここまでこれたのに』とかそんなところでしょう?」

「……あ、うん」


 素直に頷く小鳥谷は年上だが、幼さを感じさせる。

 幼気さというか危うさというか。


――ともあれ。


「この山は禁足地、神様の山。管理者がいる。だったらその方に挨拶をして許可を得ないと見つけたものを持ち帰ることは出来ないわ」

「管理者、ね」


「その住んでいるところ……というか、会える場所は聞いたから――ここね」

 地図を見せる。分厚い和紙のような紙に書かれた地図を見て小鳥谷は首を傾げてこちらに返してきた。

「山の中で地図を読む練習はしてないんだよ」


 なるほど、と頷いて、こちらの指で示す、


「あれが、山頂」


 地図に書かれている山頂の地図記号と実際の山頂を交互に指す。


「こっちが私たちの入った入口」


 同じように地図と入ってきた方向を指す、こちらは流石に入口自体は視認できないが、


「目的地がこっちで」


 今度は地図だけを指す、実際の目的地はまだ視界にとらえていない。


「この線が集まってる辺りが歩いてきた道」


 地図には等高線じみたものがあるのだが、道の横にそれが集まっているのは、先ほども見た通り、歩いてきた道が堤防の天端のようになっていて左右が切り立っているからだ。等高線自体は地図の書き方の基本に則っている訳ではなく、道の近くだけに寄って書かれた道案内のためのもの、そもそも手書きだ。


 恐らくは、何らかの地図からの書き写しと思われる。

 ともあれ、


「この辺りなら、低いところと10メートルくらいの高低差があるみたいね」

「入り口付近はそんなに差が無かったと思うけど……」

「――ふむ、多分だけど、山の入り口からこの道を歩いていけば目的地に着くころには目的地の標高に達しているんじゃないかしら。クリフハンガーみたいなリスクがないのなら、気が楽ね」


 小鳥谷はらくかなぁ、とつぶやきながらではあるが。


「もう少し、だね」


 と、意気を上げるように言い切った。

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