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017、感覚拡張と覚醒方法

 その質問は二つの容器の間の流体のやり取りとして単純に考えればいいのだろうか?

 だとすると、答えは……完全回答は難しいが幾つかの答えをだすというくらいなら簡単だ。


「液体として考えるならこちらを高くそちらを低くして注げばいいかな、気体として考えるなら……そうだね、こっちの圧力を高く、そっちの圧力を低くしてつなげばいい、かな」

「そうですね、圧力の方については液体でも応用できると思いますが、おおむねそのようにとらえていただければいいかと思います」


 さて、と言葉を切ってマリーは僕の手のひらに押し付けていた彼女の手のひらを強く押す。


「今は接続状態なので小鳥谷様が圧力を強めていただければ魔力が流れてきます」

「圧力を上げるというのは、どうやれば?」

「さっきもいいました、イメージです」

「思えばいい、と?」

「魔力は基本的には随意運動だと考えて下さい。それも意に沿うという意味では他の器官以上に」


 言いながらマリーの背で魔力が動く。視覚化してくれているであろう、それは、スペード、ハート、クラブ、ダイヤとトランプのスートの形状を順々になぞる。


「ただし、今言ったことをひっくり返したデメリットもあります」

「デメリット……?」


 意に沿うといったことをひっくり返せというならそのデメリットは……。


「意識がないと操作できないとか、集中を邪魔されると使えないとか」

「そうですね。あとは『眼は口ほどにものをいう』というやつですね。感情をビビッドに反映するものですから、表情以上に魔力の流れは素直に反応してしまいます」


 それでも、シャルなら制御できるらしい。集中を邪魔されても術式は別に動くように工夫したりとか、そういうのも一流の魔術師の場合は当然のようにできる、とのこと。

 そこまでを聞いてふと思ったのは、


「じゃあ、これまで僕の動揺とか反応とかってシャルに筒抜けだったりしたのか?」

「――んー、それは、どうですかね」


 聞けば、魔力を認識もできない一般人の持っている魔力では外からみて何かがわかるレベルではないらしい。つまり、魔力が乱れるような状態なら肉体側の反応で十分にバレバレだ、とのこと。


「……じゃあ、逆にこれからは動揺を読まれる、のかな?」

「そうですね、そんな風になるのは……ざっくり今の十倍くらいは魔力をためてからですね」


 軽く言われる。十倍。


「魔力の量ってそんなに上下するのか?」

「肉体だと鍛えていても鍛えていなくてもそこまで変わらないことがほとんどですからね、短距離走の速度や重量挙げで十倍というのは、考えにくいというか、上限と下限でそれだけの差があれば十分おかしいですもんね」


 でも、それくらいの差にはなります、と真剣に言うマリー。


「むしろ、その位からが一端の魔術師ということになりますね」

「……一般人の十倍でようやく戸口に立つくらい?」

「まぁ、魔力量だけでは技量を量れませんので一つの目安でしかありませんが……ふむ」


 話しながら僕は右手に力を集めるイメージを作っていた。

 血液と同じ。体の芯にあるポンプから体の末端にまで力がいきわたっているイメージを作り、そこから体の先端に力の集まり……つまり圧力をかける。


 心臓をイメージしてそこから高圧で力があふれる、それは体のなかのパスを通り右手に集まる。

 しかし、心臓は右手のためだけの器官ではない。右手から右足に力は通り、右足から左足に巡る、左足の力は左手を通り、心臓に戻る。


「頭のほうにも力が流れるのをイメージしてください」


 マリーの助言が入ったので素直に従う。イメージしていたのが心臓なのでまだ空きがある。手足を通り心臓に戻るルートとは別に、心臓から頭に送られ頭から心臓に戻るだけの環状をイメージする。

 二つのわっかが連動するように回る。


「うん、いいですね」


 ほめてくれる声。ということは体の中を回っているのにマリーにはそれが感じられるということだ。

 手の分だけならまだしも頭に回っていないことを指摘できたということは、目で見てか何かそういった感覚器でとらえているのだろう。数分、環状にエネルギーが循環しているのを体に鼓動としてしみ込ませる。


 構成は単純に。ポンプのほうが早くなったり遅くなったりしないなら、戻ってくる量を減らすイメージ。

 ただ、ずっとそうしていては圧力がかかりすぎるのも分かり切っているので徐々にバランスを傾けていく。


「はい、それくらいにしましょう」


 マリーの声で傾きを止める。今はバランス的には十出して八返すような感じ。


「維持できますか?」


 聞かれたのでその割合を維持しようとしてみる。だが……、


「ですね」


 一分ほどで無理になる。ポンプが押そうとする力が戻ってこようとする力に釣り合ってしまう。


「流体のイメージ通りに動いているのでそうなります……まぁ、私に魔力供給をする程度なら問題ないですが」

「ふうん、……ところで問題になるのはどういう時?」


「圧力が無いことで起きる問題なので、ありていに言って圧力が必要な時、ですね……例えば先ほど、シャルロッテさまと小鳥谷様がつながった時にはシャルロッテさまはかなり気をつかって流す魔力の量を制御しておられました……それは遠慮なく力を流すと――一言でいうなら破裂する可能性があったからです」


 破裂とはまた、よく聞く単語であるものの人体がということになるとおぞましい単語である。

 それはともかく、シャルと自分ではそれだけの差があるという事か。


「まぁ、キャリア十四年と昨日今日どころかつい先ほど魔術師になられた方では差があるのも必然かと」

「そうだね、加えて言うならそういう家系って訳でもないから余計にね」


 ともあれ、とマリーは言葉を区切りこちらに真っ直ぐな視線を向ける。


「私に対しての魔力供給は今現在保っておられる圧力の先に、蛇口か何かをイメージしていただくのが良いかと思います。慣れてくれば、そういった具体像を飛ばして結果を紡いだ方が早いのですが、入り口としてはやはり目に見える物を想像するのが基本です」


 説明が追加されることでイメージがより具体的になる。

 目を閉じれば脳裏に浮かぶのは、上水道の設計だ。

 圧力をかけて、源泉から供給し、末端でバルブを開けば水が出る。


 途中にかなりの圧力がかかっているというのは――水道管の破裂事故を思えばよくわかる。

 圧力をかけることで隅々にまでいきわたらせるというやり方は、とてもなじみのあるやり方だ。


 水道、電気、血液、全てが圧力によって巡り、必要なところにいきわたる。


 体の事だから、血液で想像するのが最もたやすい。


――血液は指先にもいきわたり、指の腹を切れば血が滲む。


 蛇口のイメージよりも浮かべやすいのは、傷口。

 ごぽりと、手のひらの裂傷から血があふれるイメージを作る。


「……お!」


 イメージの流血がマリーの膝に触れた辺りでマリーは声を上げた。


「あー、なんか、すごい独特です……いや、まぁ、内容的には問題ありませんが」

「――悪趣味感がすごい」


 自分で言っちゃいますかぁ、とマリーは嘆く。


「でも、言ってることは出来てますので、……ちょっとおさらいだけして維持の訓練にしましょう。あとは雑談・相談・質疑応答という感じで」

「おさらいか。うん」


 頭の中で習ったことを反芻する。


「魔力は流体、制御自体は思うだけでいい」


 ただ、思った時点で反応するから、逆に、挙動等を察知されるかも、という注意を付け加える。


「魔力は圧力の高いところから移動する。思うところに移動させるには状況を作るのが肝要だ」

「そうですね。基本は使い手の人が高く、対象の圧力を超えるようにすれば力を流せます」


 付け加えるなら、と言って。


「魔法陣や術式は、中がすっからかんでも力を流し込むのに圧力がいります」

「……ふうん」


 流せば流れるという訳ではないのか。

 その辺は電気回路と違うのかもしれないが……、あぁ、何となくイメージが近いものがある。


「鋳物とかみたいなことか?」


 あるいはプラモデルのような、型に何かを流し込むという工程。

 独り言のようなつもりで行ったのだがマリーはこれに肯定を示した。


「良くお分かりで……まぁ、然様に細い管や深い溝、その組み合わせと言った方が適切かとも思いますが」


 いきわたらせるのに圧力が必要という話。それは敷衍すれば、心臓が圧力を必要とする理由ともリンクする。

 指先や足先のような細く心臓から遠いところまで血液をいきわたらせるのに必要だから、だ。


「なので、複雑な術式や大規模な魔法陣を使おうと思えば圧力も多く必要になります。圧力が高いほどそういったものに力を満たすのも早くなりますしね」

「でも、単純に過剰な圧をかければいいという訳でもないんだろう?」


 それについては先ほど脅されたばかりだ。脆弱な回路に過剰な電圧をかければショートする。

 僕の場合は、破裂すると言われたわけだが、多分風船に高圧ガスを供給するイメージだったのだろう。


「そうですねそのあたりも含めて、魔術師の質を見る際の評価、その代表的なものを挙げてみましょう」


 基本は三つ、といって親指小指を曲げた手で数を示す。

 こちらからの魔力供給が安定したので手を放すことが出来るようになったようだ。


「保有量。これは単純に体の中にどれだけの魔力を内包出来るかです」


 薬指を曲げる。


「生産力。これは消費した魔力をどれくらいの速度で補充できるかです」


 中指を曲げる。


「放出力。これは圧力・量含めどれだけ魔術に魔力を費やせるかです」


 これはすぐには人差し指を折らず、


「傷で零れるとか、今みたいに供給するだけみたいなのは含みません、あくまでも、制御した出力だけです」


 そういって、最後の指を折った。それから、今度は一つづつ指を立てながら、


「細かいところでは、どれだけ出力を細かく操作できるかの『出力制御』、魔法陣や術式をどれだけ安定・堅牢に作れるかの『術式制御』、それらを複数並列で扱う適性を示す『並列制御』、どういう属性の魔術に向いているかの『適正評価』みたいなのがあります」


 そんな風に列挙していき、最後に両手を広げてこちらに見せて。


「これで全部ではないですが、評価の基準が多岐にわたるというのは分かっていただけるかと思います」


 そんな風にいっぱいあるということを示した。


「まぁ、今日生まれ直した方にはまだまだ関係のない話ですので」


 まただ、そのワードが出て来た。

 先ほどは聞くタイミングが無かったが、


「マリー、『生まれ直す』っていうのは、どういう意味?」

「……ん」


 マリーは回答に詰まる。それはどちらかというと言葉を選んでいる様な沈黙だが。


「生きるとか死ぬとかってどういうことなの、という話をさておいて、生まれた瞬間というのはどういう風に定義すべきか……逆ですね。どの瞬間に生まれたと思うのかというと、多くの人は泣いた瞬間――つまり、外界を認識した瞬間こそが生まれた瞬間だと思うようです」


 自分の肺一杯に空気を吸い込んで、自分で呼吸し自分の存在を明かすように、ここにいるよ、と声を上げる。

 故にそれを産声という、と。


「私は残念ながらそれを知りませんが、羊水に揺蕩って曖昧模糊として自分の事を認識できない間は自分自身になっていない、と。そういう事らしいです」

「えっと、つまり。光とか音とかあるいは大気とかそういう、外界を認識した瞬間が生まれた瞬間、ってことでいいのかな?」

「そういう考え方があるということです。――その上で……」


 彼女の溜めに言いたいことの何となくを察した。

 覚えがある、つい先ほどの事だから……それを言語化できないでいたが、


「あれか、感覚の拡張」

「……そうです」


 言葉を当てはめていくなら、最初に魔力を打ち込まれることでシャルに導かれて魔力を認識できるようになった、これは魔力というものを感じることが出来るようになったというだけではない。

 第六感として魔力を感じられるようになった、のではない。


 先ほど、感覚器から入った情報が多すぎて頭が灼けそうになった。

 それはざっくり見積もって通常時の十倍くらいの情報を呑み込みそうになったからだろう。

 二倍三倍程度では長時間は無理でも頭が灼けつくような感覚にはならないと思う。


――それならなぜそうなったのか。


 いつもの十倍の情報量を持つ第六感がプラスになったとしたら目を閉じたところで焼け石に水だ。

 いつもの分を引いたところで十倍分は残ったままだ。だったら、どういう事が考えられるのか。

 目を閉じていても受ける感覚はいつもより過剰なくらいだった。


 今は、目を開いていてもさほどではないが、これはきっと制御が出来るようになってきたからだろう。これについての予測は、こうだ。

 魔力の認識により拡張された感覚は『第六感』という塊ではなく。


 もともとある五感を十倍以上にするものなのではないだろうか。

 あの時も、目を閉じても残った感覚が増幅されて、それを元に視覚の拡張感覚も最適化されたと思う。


「感覚器の情報の取り込みが最適化されたのか、脳の処理が最適かされたのかはわからないけど……」


 恐らく、そんなところだろう。視覚が一番大きいので増幅される元を止めたということだ。

 そして、生まれ直しというのは、


「感覚がそんなに一気に拡張するのは、そうだね。生まれた時くらい、か」

「そうですね。なので、魔術師になるイニシエーションを、覚醒の瞬間を『生まれ直し』と呼びます」


 イニシエーションとは確か通過儀礼の事だったはずだ。成人式のような今では社会に一般的な行事を代表例にして、何らかの集団、団体への帰属等のためのイベントを指していた単語のはず。どこかの部族がバンジージャンプをするらしいという怪情報で耳にした記憶がある。


「だから赤ん坊がするように、もっとシャルロッテさまに甘えてもよかったのですよ?」


 マリーはいい笑顔でいう。

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