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023、プレゼンします

 マリーのその発言に、お、と驚いたような表情で反応したのはシャルだ。

 先ほどからも聞くともなくこちらに意識を向けていたようであるが、今、明確にこちらに対して意識していることを伝えるような反応をした。


 話に入ってくれるのだろうか、と思ったがしばらくはこちらの打ち合わせを静観するつもりらしい。


(こちらを意識しつつ打ち合わせろ、ってことだから、意味ある様にしないと駄目、かな)


 一応、意識することにする。


「マリー、君専用のデバイスを作るっていうのは……どういうことかな?」


『意味的にはそのままですが――そうですね、標準機、指標機、あるいは試作機となんでもいいのですが。プロトタイプとして使うことが出来るのではと思いまして』


「えっと、意味合い的には。あれかな。デバイスを介さなくても意思疎通が出来るから、デバイスの性能評価にちょうどいい、と」


『とりあえずそうですね』


「レスポンスも早いし、いろいろな実験のできる試作機としても使える、と?」


『物わかりの良い主様は好きですよ、物わかりが良くなくてもお慕いしておりますが』


 その見返りを求めない好意に恐れが無いわけでもないのだけれど。


「という訳で、シャル。マリーの反応を受けるための専用機を開発したいと思うんだが」

「……専用機である必要は?」


 とりあえずで言ってみると冷えた言葉で返される。


「必要性については、検討段階だが、石によって――あぁ、これは種類でまとめられるか、個別になるのかはまだ分からないけど――こちらのインプットとむこうのアウトプットの信号が違う可能性がある」

「声をかけても、声で返すか、表情で返すか、もしくは例えば匂いで返すかわからない、みたいな?」


「そうだね。そして、声をかけて気づく奴、肩に触れれば気づく奴、光をあてれば反応する奴と色々いるはずだし、そうなると」


「どちらにせよ、専用機が基本になるかも、と?」


「――まぁ、その辺については少し考えてることもあるんだけどそっちは実証も含めてかなりの時間がかかると思うから、とりあえず理論の実証機を作るのは悪くないと思う。それで利点欠点を上げられれば次の設計はさらに良いものになるだろうし」


「んー、まぁ、作ること自体はいいわよ。でも、あれよ、予算とスケジュール、効果と展望、そのあたりを企画書にまとめて持ってきて頂戴」


「……おう」


 思った以上に真っ当でびっくりした。


「という訳で、マリー、方向性はいけるっぽいけど、希望聞いたり打ち合わせ、いいかな?」

『私が主様の望みを断るとでも!?』

「……」


 だから怖いって。



 さて、週末金曜日の夕方。時計の時針が下を指す。いったん一息をついて、シャルと(研究外の)まとまった交流の時間を持つことができた。ラボから彼女の泊まっているホテルに戻ってきて。


 彼女はいま、備え付けのテーブルで書き物をしている。こちらは、昨日の半徹夜が効いてソファーに沈み込んで眠ってしまいそう。企画書のリテイクは何とか終了した。


 シャルに問題点を指摘されるたびにマリーにも新しいリクエストを突き付けられたが、そのあたりの感情の動きを読んでいる限りではそれを責める気にはなれず、良くないなぁと思いながらもなんとか仕上げ切った。


「――小鳥谷、あなた優秀なのね」


 ペンを止めた彼女は脈絡なく呟いた。


「……シャル、それどういう意味で言ってるの」


 シャルの口調は褒めるのではなく、端的に事実のみを述べている様な口調であったが、だからこそ意味を理解するのに時間がかかった。僕は足りていないと思っていたし、何より、今やっていることはシャルがいなければ始まらないことだからだ。


 それでも彼女が言うことには、


「そのままの意味よ。魔石と意思疎通するシステム、所有者の魔術の素養についての要求基準をここまで下げるところまでこんなに早くたどり着くとは思ってなかったから」


 と言われてもである。今のところ机上の空論でしかないし、それにしても問題はある。概念的な記号として企画書に書き込んだ物を実物として作り上げなければならない、具体的にはそれぞれに合わせた検出器や音声か文字表示か人間に読める形にした出力機構やら。


 あとは、機構と石の間の情報のやり取りを『翻訳』する仕組みも、だ。


「今の段階ではシャルが起点でシャルがいないと何ともならない……まぁ、褒め言葉として受け取っておくよ」


 僕は、ベッド脇のソファーに顔をうずめながら、ありがとうといった。


 疲れからの伏したままの礼に、仕方なさそうな笑みの息がシャルから漏れる。初めて会ったときにも感じたが彼女は『お姉さん基質』、こちらの子供っぽいところに仕方なさそうに微笑むところなどはまさしくそんな感じだ。


 そんな彼女の様子を見ていたから、今、目を伏せていてもシャルがどんなふうな表情を浮かべているのかよく分かる。


 気恥ずかしさを感じて目を伏せているにもかかわらず顔をそむけたくなるが、それをこらえ代わりのように質問を投げた。


「――そういえば、それとは別にちょっと疑問に思っていることがあるんだけど、シャルが石と言葉を交わしているときに使っているのはなんだろう?」


「魔力の――って説明はしたわよね。……あぁ、言語的なもの?」


「そう、シャルは日本語で僕に教えてくれているわけだけど、石の言葉、というそのものは――えっと、ドイツ語、じゃないよね、僕も会話が出来ている訳だから?」


「んー、ちょっと説明がしにくいところだけど、言葉であって言葉じゃない、というか。否定文でいうなら、『日本語ではない』、『ドイツ語でもない』これは確定。でも、『なに』で交信しているのかと言われれば、微妙な話ね」


 彼女は頭の回転が早い。


「第一哲学側に何かしら……みたいな話?」


「言語化できない形而上な観念なのか、言語化していない未分化の『ことば』なのかもわからないから……えっと、これ、はっきりさせとかないと問題になる?」


 その上で図書館でランダムに辞書を乱読したような小難しい用語を使う。――なんというか、そのさまが非常に『らしい』と感じるのは、彼女が美少女だからか魔法使いだからか。


 なんとなく大意を捉えるなら『言葉になる前の意味を言語にしている』というような感じだろうか。


「いや、現状、実用で引っかかることはないと思う。今のは単純に興味というか……」


 なんだろうか、自分の中でモヤっとしたものが、言葉にならない。

 ふむ、というシャルの小さな吐息が聞こえ、彼女が椅子から立ち上がる。


 ぎ、と小さな音がそれを伝えてくれるが、木組みの椅子が立てる音の小ささはシャルの軽い体重を意識させてきて、へそと胃の間くらいのなんとも言えない位置を乾いた筆でなぞったような浅い疼きを感じさせる。


 シャルが、と、っと軽い音一つで踏み切ると跳んでベッドにダイブした。こちらはベッド脇のソファーでその動きの風を感じる。


「ん」


 シャルの小さな声とともに、


「い! ……たくない」


 放り投げられたのはクッションだった。

 こちらの頭で跳ねて胸に落ちた。重さでそれとしれたクッションを浅く抱くと目を開いてベッドの方に視線を向ける。


「う……!」


 ソファーとベッドは一メートルを切っている。だが、空間的な距離以上に近いと感じるのは、シャルの瞳のせいだろう。カッティングを受けた宝石であっても、そこまで爛々とした光をたたえることはないだろうと、そんなふうに思う力強い瞳。


 彼女はベッドの上であぐらを組んでいる。裾の長いワンピースは彼女の足を包んでいるのではっきりとあぐらを組んでいるとは言い切れないが、パンツルックのときは彼女はよくあぐらを組む。

 ソファーで伏すこちらより視線の位置は高い。目は笑みの弓なり。


「多分。あなたが思っているよりも『違う』ということは『悪い』ことじゃないわ」


 どういう意味でそれを言ったのか、わからなかったが、確かに言う通り『悪い』ことではないのだろうと思えるような表情だった。

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