021、リンクしました。
契約自体は先ほどの宙に浮いている五枚の魔法陣に触れて、最後に現れた一枚に触れることで終了した。聞いてみると、契約の為の魔法陣とポートの占有を許可するかどうかの魔法陣だったらしい。
名前を新たに設定することもできるようだが、彼女を別の名前で呼ぶことにも違和感があったので、
「マリー」
と呼ぶことにした。敬称は禁止だそうだ。契約による主従を揺らがせるものは少なくとも契約直後は望ましくないとの事。ただ、そんなことを言っていたものの実際にはマリーの私意が入っているようだ。というのも、
「主さまー」
とこれである、さっきまでの優等生的な雰囲気はどこに行ったのか。
これについてシャルが言うには、
「その子は主を求める性質だから、初めての主人がうれしいんでしょう」
とのこと、シャルが主ではなかったのかと思ったが、
「アイゼナッハの血は魔石のレベルには甘美すぎてね、魔石と契約を結んでしまうと魔石の人格はほぼ洗い流されてしまうわ」
だから契約ではなく、仮契約。供給は適切に、ただ深くない接続。それを維持するには技量もいるらしいが。
ちなみに今のマリーは僕の体に潜っている。不備な点を拡張し、不具な点を修繕し、効率の悪い部分を作り替える作業をしているとのことで、もぞもぞと体の中で何かが動くような感じがする、不思議な感じだが不快な感じは受けない。
自分じゃないけど自分だから、という事らしいがよくは分からない。
時たま体の中から、腕を動かしてほしいとか目を閉じてほしいとか、反応の確認をしているマリーの命令に従いつつシャルと会話をする。シャルは電話のラッシュが終わったらしく、きゅうけいちゅー、と言っていた。
「魔力の話の続きをしましょうか」
そういってきたので、机の上に広げられた菓子を取る。有袋類をイメージしたチョコ菓子やシールのおまけのウェハースなどが並んでいる。未開封の赤いお菓子をためらって、有袋類を口に投げ入れる。歯ごたえからチョコが零れる。
「お願いするよ」
うん、とシャルが応える。
「魔力というのは生命力から生まれてくるものだというのは、先に話した通り。では、生命力というのは何かというと」
「ビタミン?」
「はい――生命はすなわち世界の理に対しての反逆者。無機と暗黒と停止と絶対零度の支配する宇宙に対して極めて薄い確率をついて、確率を縫って在る異常存在、つまり、魔法の残滓よ」
「それはこの前の説明と同じで、確率的にあり得ないことが起こる根本には物理とは違う現象があるというアレなの?」
「そうね。もちろん、数学的に言えば試行回数が多くなるほど再現率が上がるというのは理解してる。それでも、確率が低いものが生じた場合、それには何かが宿っているというのが魔術師の考え方よ。ある意味では宝石の考え方にも似ているわね。たまたま美しくなったということはさておいて、その美しいものを愛でるというのは、そういえば分かりやすいのかもしれないわ」
グラファイトとダイアモンドを分けるのは炭素の並び方。それが高温高圧ではダイアモンドの形になる。たまたまそうなっただけで、その炭素原子の手柄ではないが評価は明確に違う。
「幾つもの仮定の上の仮説だけれど、魔力というのは運命への干渉力の高さを示しているという考え方があるわ……というか、主流ね」
「運命ってなに? 未来が決定されているってこと?」
「運命とは……そうね。それ自体が確定的な意味を持っている言葉ではないけれど、大きく二つの意味で言われるわ。一つは一般に言われるところの運命。つまり『良く分らないけどなんとなくそうなるという方向性』、もう一つは『ラプラスの悪魔が存在したとしてそいつが予想する未来』というものね……ラプラスの悪魔は知ってる?」
「世界コンピュータみたいな、あれだろう」
「そうね、因果律の最果て、演繹の窮極……量子論に殺された悪魔。そんなところね。まぁ、量子論を呑み込んでいても呑み込んでいなくてもいいけど、世界の未来を物理的要因から演算可能な存在と考えて……『もしも誰も何もしなければそうなる未来』というのがそちらの意味よ」
「誰かが何かをしたら変わる、と……ん?」
「うん、あなたの疑問は分かるわよ。運命を変える時には付きまとう必須の疑問よね」
そうだ。それは、
「運命を変えたところで変わる前と変わった後を比較できるわけでもない、んじゃ?」
「だから、この辺りは仮説なのよ。ただ、多くの人やモノに影響を与えたもの程魔力が高いのも事実。この因果、どちらの後先というのが確定できないけれど、ね」
魔力とは運命を変える燃料のようなもの、と。そして、全ての生命が魔力を持っているなら運命を変えているのは……。
「……」
何となく。何となくだが、シャルのしようとしていることの一端に触れた様な気がする。
・
マリーに乞われて両目を閉じた。
シャルの息遣いが聞こえた。




