029、トレーニング、しましょ。
訓練とは、要するに魔術を使えるようにする特訓のことだった。
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シャルとアルバダのコンビによると、とっかかりとしては攻撃、防御、強化のどれかを発現させるのがいいとのことだが、二人の教え方としては、強化は『身体強化は消費と制御を気にしないなら魔力の垂れ流しで良いから後回しね』とのこと、攻撃は『性格次第ってとこだけど、正直、発現までのハードルは低くないなぁ』とのこと。
そして、優先すべきは、
『とりあえず誰かの援護が期待できる状況なら亀になって狙われているだけでも一働きになりますから』
ということで防御の訓練になった。
やり方は簡単。
『ひぃ、先輩!』
怯えるマリー。まぁ、気持ちはわかる。
「うぉ!」
アルバダが飛ばしているのは小石程度のもの。大きくはない、なぜならそれはそのへんの公園に落ちていたどんぐりだからだ。
現在地はシャルの止まっているホテルの遊戯室という名称の部屋であるが、何方かと言うと道場という感じ。白木の板張りの床、壁も白木。だが、どちらも真っ白ではない、おそらく真っ白だと目に優しくないからではないかと思われる。色合いとしてはクリーム色から淡香という感じ。淡香は確か妹がスパイスの豆知識とか言って教えてくれたような気がする。
先程聞いた話では、このホテルはそれなりの高級ホテルの顔ともう一つ、魔術師の宿というあり方もしているらしい。そのあたりは長くなるので省くが、要するに訓練室・格技室としての部屋だ。
白木は見た目よりも強度があるらしく、どんぐりが壁にぶつかって爆ぜる。
速度は……バッティングセンターのボールより速いぐらい。あたったら痛そう。
『では、次は当てます』
きゅる、と微弱な音とともに床に置かれていたどんぐりが宙に浮く。帽子はアルバダ側。先、というか尖った側がこちらに向いている。
きゅきゅる、先程の音は浮き上がった音ではなかったらしい。音の元は光の線、螺旋のような光のライン。思い浮かんだのは……。
(バレル……)
無論、樽ではない、単位の話でもない。ガンバレル。内側に螺旋の刻まれた銃身を思わせたのだ。
もちろん、そのへんで拾ったどんぐりなんて工作精度も何もない。であればライフリングの溝に意味なんて無いわけであるが、術的な、象徴的な意味があるということなのだろう。
――び。
音があって、風が来る。頬をかすめたのは質量というものであり、速度というものである。
若干、ホップアップする軌道だった。いや、動きが見えたと言うよりも頬をかすめたのに振り返って壁にあたった位置を見たら目よりも上だったというだけだ。
「おう……」
『マリー、防御しなければ貴方の主は怪我を……というほどでもないですね。でも痛い目を見ますよ』
言われて、は、というような表情をするマリー。
『良いですね』
行きますよ、とはもはや言わず、どんぐりが打ち出された。
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マリーは思う。自分はそれほどの石ではない。
シャルロッテ様に起こしてもらった恩義はあるものの、自分の能力は他の石に勝るものでないと。
日々の日常に置いては、体調が悪化しにくい、というのは便利だと思うが、反面、戦闘に於いて役に立つようなスキルはない、と思っている。
電気の発生は、確かに多少の特異的な性質ではあるものの、特筆すべきなにかとまでは言えない。自分が今の主との契約に選ばれた理由は、暴発しにくい訓練にちょうどいいサイズ感から選ばれているのだと思っていた。
小鳥谷貞治というシャルロッテアイゼナッハに釣り合わないごく普通の学者の卵に、安全な魔術師への道を歩ませるための栄養なのだ、と。
楽しいわよ、と、先輩は言っていた。
幸福感に包まれる、と、先輩は言っていた。
誰かに必要とされて、誰かに名前を呼ばれることはそれだけで胸が満ちるようなものだ、と。
私は憧れた。契約を交わしてパートナーになるということに。
残念ながら、アイゼナッハの血統は普通の石とは契約を結ばない、結べないのではないが、アイゼナッハの血は、強すぎて。もしも、普通の魔石に過ぎない自分や、上位であっても魔石の範疇から出ないアルバダ先輩では『支配』されてしまう。アイゼナッハの側の意思どうこうではない、それだけの劇薬だから、だ。
故にこそ更に強く憧れた、アルバダ先輩やアンナ先輩の様に仮契約という形でも十分に幸せになったと言っていた。憧れて、だから付き従うものとして、それらしい口調を先輩たちから抽出して真似たりもした。
そして出会ったのが主様である。頼りは無い、強そうではない、けれど、優しそう、
だから、使え甲斐が無い、なんて思わない。
(痛い目を見させる?)
怖い先輩の言うことだ。しかも、シャル様の制御下。
やると言ったのだからやるのだろう。
(――ははは)
やるだろうし、為されるだろう。
何しろ、小鳥谷様、主様の側にいるのは、弱虫で意気地無しで口調だけは有能そうなだけの私だから。
防ぐことなど出来ないのだから。
(出来ないのだから……)
迫るのが見える。どんぐり。
茶色の敵意。
(じゃない、でしょうが!)
残存の魔力量は20ポイント程度。制御を失敗すれば心もとない量。
(だったら、何さ!)
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どんぐりは殻のついた木の実だ。
秋に黄色く染まる葉をつける、公園によくあるような樹になるもので子供がよく集めているらしい。
古代においては、加熱技術とアク取りを覚えたあとの人類にとっては大事な栄養源にもなったようだ。
つまり、今の状況は食べ物で遊んでいる?
いえいえ、と自分の行いを正当化する。
必要だからやっているのだ、と。
『結果は出ますか?』
――疑問とともにどんぐりを低速モードで打ち込んだ。
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成果はともかく結果は出るのだ。
(防御は……状況に応じて使い分けるべきだと思います)
と思うが一つの成果は出ている。
命中ラインのどんぐりが、しかし、命中はしなかった。
こちらのライン生成は、ライフリングの形にラインを引くもの。
使用している術式は単純撃ち出しのものと殆ど変わらないシンプルなものだ。ただ、周囲にエネルギーを撒き散らさないために斥力系のラインを数本引いて砲身の中央に位置を合わせているだけ。
ちなみに、ラインにしているのは砲身そのものを平面を折り曲げて作るよりは魔力の消費がだいぶ減る上にあまり拡散についての効率も変わらないからだ。
マリーは――後輩は同じことをした。スプーンのような反りで、それは正面から受け止めるタイプではなく、加速度をそらすタイプ。あの不出来な後輩はこちらの弾道を見ていなかったと思うから……。
(なるほど)
主と従での合わせという感じなのだろう。にしては受け止めるのではなくそらすというのは、最初の発想としては独特のものを感じるが、
怯えからか、どんぐりは背面の壁ではなく天井に当たるほどに曲げられた。
(主に当たらないようにすれば良いのだからもっと最小限の力で良いものを)
其処まで魔力を消費するなら真正面から受け止めてもさほどの差異は無いのだ。
とはいえ、応用性としてはそらす方にも魅力を感じる。
『もう一度、見せてください』
どんぐりを放つ――音は2つ。




