031、特訓緩急
「うごごごご……」
『ぎっづいぃぃ』
シャルはすでに部屋に引き上げた。僕とマリーは寝転がって――というか倒れ伏して――天井を見ている。
あのあと結局言っていたことを成し遂げた彼女は満足そうな表情と汗をかかない代わりに若干赤みの差した頬のままで終了を宣言したが、こちらはなかなか足腰も立たない状況だ。
「きっつ」
『主様ぁ』
寝転がってすることもない――というかできることがない――のでマリーと話をしていたが、これはやはり、魔術師になって一か月も経っていない人間に施す訓練ではないらしい。
とはいっても、魔術師になりたての段階で魔石と契約させるというのは、よほどの資金があるか、恵まれた環境でしかできない。その話の流れでマリーの価値がぽろりとこぼれたが『ヴュルテンベルグ王国の首都だった都市に本社のある会社のフラグシップモデルと同じくらい』だそうだ。
クラス的には店頭に並ぶことが稀で基本的にはオークション会場でしか見ないレベル、だとか。それに負けない存在にならなければと思いつつも気圧される。
『で、でもでも、身体強化、シールド、移動術は使えるようになりましたよ!』
「……まぁ、たしかに」
まだ、省エネ的な運用しかしていないが、身体強化はひょろい理系の僕がアスリート並みに、シールドはとりあえずさっきのどんぐりの速度をもっと上げても止められるくらいに、移動術は――まぁ、移動距離は出ないが一歩分の移動を高速でできるようになった。
それまでに魔力をそれこそ湯水のように使ったわけだが、訓練中はシャルに補給をしてもらった。訓練終了時には空っぽになっていたので、こう倒れているわけだが。
一応、筋がいい、とのお褒めの言葉をアルバダからもらった。
とはいっても、マリーにイメージを伝えて術式を用意してもらって、そこに力を流し込んでいるだけなので、魔術師として筋がいいとか、そういうことについては何とも言い難いのだが。
「次の訓練には何かで驚かせたいな」
と、そんなことを漏らすと、マリーは驚いたような表情でこちらを見ていた。
『ふふ、やっぱりちょっと負けず嫌いなんですね』
彼女は嬉しそうに笑った。
・
その日から次の訓練まではしばらく時間が空いていよいよ再訓練という連絡を受けた。時間を空けた理由としては、
「小鳥谷の生産能力で二人の魔力を回復させるのにどれだけかかるか確認したかった」
とのことだ。それもあって魔力が底をつくまで消費させたらしい。
回復するまでの一週間に研究も進めたが、
「発想の検証はできたみたいね」
「芳しくはないけどな」
通訳をはさむというのは発想の段階では問題なかったのだが、素材が問題だった。何でもいける、という推測は『半分正解、半分不正解』だった。
どんな素材でも通訳は出来たが、信号強度が充分に出るようなものはなかった。
テストした十数種の鉱石類と比較すればずば抜けてよかった石英と雲母でも当初目標の十分の一くらいだ。この技術ができないからと言って魔石以上の石を使ったワンオフなら問題ないのだが、シャル――クライアントの意向は満たしきらない。
いや、今回の研究としては十分以上だという評価を得ているものの、次のレベルに進むための障壁としては残る、ということだ。
「素材問題は……まぁ、他の石を試すなり、カット方法を変えたり、接触方法を変えたりするのは人海戦術でもなんとかなるでしょう。私があなたに最も求めているのは発想と実験方法の確立だから、そこまでの問題ではないわ」
慰め……と思える言葉だが、言っている表情は本心から言っているように感じる。
「ありがとう」
「……いえいえ、と、さて、訓練の内容についてだけど」




