003、もう少し
少女は二度三度地図を確認した後に、歩き出す。
――空港前のタクシー乗り場。
お行儀よく並ぶタクシーは少し俯瞰してみるとひしめく小動物のようにも見える。
上階の通路で一度タクシー乗り場を確認していた少女はさっきの光景を頭の中に浮かべながら順番待ちの列に並んでいる。
屋根の張り出しがギザギザと列を進むごとに日向と日陰を交互に提供してくれるが、十一月の吹きさらしの風においては、昼頃とはいえ日向のほうが愛しくなる。
ぬくいとさむいを繰り返しながら回ってきた順番で開いたタクシーに乗り込むと運転手は、え、と言いそうな驚いた顔をした。
なるほど、国際空港で外国人風の女の子が一人でタクシーに乗るということは、あまりないらしい。だが、運転手のほうもそのような動揺を長く表に出していたわけではなく。とりあえず、道を分岐するあたりまでを進めようというのだろう、行き先を聞かずに発車した。
車のエンジンが盛んに動き出したのを合図にしたかのように少女は、小さいほうのトランクから何かの紙片を取り出す。そこにかかれていたのは、住所と地図。
ここまでお願いします、とアクセントを少し外したけれど、聞き取りやすい日本語で言って、二言三言運転手と会話をする。運転手が目的地について問題ないことを確認できた少女は安心したように息を吐いた。
ちらりと、窓から外を見ると街並みがある。高層建築と趣のあるこじんまりとした建物が入り混じった風景。
(面白い街だなぁ)
いい街なのかどうかわからないのは、彼女が少女だからなのか。
空気の匂いの違いは分かる。なじむとはとても言えないが、空が低く、立ち込めるようで冬の空であると主張している。ひとりごとを何度かつぶやいた後に、リュックサックから小型の筐体を取り出した。
ぽちぽちとボタンを押す。
と、何かに急に気づいたかのように小さく華奢な腕に不似合いに豪奢なバングルにちらりと目をやった後、そちらではなく、その横に収まっている品のいい銀の腕時計をみて、その時刻をタクシー車内の時計を参考に合わせていく。
時差分の修正をしているらしい、落ち着いているように見えてやはりどこか平静ではない部分があるのだろう。普段の彼女なら飛行機の中で済ませるようなことである。
そのうっかりに若干、頬を染めて。
運転手はバックミラー越しのその表情を見る。
――良ければ、といって自分用に買っていたドリンクを一本差し出す。
その気遣いは少女にとってとてもうれしいものであったし、運転手はその笑みがドリンクの代金として十分以上だと思って……数十分後、少女をきちんと目的地に送り届けた。
少女は見た目にもまして丁寧なあいさつをして、降車する。
……降車地点は大学校舎近くの駅だった。