019、リンクしますか?
「……なんか、雑な感じがしますが」
瑪瑙の上に顕現したマリーはシャルのほうを眇目で見ながらこちらに同意を求めてきた。
うなずくともなく、マリーに訓練の内容を聞く。
「訓練ですか。ふむ」
マリーが何を考えているのかはわからないが、悩んでいるようだ。
訓練内容が決められないならシャルに聞いてみようかと思ったが、その前にマリーのほうがシャルに声をかけた。
「シャルロッテさま、確認したいのですが、小鳥谷様をどうなさるおつもりですか?」
「……ふむ。マリーは私が何をしようとしているか知ってるわよね」
もちろん、と頷いて答えるマリー。僕はその言葉に疎外感を覚える。しゃべり方のニュアンスというかなんというか、こちらの知らないことを共有しているのだろうとそう思わせる言い方だ。
(まぁ、当然か)
信頼されるされない以前の問題だろう、これまでの交流は秘密を明かすのに十分な時間とは思わない。秘密があるということは別段咎めるべきことでも、気にすべきことでもないと思う。ただ、知らないということで力になれないとしたら、それは少し気にすべきかもしれない。
「では、いいでしょう」
小鳥谷様、とマリーに声を掛けられる。
「どうしたの?」
「シャルロッテ様は私にとっても大事な主です。あなたにとっても雇い主……候補ですので、お願いしたいことがあります」
「シャルのためになること?」
「――そうですね、少なくとも私はそう考えます」
「……詳しく聞いていい?」
もちろん、とマリーは頷いた。
・
「魔力の供給はつながりとしては最下限のレベルです」
「まぁ、初心者だから……ってことじゃなくて?」
マリーは教師じみた動作で左手で右手の肘をつかんで指先を顎に当てている。
そして、こちらの言葉を否定も肯定もしない。
「初心者ゆえ選択肢があまりないというのは確かです。その中でも魔力供給が訓練に向いているというのは間違いではないです。少なくともいくつかの基礎訓練の中では効率としては高いほうです」
聞いてみると瞑想や、簡単な魔術を使うような訓練もあるそうなのだが、前者は今の段階での優先度は高くなく、後者は場合によっては妙な癖がつくとのことだ。
であれば、型の訓練のようなことをする前にある程度の理論と基礎能力をつけるのは正しいという判断らしい。
であるにも関わらず、別の方法を示すというのは、
「もしかして初心者に高レベルなことを求めてない?」
「んー、そうですね、ある意味では。ですが高レベルなことというよりも」
「マリーはあなたに、リスクを背負えと言っているのよ」
どこかに電話をしていたシャルがそれを終えたかと思うと、急に話に割入ってきた。
「シャルロッテ様……」
そのシャルに対してマリーはどういったらいいものか難しい複雑な視線を送っている。
「とはいっても、それを非難しないであげてほしいわね」
「どうして?」
僕は単純に疑問として
「マリーが言ってほしくなさそうだけど、聞きたい?」
「それは意地悪な質問だな」
そうかしら、と彼女は天井を見る。
「……いいです。いいですが、シャルロッテ様のおっしゃることが本当かどうかは私からは回答しません」
「――さて、許可も出たことだから言いましょう。一言で済むわ」
「一言?」
「マリーのほうが高いリスクを負うわ」
「……」
ちらりとマリーを見ると彼女の表情には動揺が見られた。どういう意味の動揺かはわからなかったが。
「マリーはあなたと契約しようとしている、契約は対等から一方に有利なものまでいくらでも種類があるけれど、宝石使いと宝石の基本的な契約は宝石の側に従うことを求めるもの。つまり、魔術師優位の契約ね」
「……それを提案してマリーにどんなメリットが?」
「まぁ、ない。とは言わないけど。あまり強い理由ではないわ」
マリーのほうはどこを見ているのかわからない表情をしている、恥じているようにも照れているようにも見える。気まずさのようなものはあるが、悪いものではない、と感じる、信じられる。
「確認だけど、マリーはそれを必要と思い、シャルも問題ないと思っている……それは間違いないのかな?」
「問題ないとまでは言い切れないけれど、マリーの裁量範囲のことだとは思うわ」
ならいいか。
「……マリー――好きにしてくれ」
かけた声に彼女は顔をあげてこちらを見る。その表情は驚きで、戸惑いで、少しの喜び。
だから間違っていなかったと思って。
「で、では実際の契約手続きに入ります」
そう言って多重の光輪が展開された。
・
「まず説明ですが、昨日のような魔力供給は一時的なライン構築さえあれば……さらに言うなら、それさえなくとも魔力の放出と対象の確定さえできていれば可能です」
こちらの手の平に直立している彼女は魔力供給を受けながらいう。
昨日できるようになった技術だが、疲労感はある。
「エネルギーを供給するわけですから。回線がないよりあるほうが、キチンと設計されていないものよりもされているもののほうがいいのは間違いないです」
川より水路、水路より水道という感じだろうか。
「それたりしないから?」
漏れ出ると感知されるとかなんとか言っていたような気がする。
「そうですね。もちろんそれもさらに先に進むと考えないといけないわけですが、現時点ではそれほど考慮にいれなくともいいです。より考えないといけないのは、損失ですね」
ちなみに、こちらの話を伺いつつもシャルはどこかに電話をかけている、先ほどとは違う相手にかけているようで口調が違う。先ほどまでのは他人行儀で今度はほんの少しだが砕けているような気がする。
「……シャルロッテさまが気になりますか?」
冷えた言葉……というほど冷たくもない、無色の言葉というほうが近いだろうか。
無理矢理に感情の色を消したような声がした。
「気にならないわけがないけど……」
マリーの質問はそういう意味ではないだろうと、思う。
「気にしたい、よ。彼女の方でそれを望んでくれるかはわからないけど」
「……いいんじゃないですか」
ため息の感情を混ぜてマリーは言う。
「相手が望んでいることをするだけが人間関係の作り方ではないでしょう。私は人間ではないので正解を口にできているかはわかりませんが」
相手の望んでいることだけじゃない……。
「普通はですが。相手の望んでいることをしようというのはご機嫌伺いですよ。そうではなく、人間関係を結ぼうというならそれは、自分の望みと相手の望みがぶつかって、ぶつかったところを二人の居場所にすることです。相手に譲ることも相手に譲られることもあるでしょうけど……最初から相手に譲ることしか考えないのは関係性の放棄に他なりません」
私の考えですが、という。
「……うん」
よく考えておこうと、思う。
「シャルロッテ様の隣にいていただくためにもこの先の契約を考えていただきたく思います」
術式的な契約についての説明を行われる。契約というのは何か。
「契約とは『手続き』です。魔術師の使う単語では存在域のエーテル層における接続可能態への変化とでも言いましょうか、計算機関連でいうと……なんでしょう、接続用のポートを開けるとか、そんな感じなのでしょうか」
なんとか言葉を絞り出そうとしている。まぁ、リンクを確立する、くらいの意味で言いたいのだろうか。
「細かい説明は飛ばしますが、エーテル層のリンクを確立しておくと認識のレベルで……いえ、ある程度離れていても相互に認識できる状態になります」
「無線リンク?」
電波ではないのだろう、波? 確率波、いや、波の種類なんてわかるはずがない、物理的な波であれば機械系にも応用できると思うんだけれど。
そのあたりは、けれど、空中の波を捉えるような設備は手元にないから後回しだ。
「でも、そんな契約なんて重そうなことを軽々しくして……いいの?」
軽々しくなんてないのですが、とマリーは言うが小声だったので聞かなかったふりをする。
「確かに、契約というのは重いものです。少なくともこれからしようとしている契約についてはエーテル層のリンクが主ですがアストラル層にも介入するので契約の強制破棄や何らかの事故で使用不可能になった場合のダメージが大きいです」
それは強制終了に伴う不具合のようなものだろうか?




