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016、魔術師の訓練

「初めまして、境を越えて生まれ直した、最も新しき魔術師のお方」


 彼女は瑪瑙から生えるようにして現れた。りりしかわいい女の子。

 見た目で言うならボブというのか、おかっぱ頭でベストを着た女学生スタイルの女の子。

 しかし、実際の制服をモデルにしたという訳ではないだろう。


 白い綺麗なシャツに臙脂のベスト、スカートはしっかりとプリーツが効いていて臙脂と黄色のチェック柄。赤いフリルがスカートの裾先からも波濤の様に零れている。

 中々に色合いで特定しやすいデザインだが目立ちすぎるだろう。


……それよりも。


「えっと、君のことは何と呼べばいい?」


 質問に、彼女は、ん、と下唇をやや上げて迷いを表情に出す。

 どうしようか、と迷ったようで。一瞬、シャルの方を向こうとしたがそれはやめたらしい。

 伏せた視線はこちらにあげて。


「マリーとお呼びいただければ幸いです」


 見た目には……いって高校生ぐらいだが口調は丁寧だ。真っ直ぐ、という感じを受ける。

 慇懃無礼と感じないのはその立ち居振る舞いが綺麗だからだろうか。


「僕は小鳥谷、小鳥谷貞治という。よろしくマリー」

「お名前の方は存じております。こちらこそよろしくお願いいたします」


 お互いに頭を下げる。僕の癖のある髪は頭を下げてもさほど揺れ動くことは無いがマリーの髪はさらさらとしているらしく、下げた頭の動きに追随し遮幕のように視線を切る。

 もう一度顔を上げた時には視線が交錯する。


「どうぞ良しなに」


 とスカートをつまみお辞儀をした。



 さて、先ほど彼女は気になることを言っていた、


「生まれ直した、っていうのは? 聞いても良い?」

「えと……」


 今度は明確にシャルの方を見るマリー。

 判断基準がどこにあるのかはわからないが、恐らくは回答するのに時間を要するのだろう。


 だから、シャルの意思を妨げないようにしたいとそういう事だと推測する。

 シャルの方は、マリーの視線に軽く顎を引いた頷きで答える。


「マリーを呼び出した目的は二つ。私はちょっとやることがあって……まぁ、この部屋にはいるけれど、貞治の相手をしてあげられないからマリーは知ってることを教えてあげてほしい。もう一つは貞治の魔術師としての訓練ね。さっき言ってたみたいに、魔力の供給、それをしてもらう」


 この場合の優先順位は、


「今のところ、手をつないで貞治の魔力に波をたたせ続けているけど。今度は貞治からマリーに魔力を供給するという形で魔力に波を作ってもらう――まぁ、失敗しても大したことにはならないから気楽にやればいいわ」


 そういって、シャルはこちらと手を放す。彼女の右手と僕の左手が離れ、彼女の左手は僕の右手から……離れる瞬間に軽く抓られ手の甲に赤い痕がつく。


「その痛みを意識を手放してしまった時のよすがにすればあなたはどこにも行かないわ」


 保険か、命綱か。先ほどまで触れてくれていたことの代わりなのだと思う。


「イメージするよりも直接触れた方が早いわね……。マリー」


 シャルが声をかけるとマリー、彼女はいつの間にかすぐ近くにいた。具体的にはシャルの左手が離れて開いた僕の手のひらの上。


「お釈迦さまと孫悟空、とか言ってみたりしましょうか」


 マリーは首をかしげてそんなことを言う。

 こちらとしては、彼女を手のひらの上で遊ばせることなどできそうにもないので遠慮しておく。


「……で、どうしたらいいのかな」


 自信なさ気に言うとマリーが胸を叩く。


「先ほどまでシャルロッテさまと小鳥谷様がやっていたのと同じです。私の方にエネルギーを送っていただければいいのです。方法を口にするのは難しいので実践しながらやってみましょう」

「口にするのが難しいっていうのは?」


 マリーに聞きつつシャルの方を見ると、彼女は既にこちらはこちらでやってくれと言わんばかりにソファーにうつぶせに寝転がって何かを読んでいる。目端に見れば、何かの資料を読み込んでいるようだ。


「えっと、小鳥谷様の経験範囲でそれらしい表現を探すなら……自転車の乗り方のような感じでしょうか」

「自転車……」


 小学生になる前辺りだっただろうか、初めて乗ったのは。

 兄のお古の少し大きな自転車で、兄に押されながら乗ったのをかすかに覚えている。

 河川敷、土の道、水の匂い、風の歌。


「自転車を押してもらったり、ペダルを踏み続けること、タイミング曲がり方、様々で制御は実際細心ですが、言葉にするのは難しく、けれど、慣れれば身に付くというものです」


 たしかに、と思いながら。


「魔力の受け渡しも似たようなものです。何がどう機序してそうなっているのかというのはもちろん重要ですが、今の段階で一番という訳ではありません。今の段階では体験し感覚し感得することこそが第一と思っていただければいいかと」


 故に、とマリーは言ってこちらの手の上で女の子座りになる。


 柔らかいとか温かいとか触れている布がどの部分なのかとか、そんな感じの知覚よりも前に落としてはならないと手のひらを水平にする。


 なぜ、そんな座り方になったのかは見ていれば分かった。手のひら。手のひらをこちらの手のひらにつける。その刹那、マリーと繋がったと感じる。それは、理解させられたというのに近い。


 理解とともに生じるのは軽い虚脱。


――何か。


 ここまでに出ている情報を統合すればわからない方がおかしい。マリーと繋がって魔力を流していて、流し始めたから起きた圧力低下の感覚だ。


 マリーは集中し俯いていたが、魔力が流れているという感覚が出てからは顔を上げてこちらを見ている。多分、経路をつなぐため集中を要したが維持は難しくない、という事なのだろう。


「いいですか、小鳥谷様」


 見上げる視線に笑顔をのせてマリーは言葉をつなげる。


「質問等は後でお受けいたしますが、とりあえず現状の説明をいたしましょう。私が小鳥谷様と意思疎通をするのに魔力を必要とするというのは先ほどシャルロッテさまからお聞きかと思いますが、先ほどまでに注がれていた力の残滓で今、会話を成立させています」


 言う彼女の表情に焦りのようなものは見えない。


「エネルギーが切れたとしてもそれはあなたから見えなくなるだけで私がどうにかなるわけではないので、そこは安心してください。……ただ、適切に魔力供給をしていただければ会話が出来ます。そうすれば、あなたはシャルロッテさまの事を良く知れますし、その過程で魔術師としての成長もできます」


 それを望む望まないは別ですが、と付け加えるマリー。まぁ、今さらだ。


「という訳でエネルギーを注いで欲しいのですが……」

「わるいが……」

「やり方がわからない――ですよね?」


 それに対しては頷くしかない。


「流体が渦巻いているというのはシャルロッテさまにお聞きですよね?」

「聞いた、今は確かに自分の中でエネルギーが回っているような気がする」

「それが感じ取れるなら、多分すぐに出来るようになりますよ」


 無責任に言っている……とは思わない。信じるような表情の為なのか。

 真摯であるというのは、こんなに人の心のハードルを下げるのだな、と感じた。

 マリーの期待に応えたいというのとは別のベクトルでその信じてくれたことに応えたいと思う。


「魔力を送ったりもらったりだけなら、術式を介する必要もないのでイメージが重要になります」


 イメージ。


「基本的には魔力は流体としてとらえていただいた方がいいです。というか、そういう風に教わりましたのでイメージを共有しましょう」


 マリーの口調は……なんだろうか。教師とかよりも、出来の悪いクラスメイトに勉強を教える女の子、というか。


「流体ってなんだかわかりますか?」

「んー、イメージ的には液体とか気体?」

「そうですね。固体以外とここはざっくりとらえておきましょう」


 言われる。しかし、先ほどのイメージ。シャルからあふれる光は魔力ではないのだろうか?

 気になったので聞いてみる。


「んー、そうですねー。それも魔力ですが……ん、んん、とりあえずは強い魔力の一部が光になってしまっていた、とそんな感じにとらえてください。導線の磁界や熱とかそんな感じで」


 あるいは樋の水しぶき、と言われる。なるほど、とりあえずあれは本質じゃないが外れてもいない、二次的な産物と捉えた方がいいという事らしい。流体の流れに沿っているがそのものではない、と。


「さて、流体として考えていただいた場合、小鳥谷様から魔力を送ろうとしたら、何が条件になるでしょうか?」

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