022、おねだりします
魔力回路の調整が終わったとマリーに言われた。
試しにマリーへの魔力供給を行ったが、移行が滑らか過ぎてマリーは、ひゃうん、と高い声を上げて数センチ腰を浮かした。
僕から見れば数センチだが、彼女のサイズで言うなら飛び上がったといえる。――魔力の放出で突き上げてしまったらしい。
「きついです……主様」
うつむいたままでそんなことを言われるとこちらの罪悪感も倍増である。
「ごめん、マリー」
「いえいえ……」
若干上気した頬を振りながらマリーは言う。
「さて、出力のほうは問題なく……というか、制御が不完全なようではありますが出が良くなったようなのでとりあえず良しとして。シャル様のお仕事のほうに集中なさるのがいいでしょう。私にカバーできる部分はもちろんカバーしますが……」
「ん? 魔術の訓練やらはしなくていいの?」
「しなくていい、というよりも。んー、どういえばいいのでしょうか」
戸惑いを素直に表情に出しつつ言葉を探すマリーを見ながら、なんだか言葉遣いがだいぶ砕けてるなと思う。
契約を交わしたことによる何らかの作用だろうか、悪影響を与えてしまったかと罪悪感が生まれる。
「そうですねー、ざっくり言って魔術の行使によって訓練するという段階の前にスポーツで言うところの筋トレのようなことをしなくてはいけないのですが、そのあたりは地味、ですので」
「地味でも重要なんじゃないの?」
「それはもちろん、そうなのですが。……ん、まぁ、言い方として正確ではありませんが、主様の魔力回路をお借りしてそちらの訓練を私が担当する形ですね……先ほどまでの回路の調整とある意味では同じです。一つの体に二つの意識が入っていて右手と左手の作業を分担する、とか、そんな感じで」
「……あー、あー。うん、なんとなくだけどわかった」
要するに訓練をするという段階にない体づくりを代わりにやってくれるのだ。しかも、その間は別の作業ができる。
というか、別の作業というよりもそちらが本来の仕事だったような気がしなくもないのだけれど。
まぁ、現状につながるような案を出したのがその雇い主なのだから別段それに付け加えることはない。
「では、たまに若干くすぐったくなるようなときもあるかもしれませんがご寛恕ください。それでは」
というと、敬礼をしながらマリーは僕の体に沈んでいった。宝石から離れたエーテル体とやらは温かさと気配のようなものは感じるが質量を感じない。
「……んじゃ、信号を」
みる、袱紗に包まれていた赤鉄鉱が光を放っている……いや、視覚的な情報ではなく魔術的な感覚なのだろう。袱紗の奥から目に飛び込むという感じ。
「なるほど、魔術師として見た呪石はこんな感じか」
押すような圧も感じるが、それはさほどではない。
気配がある、というような感じ。
『モノとしては、中級の下位って感じですよ』
頭の中にマリーの声がする。
(こっちの思考も読めてるのかな?)
そんなことを思うけれど、とりあえずはそれよりも便利だなというほうが強い。
「呪石としては、ってこと?」
『はい、平均的な品物より少し悪いという感じですね』
留められる魔力は人間一人分程度、とのこと。
それを機械にセットする。
いろいろなデータのとり方が考えられるが。とりあえずは長辺同士をクリップで止めようとしたがワニ口ではどうしようもない。最終的には両端に爪を着けるような形になった。
ということで最初に取るのは電圧で、次に電流、振動は同時に取れるが温度は……時間のほうの分解能が良くない。
あとは、音と光の測定時の固定方法を考えつつそれらの作業を行う。
結果としてわかったのは、赤鉄鉱の場合、物理的な圧力をかけると電圧で応答し、振動で信号を送ると光で返答するということ。
しかし、呪石の説明が正しいとするなら、この中には宝石の意志はまだ目覚めていないはずなので『この手段でコンタクトを取ればこの形式で返ってくる』という参考にはなっても会話方法の確立は出来ない。
「というわけでマリー」
『はー、名残惜しいですが』
いったん体内の拡張工事――を終わらせたマリーは石に戻った。勿論だが、契約関係は空間的に離れたくらいでは断絶しないらしい。
お願いしたのは石に戻ってから実験を受けることだった。
とはいえ……。
「あー、だめだな、これ」
『むぅ、面目ありません』
信号が出ないとか、そういうことではない。
マリーとつながってしまっているために、こちらの求めることを反映しすぎているのだ。
このレベルで意思疎通できているのなら機械はいらないよね、という状態だ。
(いや、むしろ、これはこれで一つのやり方か?)
石のほうに反応の仕方を先に仕込んでおけばいい、と。
その場合は、シャルのようにどんな石とも意思疎通のできる能力が前提になるが。
――今回の場合、瑪瑙としてのマリーはこちらの声にこたえて光でも電流でも反応してくれた。
しかし、それはマリーが『分かっていてやってくれている』ような状態だ。
実験に付き合ってくれているだけ、というのに近い。
それでは技術としては問題だが、再現できればまた別の話だ。
一応、できるだけ反応を我慢してもらう、という体での実験により電流をかけると屈折率が変わるというのは分かった。
なんだか艶っぽい我慢声を聞かされたのは想定外だが。
「これって感覚的にはどんな感じ?」
『んー、圧力をかけられたりするのは、なんでしょう、雨が降りそうな空気になったとか、そんな感じの反応に困る変化で、電流をかけられるのは意味があるけど意味をなさない声が聞こえたような感じで、びくっとしちゃう感じですかね』
「うーん、電流のタイミングとか電圧との組み合わせでニュアンスを出したりできるかな……ってところか」
『そうですね、そのあたりはあるのかもしれません。でも、すみません……こういってはなんですが』
「うん? どうしたの」
『なんというか、こういう風に刺激に曝されて反応を観察されるというのは、私は……その主様の目的もわかっているのでいいのですが、ほかの魔石であれば不快に思うのでは、と思います』
……なるほどそれは、こちらにはない視点だった。
そうか、むりやり反応させられるなんて、普通に考えれば不愉快だものな。
「じゃあ、どういう感じのやり方が良いと思う?」
宝石の側の意見を聞いてみようと思った。
『そうですね。魔力の供給によるのが心地としては一番いいかと思いますが、後は声をかけるというのもありでしょう。ただし、魔力はともかく声ともなれば石の側で聞き取れるかどうかという問題が生じますが』
「その辺はやっぱり個別対応の案件になるのかな……」
それでは汎用品もできないしあまり行きたくない方向性なのだけど……いや、しかし、最終的な製品がどれくらいの需要なのかによっては、その方がいいということもあるのか。ワンオフのハンドメイドの方が好まれる場、というのも確かにあるのだ。
さて、ではどうしようかと思っていると。マリーがもじもじしながらいう事には、
『主様。私の為のデバイスを作っていただけませんか?』
と、そんなことを言った。




