030、防御訓練
みた。アルバダという彼女は先程まではほぼほぼ物静かという印象の石霊だった。
しかし、いま、マリーの抗いをみて浮かべた表情は物静かとは違う嗜虐の相。
ただ、それはいたぶるのを楽しむというよりも、暴力を楽しむ……いや、力をもち、それをふるうことを試し楽しむという風に見えた。つまり、力比べを楽しんでいるのだ、と。
そして、先ほどまでのつまらなそうな表情の意味も今の楽しそうな表情の意味も分かる。楽しめる相手ではないと思っていて、今は、楽しむに足る相手だと思っているのだ。
「マリー!」
名を呼ぶ。求めるのは力。違う、
力そのものではない。力をもって叶うと証明して、敵うと証明することだ。
燃料は心もとない。先ほどの逸らすための力場でマリーの内在分の半分ほどを消費した。同じことをできて一回。二発が飛んできているならどちらもをどうにかすることは不可能だ。
――例えば、一つ目をそらして二つ目にぶつけるような芸当でもしない限り。
そして、そんなことはできない。
だったら、受けるか?
考えて、マリーに意思を飛ばす――、
・
つまりこれは、と。
マリーは思った。
私の主様は挫けず、悲嘆に浸らず、抗うことを止めず。
こちらに求めた……勝つことを、
勝つことそれは自分にとって恐るべき先輩をその戦闘を楽しもうという気概の更に上からひっくり返すことだ。
逸らすための術式。突発にしてはいい線だったと思う。
参考にしたのはあくまでも先輩の術式だったが、編み上げて、引き絞ればそらすためにも使える。たぶん、昨日、ファセットカットのデザイン画を見ていたのが良かったのだろう、あるいは、一昨日テレビでやっていた東京ドームの曲線についてのお話か……。
ともあれ、曲げて逸らす防御を組み立てることで一矢報いた、先輩の目論見を一つつぶして、そのあと自分はやられるのだろう、と思った。
なぜならいつも、先輩はこちらの心を折りに来るからだ。もしかしたら、再起してくることをこそ望んでいるのかもしれないが、それにしては執拗な骨折りだ。
そのため、自分は一矢報いた時点で満足を得た。――すっきりしたのだ、
――一人で。
だから、
それで満足してはいけないという意味だ。
私は一矢報いてそのちっぽけな勝利感をもって良しとしようとした。
(主様……思ったよりも貪欲です)
けれど、それでいい、
貪欲であることそれ自体に悪いことはない、
それで盲目になるというのであればまた別の話になるが、
(足りないところを補うのが、主従の、あり方だと)
たしか、主様との契約を勧めてくれたシャル様は言っていた。
それは、主様に足りない魔術の知識や経験の補いという意味だと思っていた。
だが違う、違ったのだ。
(補うのは『従者の務め』と言ったのではなく、『主従のあり方』だと言ったのだ)
つまりそれは。主に足りないところを従者の自分が埋めるということでは、もちろんあるが、同時に、
(私に足りない意気を主が掻き立ててくれるということです!!)
けど、足りない。奮ったところで、魔術は数字を覆さない、
魔力は足りないのだ。
・
で、どうする?
どんぐりを撃ち出して観察を続ける。
いい目でいい意気でいい空気だ。
けれど、足りないものは足りない。
主従の補いあいはお題目として立派だが、どちらも持っていないものはどうしようもない。
防御に足りず、回避は間に合わず、逸らすことは――叶わない。
受ける? どこか、ダメージの少ない部分で?
そんなことに実質的な意味はあまりないだろう。
結局撃ち出したものはどんぐりでしかない。
模擬的な訓練だから当たったところでダメージのないものだ。
屈辱はあるかもしれないが、それだけのものだ。
ダメージの少ない部分で受けるとか、戦略的に重要度の低い部分で受けるとか、
それらの挙動を見せれば、それは無意味なことではないけれど。
無意味でないということと、意味があるといえることには隔絶の差があると思う。
だったら……。
飽きそうになった。
面白いと思わなくもなかったのに、一瞬で色を失ったように、
(我慢しましょう……)
数秒だ。結果が出るまで我慢すればいい、報われることなどないと思いながら我慢して。
――報われた。
・
結局取れる手段はほとんどない。
魔力が尽きようとしていて、防御も回避も不可能だ。
そらすための術式は先ほど組んだものがあるが、それとて二度唱えられるほどのものではない。
(もう少し……制御を)
細かい制御はあまり得意ではないのだ。制御が得意でないということは、防御系を使う時にカバーの範囲が広くなるということで、それはつまり攻撃側の出力に対して無駄に使う魔力が大きいということだ。もう少し、制御の訓練をして、もう少し消費を抑えられていたら、ここでもどうにかなったかもしれないが。それは結局、あとからならどうとでもいえるという類のものに過ぎない。
主の声に応えたいと奮う気持ちに反して、できることが少ない。
自分の力不足であり、力は主ももっていないものであり、この場で補いあえる相手はいない。
(いない?)
何かを閃きかけたが、それが形になる前に主様からの意識が飛んできた。
「その防御を……!」
口にされた言葉を意志が補い、自分はその内容を完遂する。
・
最も簡単な方法は、二つの防御魔術を使うことだったが、それは魔力の不足により不可能だった。それ以外の方法を今この場で使えるようになれというのが無理難題であるのはどちらにとっても承知で、二発の攻撃を打ち消しあうような軌道にするとか、そんな神業は期待できない。
では、この防御術式をどう使えばいいのか。
そらすことが目的の術式で耐久性はあまりない、先に展開したものは五本の光の筋でレールを作るようなものだったが、一本一本の強度自体は真鍮の細い針金程度、受け止めるタイプではなく反発系で徐々に角度を変えていくタイプなのでどんぐりが直接当たったわけではないがそれでも運動エネルギーを受けてよれたり曲がったりしている部分がある、というその程度の強度だ。
それを、
(斜めに……)
受けた指示は簡潔でわかりやすいものだった。
二発の発射体に二つの防御を当てるのが最善として、それに及ばないのなら、
二つの発射体を一つの防御術式で受ければいい、というもの。
これが盾のような分厚くて面積を取る必要のあるものなら、魔力は追いつかなかっただろうが、逸らすための術式はあくまでも『線』をベース形状としているために、広い範囲をカバーするのに向いていなくとも、長い範囲をカバーするのには向く。そして、線の形であれば二発に影響を及ぼすことはできる。
――できた。
一発目は逸らそうとしたラインに乗ってこちらの後方の壁で音を立てた、二発目は、一発目のエネルギーを受け止め変形した術式で跳ねてどこかにとんだ。
二発分、耐久以上のエネルギーで術式がほぐれ消えていく。
だが、凌いだ。
次の攻撃の用意はされていない……。
・
「まぁ、それが貴方の基礎戦術になるわね」
なおも攻撃を加えようとしたアルバダの魔力を散らしてシャルが言った。
アルバダはそれについては文句もないようだ、というか少し気まずそうな顔をしている。
「防御の基本はシールドの展開、これは相殺に近いものだけど、相手より高い出力がないと貫通されたり破壊されたりするから、早い、ロスが多い、じり貧になる。というタイプね」
でもダメージを負うよりはずっといいけど、と付け加えて。
ほかの特徴は自分で感じろということらしい。
「貴方が今取ったのは、受け流し、って感じね。最小限の魔力で相手の攻撃をそらすタイプ、精密さ次第で早くロスも少なくできるけど、相手の攻撃の質次第では使えないし、そもそも運動エネルギーを減らすような手段じゃないから、そんな感じの攻撃の場合減衰なく届くことになっちゃうわ。メリットとしては相手よりも小さな力で攻撃を無効化できる可能性があることと、相手の攻撃を利用できる可能性があることね」
「利用するっていうと?」
「例えば、貴方が攻撃を受けたときに貴方に当たらない様にそらす、というのは……まぁ、言ってしまえばそれだけで終わりだけど、その攻撃の行き先を別の敵に向けることができれば?」
なるほど、と言わんとしていることを理解する。フレンドリーファイアを強制することができるとかそんなかんじだろう。
「それは脅しにもなるし。攻めにくい、というのはそれだけでも立派な防御手段になるのよね。いくら堅牢であっても、防御が硬いだけなら攻撃の手を止める理由にはならないわ」
「……でも、防御ってどれか一つでいいようなものなの?」
「もちろん、全部できたほうが良いけど、全部均等にできるよりは得意なものを用意しておいたほうが良いと思うけど」
「一個によってると対処できないものがあるとか、そんな感じかな」
さっきの例ではそらすようなタイプは格下の集団戦には強そうで、格上や特殊な攻撃には弱いかもしれない。
防御の場合は、反撃の意図が見えない限りいくら守りが硬かろうが攻めるに否はないので、集団戦で専守はありえないだろう。もちろん、動きながら反撃しながら、防御が硬いとなったらいやらしい感じはするが……。
それでいうとあとは、
「回避とか」
「そうね、運動性を上げて回避というのも選択肢に入れるべきね。防御というよりも身体強化と移動術ってカテゴリに入るけど」
シャルはそう言うと僕の目の前でぽん、と手を叩いた。
え、と思ってそちらを見ると、すでに其処にはいない。
そして、
「こんな感じね」
シャルの腕がこちらの首にかかっている。ゆるいチョークだ。
抱きすくめられたとも言う。
ぽん、と背後で手をたたく音がして、再度、シャルが目前に現れる。
……裾のはためきからして移動しているのは確かなのだろうが、その程度は速度ほどではない。
何らかの術式の介入はあるとみるべきだろう。
だが、
『見えませんでした』
マリーには見えなかったらしい。こちらにもその感覚はなかった。
「それじゃあ、訓練を再開しましょう。とりあえず、そらしは使えるとして、身体能力強化、シールド、移動術は今日中に使えるようにしてあげる」
『え、でも魔力が』
シャルの言葉に口を挟んだのはマリーだ。
しかし、彼女の言うことには同意したい。魔術としてのそれらの訓練をするのがイヤとは言わないがそのための燃料が無いのでは……無いのでは……あれ。
「私が、小鳥谷の首に手をかけるためだけに後ろに回り込んだと思ったの?」
やれやれと、彼女はため息を吐いて肩をすくめる。感覚的に僕の生産量の1日分から2日分の魔力がマリーに供給されている。分け与えたらしい。
「じゃあ、まずは身体強化から……腕相撲ね」
彼女は寝転がってこちらに手のひらを差し出した。




