032、かのじょとさんぽ。あるいは、山歩。
で、登山。
「――なんでさ」
研究が一段落ついて、訓練内容の話をするとそこに用意されていたのは登山用のウェアの一式だった。とはいえ、そこまで本格的なものではない、街で着るものより防塵、防水、防風が優れていること、そして、たぶん視認されやすいためにだろう、遠目でも目立つような蛍光の緑が帯状に入っているくらいだ。
――挙げてみると結構違いがあるような気もするな。
「ペースが良くない、サダハル」
シャルはとみると、同じようなアウトドアウェアだが、基調とするのは土色の柔らかなグラデーション、そこに入っているのは蛍光の赤色が斜め、たすき掛けというのには太すぎる太さで入っている。
首には青系の迷彩色のスカーフを巻いて、豪奢な光沢のセミロングは味気ない臙脂のニット帽に隠れている。
軍靴と見紛うような重装な足元は逆に彼女の足の細さと長さを際立たせている。
「山には、よく登るの?」
聞くと、彼女は意味内容を量るように首をかしげたが、すぐにその向きを直すと、
「私の一族は山にもかかわりが深いから」
そう答えた。なるほど、答えをもらってから考えて至ったのでは面はゆいが、山にかかわりがあるというのは、間違いなくその通りなのだろう。
山というのは、鉱物の宝庫だ。もちろん、普通の地面の下にも鉱物というのはあるだろうけれど、山というのはそれを地面の上に押し上げたものだ、といってもいいだろう。
(言ってしまえば自然の為した大規模なボーリングみたいなもんか)
日本は鉱物資源の量が少ないけれど、種類は鉱物見本のように多種多様だという。それも山がちな土地故なのかもしれない。
「神成山は千メートルにも足りない山だけど、古くは禁足地だったと聞くわ」
「立ち入り禁止、ってこと?」
「神域というやつね」
危険だからではなく、宗教上の理由で、というやつ。
勿論、畿内も含め日本各地に仏教由来での女人禁制地はそこら中にあるが、聞いてみると、神成山はそれ以前からの禁足地だということだ。
「まぁ、神域に指定するような場所にはそれ相応の理由があるわ」
こちらの遅い歩みに飽いたのだろうか、とと、っと駆けてこちらの横に並ぶ。整備はされていないものの道幅があってそのこと自体は問題にならない、先ほどからすれ違う人間もいないことだし。
「理由ねぇ……神域であることに、神域であること以外の理由がある、と?」
神様といっても、西洋的なそれではなく、日本の八百万の神のように、土地土地を封じるものを指しているのだろう。そうでなければ、遍在しているはずで『どこにいる』という定義づけもできないはずだから。
「ほうじる、とは、また、妙に適切な言葉を選ぶわね」
シャルはそういって、こちらを笑みで見た。
「ん、どういう?」
んん、と喉を鳴らすようにして、少し口を閉じて、目を弓にする。
「封建制度のほうとは要するに、人に預けてその土地を統治させるということでしょう――つまり、土地土地にほうずるのであれば、そのうえに依って立つものがあるということかつての日本なら大将軍、欧州なら皇帝というのが上に立つものだったわけだけど」
「日本の――オカルトでもそうだ、と?」
「知らずに言い当てたのであれば、それはそれで喜ばしいけど。うん、まぁ、隠すことでもないからね」
そう言って、彼女は三本の指を立てた。一つと折りながら。
「この国は三つの勢力――違うか、三つの系譜、三つの体系によって収められてきた、らしい」
「――ふむ、四方山話?」
「その語も語源的にはよもやも、で四方八方らしいけど、まぁ、いいや」
数の話をしたいんじゃない、とシャルは言って折った指をもう一度立てて、逆の手でつまむ。
「追われ追われた追われものたちの集まり、山界の鬼を首魁とする異形たちの連合、天にも住まわず闇にも生ぜずただ有る化外、『四季守連』。崇め奉られ尊ばれ、奉じて封じられた、いと高き方々とその血の流れと貴血の守り手、『梵天道』。遠き深き異界から秤を糺す、深海の杜、海原の主『竜宮守』……と、まぁ、私に説明をしたものは言ってたけど要するに」
折った三本の指を立てひとまとめに握って。
「人から生まれた異能者と人を治める為政者と統制された物の怪達の三竦み、三本柱、三権分立で日本のオカルト側は治められていたわけよ」
また、……なんとも信じがたい話である。
だが、それを否定する根拠を持っていないのが今の自分で、
重ねて言うなら否定するような体力もない。
ぜ、ぜ、と切れた息を乱暴に回復させる。
オフィスワーカーにこんな晴天の山道はきつい。
空気自体はキレイで気持ちいいのだけれど。
「別に大して難しい話じゃないでしょう。他の国ではほとんどが食い合って一強になっているのが、日本ではかなり高度なバランスで保たれていたというだけの話、それが極相に達していないからなのか、どうかは私にはわからないけど」
極相……は、確か、生物学的な用語だっただろうか。
「ちょっと話を戻して、この山に来た理由は、宝石採掘……をしてみよう! というちょっとした企画よ」
「宝石掘りか」
ついでに訓練もだけど、とシャルはいう。
さて、宝石堀り。小規模なトレジャー、あるいは子供向けのレジャーとしてそのようなツアーがあるというのは聞いたことはある。
海外が多いし、あとは日本でも首長竜が発見されたとされる土地の近くでは化石発掘ツアーなんかもあったはずだ。
しかし、こんな普通の山にも宝石はあるのだろうか?
「数千年前から宝飾品として宝石が使われていたのだから、採掘道具とか重機がなくても掘れるわよ。……まぁ、どこにあるかを知っていればだけど」
そこは任せて、と彼女は言う。
まぁ、聞く限り、彼女の家系は始まりに於いては山師のような――自称だ、彼女の日本語のマニアックさはどこから来ているのだろうか?――仕事をしていたようなのでその感覚に間違いは無いのだろう。
あとは、採り尽くされていなければ、だが、だからこその禁足地というやつなのだろう。
すたすたと歩く彼女のあとを行く、軽いハイキング気分ではついていけそうになかった。
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