020、リンクしましょう。
「そうですね、あるいは、インプラントを無理矢理引っこ抜く感じでしょうか……ある程度は自然治癒もありますが、痕が残ったり、不具が残ることもあるでしょう」
「精神に残る不具はちょっと怖いな」
そんなことを言いながら。話を続ける。
「契約ってことは、契約書を作ったりハンコを押したりするの?」
「書面契約というのももちろんあります……そうですね。他に因習的な契約、口頭の契約、物理的契約、術式契約等々がありますが今回は術式契約を行います」
「他のと比較しての利点とかあるの?」
「今回の契約に関してでいえば、契約範囲の指定が簡単です……そうですね、今回の問題としてはあなたのほうが術式を見てもどういうものかわからないために、確認が取れない点でしょうか」
「じゃあ、とりあえずは問題ないね」
「……どうしてですか?」
どうしてというか、
「君が騙そうとしているなら僕にはどうすることもできない、というかどうしようもない。だったら僕の図るべきは君が信じるべきなのか、と、僕をどうしたら信頼してもらえるのかを考えることだ」
「そういうことでしたら私から付け加えることは何も……」
光輪は多重に展開されていて連鎖的に広がっていたが、ある時を境に収束し始めていて、今残っているのは連環染みた軌道を見せる三つの光輪と、二つだけで回る歯車のような輪だけだ。
機械式の時計を思い浮かべながら、マリーに聞く。
「どうしたらいい?」
「術式の固着も含めると、必要な工程は三段。認識、受容、順化です」
説明の内容をざっくりまとめると、両者が『その契約の内容を把握した』と思うこと、『その契約を受け入れた』と思うこと、『その契約が体にしみこむ』まで待つこと、この最後が固着も含むらしい。
「簡単に契約内容を申し上げますと、小鳥谷様のポートを一つ占有することです」
「ポート?」
「外部接続のためのエーテル層上の特異点……というよりも、外とつなげる手、と言った方が分かりやすいですかね」
「それを占有状態にすると、昨日と同じことが自動化されて効率よく行える、ってことでいいのかな?」
「概ねはその理解でよろしいかと。ただ、現状は回線の関係で自動化だけでは供給量が足りませんが」
言いたいことを理解しようと頭を回す。
「一本の回線、一つのポートで供給が足りないなら、二個、三個とポートを占有すればいいんじゃ?」
「コンピュータならそうなのでしょうか、簡単にはその解除が出来ませんし――手、と表現した通りあまり数があるものではありませんので」
手なら二本だ。では、この回線接続数はどうなのか。
「そうですね、普通の人は四つです。セントラルポートという特別のポートを除けて考えるとですが」
「僕の場合は?」
マリーの言い方が、僕は違うと言外に述べている様なのでそう聞くと満面の笑みを見せた。
「昨日の数時間の接続状態の間に確認しましたが六つと非常に優秀ですね」
こちらが優秀であると自分の事の様に喜んでくれる彼女に信頼度が増した。
「他の人より多いならそれこそ回線を増やせばいいんじゃ?」
ちっち、と指を振るマリー。
「それは賢い選択とは言えません。理由は二点」
一つ指を立てながら。
「一つ目は昨日も申し上げた魔力の圧力。これを上げることが出来ればポート一つで十二分に供給が可能であること」
なるほど、その意味ではデジタルなデータ回線というよりもやはり水道管のようなものを想像した方がいいのだろう。出力側の拡張で回線自体の性能が上がるという事なら。
そして、こちらに指を突き付け告げることには。
「そもそも現状、小鳥谷様の側の魔力が不足していて回線を増やしたところで送るものがありません」
――なるほど、根本的な大問題である。
「ちなみに、そのあたり目安みたいなものはあるの?」
「目安……ですか、数値的な?」
「そうそう、訓練するならそういうのがあった方がいいかなって」
ダイエットでも勉強でも数値化するとテンションの維持管理に良いらしい。
「魔術師たちは基本的に秘密主義者たちなのでインチ、ヤード、センチ、メートル、ポンド、尺、間、マイル、キュビット等々のごとくに統一の単位はあまり確立していませんなので、予断となってしまうことをあまり言いたくはないのですが、それでもというのであれば『千人協会』と言われる欧州系組織の単位系で表現しましょう」
「それはいいけど、ポンドは重量単位じゃない?」
「――欧州系組織の単位系で表現しましょう」
流された。
「基準値が原器にすらならない物なので数値化に正確な意味があるとはいいがたいのですが、相対的に意味がないという訳でもないので何と言いますか……」
聞いてみると確かに数値化する意義が薄い。数値化は測定器というよりも計数機のようなものを用い、測定者との相対値で表すのだそうだ。しかも、コンディション次第で上下するので十パーセント程度の上下誤差が普通だとのこと。
一応、組織として検査をするときには測定者を複数人用意してどうこうするらしいが、熟練した魔術師なら体感でわかる精度とそう変わらないとか何とか。因みに、今回はシャルの前回測定の数値を基準にして、マリーの感覚で数値を出してもらった。二割三割の誤差があるかもしれないとのこと。
「魔力の内在量の分かりやすい基準でいうと、普通の成人男性の内在量を10ポイントとしています。これは十八世紀中ごろのイングランドの地方都市でのデータなので現在の値とは違うかもしれませんが……まぁ、後は『千人協会』の魔術師試験の魔力に関する足切ラインが100ポイントです」
「つまり、協会とやらの魔術師は普通の人間の十倍の魔力があるのが最低限の基準、と」
「例外は何事にもありますが、基本的にはそうとらえていただければいいです。ちなみに多くの事と同じように、魔力値の伸びも訓練初期が伸びやすいので一年でそれくらいに到達することも珍しくはないです」
「へぇ……っていうか、魔術師って試験でなるものなの?」
「そういう方法もある、ということです。基本的にはどこかの組織に所属してその組織の基準を満たせば、という感じでしょうか」
なるほど、とりあえず納得する。そうすることで秘密の漏えいを防いだリ管理をしやすくしたりするわけだ。
多分、伝統と効率の板挟みの境界線がそこだったのだろう、と。
「シャルの場合は?」
「アイゼナッハは古い一族なので、そういったことに融通は効きます」
まぁ、実力でも問題ないですが、と言いながら。
「ちなみに私の場合は限界容量が200くらいですが、一日の維持に50ポイントほどを使います。その上で生産能力が10ポイント程度なので、単体での生存能力というのは非常に低いです」
「維持に生産に容量、か」
言い換えれば、維持は一日の必須カロリー、生産は一日に食べられる量、容量は胃袋にためられる分という感じになるようだ。マリーの場合、食事でたとえれば最低限の意識を保つと飲まず食わずで四日間活動できるという感じだ。
「さて、先ほど話にでた一般的な成人男性なら、限界容量10の、一日の維持に2から5、生産能力が10くらい、という感じです」
「溢れた分は?」
「無駄になりますが、それだけです。溜まりすぎてどうこう、となる場合は排出が上手くいっていない別の原因ですね」
そういう事もあるらしい。
「限界容量は魔術の使用、あるいは制御訓練によって拡張されます、要するに圧力をかけるような訓練をしていれば広がっていく感じです。生産能力は魔力の消費によって拡張されます。これは、生命力の方が魔力が全回復していない状態を異常と捉えて常に全回復するように生産能力を持つように体を作り替えるから、です」
「安定して生産能力以上の消費をし続ければいいのかな?」
「限界容量の拡張のためにも安定だけじゃなくて圧力の緩急をつける方がいいのですが。まぁ、私に供給し続けるというのは一つの訓練になります――まぁ、これが私と契約するメリット、ですね」
「メリットって、でも成長してもその分マリーに吸われるならあまり意味がないんじゃ?」
「経験則的には恒常負荷の二倍くらいまで生産能力が伸びるので大丈夫です!」
言葉の通りなら、一日の生産能力が100になる訳か。
「あとは、ライブラリみたいな感じですかね」
「というと?」
「……そうですね。小鳥谷様の魔法使いのイメージで魔法を使うというのはどんな感じですか?」
「どんな感じって……魔法陣を書いたりお札を書いたり呪文を唱えたり?」
「精密な図形を適切な日取り適切な方位に適切な道具と適切な手順で書いて効果を発揮させる、という訳ですね」
まぁ、そうだ、と頷く。
「その補助・補正を含めたパッケージングをしてしまおうという訳です。宝石の側で」
「それは……なんだか凄そうだけど僕にはいまいちわからないな」
そうですか、とマリーは視線を下げるがすぐに真っ直ぐこちらを見た。
「では、簡単な言い換えをしますと、料理をするときに普通なら包丁を持ってまな板を用意して食材を抑えて包丁を動かしまくって……が必要なく『みじん切り』と唱えるだけでみじん切りが出来る。ミキサーを出してきて材料を適当なサイズに切って入れて擂り潰してから裏ごし器にかけてようやくできるところを、『ピューレ』と唱えるだけでピューレに出来る、という感じですね」
「……なるほど」
さほど料理はしないが今の用語ぐらいは分かる。確かに非常に便利なようだ。
「という訳で、デメリットとしては三つ、私を身に着けるべきというのと、維持に使う魔力が増える、ポートが一つ潰れる事。メリットは、私を使い魔のようにできること、つまり、契約し続けておくだけで生産能力が上がっていき、限界容量を上げる訓練も簡単になるし、私の知っている魔術なら使い方がわかるようになる、後は、あなたの味方である存在が出来る、とそんな感じです」




