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010、お引越し

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 シャル曰くの『黄金の魔法』というのはげに恐ろしい。どちらかというと、金本位制を採用している訳ではないので『紙の力』だとは思うけれど……。


 ともあれ、店舗ビルの一室に多くの物資が運び込まれていた。ハイスペックなコンピュータとコンピュータに接続する端子を備えたいくらかの測定用機器、工具が一式と基板類、宝石保管用の箱はここに不釣り合いな感があるが、ひとそろいになると『宝石箱』をアクセントとして不可思議な空間が出来上がった。


 『ずいぶん電気的な工房ね』とシャルが言ったがなるほど。


 アトリエとは言い得て妙なものである。あぁ、まったく、錬金術師というものがいれば、このような空間が生まれるだろう、とそんな思考をしてしまうのが、僕が染まり始めているからなのか。


 オシロや電力計、電圧計くらいは覚えがあるがそれ以外については用途のよくわからないものもある。マニュアルを読み、使用法と信号の様態を確認しながら、コンピュータを一部組み直す。使用法を考え、二台体制にして工房の動線を確かめる。


 工房の端に入っていたソファー(部屋のカラーとは違うので、もともと、この部屋にあったものかもしれない)のうえで寝転がっているシャルと時折言葉を交わしながら、およそのセッティングが終わる。


 完成祝いにいつの間にか運び込まれていた冷蔵庫から出したまだ冷えていない缶珈琲を二本とコンビニで買った菓子パンを運送業者にねぎらいとして渡すと紙袋に残ったホットドッグを山と積み、シャルと話すことにする。


「えっと、とりあえず、わかってるか確認したいのだけど」

「『ここでやってほしいこと』ってやつだね、わかってる」


 それは最初の日に説明を受けたことだ。一番大雑把に言うと、最終到達地点は、『シャルが出来ることをシステムで出来るよう』にする、ということだ。


 が、あくまでもそれは『アポロ計画の目的は月に人を送り込むことだ』というのに近い。


 目的であって、ロードマップにはなっていない。どういう段階で踏んでいけばいいのか、というのは分からないし、実際には『到達可能性の検証』は終わっていない。


 つまり、たとえて言うなら気球を飛ばした段階で宇宙に行くという目標を立てたに過ぎないかもしれないのだ。


 どうしてかと言えば、今のところ、宝石魔術という技術を、機械で再現しようという試みはいまだかつて始まっていないから、だ。あえて言うなら、過去に始まり既に失敗に終わった残骸なら残っていなくもないが……。


 さておき、ロードマップを作ることすら、僕と彼女で始めなければならない。

 救いとしては、『宝石に知性がある』という仮定を確かなものとしてスタートできること、そして、『知能に身体性を与える研究をしてきた』スタッフとして僕がいることだ。


(と、そんな感じに『自分には出来る』とでも思っとかないとどうしようもないな)


 我ながら悲観的なのか楽観的なのかわからない。


「とりあえず対話可能なところまで持って行こう」


 包み紙の上から押し潰し気味にしたホットドッグを口に入れつつ、大学ノートを机の上に広げ、見開き状態で真ん中に丸を一つ置く。中間地点としたそれに、対話システム、と書く。


「考え方以前に最低限確立させなくてはいけないことが二つ」

「二つ?」


 シャルの疑問の声にこたえるように、円から左に二本の線を伸ばす。


「入力と出力だ」

「インアウトってやつね。さて、どういう?」


 腕を伸ばす。袖が捲れて出て来たのは腕時計。

 それを見ただけでシャルは言いたいことを察したらしい。


「なるほど」

「これで行けるならそれでもいい」


 第一案、とりあえずとして提案したのはいわゆる圧電効果だ。ものすごく簡単に言えば、圧力をかければ電圧を出力し、逆に電圧をかければ変形するという物理現象。


 これを用いた非常に身近な例が、クオーツ式の腕時計である。無論先に分析機器を購入しているのだからそのあたりは理解しているのだろうけれど、……相手が理解していることと説明の責任を果たさないというのは別の事だ。


「クオーツつまり、水晶に電圧をかけることで反応が得られるというこれは参考になるように思う」

「今の最高のCPUのクロック数を知ってる? ……と、これは釈迦に説法かしら?」

「……あぁ、なるほど」


 言いたいことは察した。

 まず、時計に使われている水晶の振動数は、30キロヘルツくらいだっただろうか。それに対して、今年発売されたプロセッシングユニットは数十メガヘルツ、つまり、数千万ヘルツに達している。


 そのユニットでも知性を持たせることは出来ないだろうから、その案で大丈夫なのか、という疑問を彼女が持っているということがわかるし、すぐさまにそんな返しが出来るということは、


「もうその辺は検討済み、ってところかな?」

「いえ、クロック数的に実現できるとは思えないから、その線はあきらめていたけど?」

「なるほど」


 確かに数字の上で見た場合。これを実現するのは困難、あるいはもっと直截に、不可能に見える。しかし、よく考えてほしいものだ。


「よく考えてほしい、宝石姫」


 うん? とソーセージの油で唇を艶めかせたシャルはこちらに視線を投げる。そんな視線に対して、口の周りを指し示すと、彼女は親指でやや乱暴にそれらを拭うと、指先を口に含んだ。


 ぷ、と音がしそうな勢いで指を放すと、こちらを非難がましい目つきで見てくる。その表情に対して、どこか暗い拍動を感じつつとりあえず、先の説明を続ける。


「このシステム自体は電話みたいなものだと考えてくれればいい」

「電話?」


 そう、あくまでも『知性』そのものではなく、それとやり取りをするツールに過ぎない。


「だんまりを続けているのか、あるいは、彼らの声を僕らは聞くことができないのか、うん、シャルが彼らと話が出来るというのなら後者なのだろうが……それを解決する方法が必要な訳だ」

「まとめて言うなら?」

「パトナムの仮説のガワだけ借りよう。君は彼らと話が出来るが、僕にとっては水槽に浮かんだ脳みそのようなものだ。『考える能力があるらしいけど何も言ってくれない塊』だ」


 それに対して。


「彼らが考えたり、感じたり、こちらに言いたいことだったりを知りたいなら、何らかの方法でその信号を読むしかない」


 そこまでは彼女も十分に把握しているだろう。だから。


「あくまでも声を聴くための道具……だと思ってくれればいい」

「なるほど……とりあえず、現状、声を聴くことに徹する、とそういう訳ね」

「まぁね。問題はあるんだけど。向こうの信号はとれると思う」


 シャルは胸ポケットからお洒落な太軸のボールペンを出すと、こちらのノートに書き加える。

『問題点とは?』

 わかるだろうか、いや、彼女は頭のいい子なので理解してくれるだろう。


「以前にも言ったことだけど。僕らはいま、『日本語』を『声』として会話している」

「ええ、そうね」


 合わせてもらっているというのは、年長者として情けなさを感じなくもないが、英語ならともかく、ドイツ語を会話レベルでというと、心もとない。


「声というのは音の波、まぁ、さらに可聴域という範囲だけど――だったら、聴覚で聞き取れる。正確には可聴域の音を聞き取れるのが聴覚、と言った方が正しいと思うけど」 


 ノートの最後のページをめくり破る。男性と女性のピクトグラムを書いて、吹き出しを二つ。

 男性から生えた吹き出しに矢印を付けて女性へ伸ばす。女性の向こう側まで伸ばして、耳と書いた丸につなぐ。


「聞こえる声は耳に届いて、脳に連絡される」


 『耳』の丸から矢印を伸ばして『脳』に伸ばす。『脳』には=知性としておく。


「そこで意味を判別して返答の必要ありと考えれば口に連絡が行く」


 『脳』の丸から矢印を伸ばして『口』に伸ばす。『口』からもう一本矢印を伸ばしながら、


「意味を声に再変換するのが口でこれが今度は男の耳に届く、と」


 今度は『口』の丸から矢印を伸ばして吹き出しにつなぎ、そこから矢印を伸ばして男性の側の『耳』につなぐ。男性の側で同じような連続を書き込んで最終的には一つの円になる。

 吹き出し→耳→脳→口→吹き出し、だ。


「こんな感じが会話の概念図。聞き取れない、観測できない、そんな信号だと、ここがダメ」


 そういってバツを加えたのは吹き出しから耳の間である。


「声が届かないというのは、ここが通じないということだし、それぞれが共通の言語を知らなければ、脳から口が通じなくなるとすればいいかな」


 そうやって説明を続ける。手紙でのやり取りなら、吹き出しが手紙に、耳が目に、口が手に、そのほか幾つかを示した後に。


「この耳や目に該当するものをインプットと呼び、口や手に該当するものをアウトプットということにすると、この間にある、脳が知能、知性ということになる」


 これに加えて先に聞いていた石の分類や宝石使いの話を重ねると……。

 色ペンを取り出し、一定範囲を囲みメモを入れる。会話の輪を二つに分割すると、


「『至石』は脳+インプット+アウトプットだから、普通の人間とやり取りが出来る……と思う。逆に宝石使いと同じかもしれないけど」

「宝石使いと同じ?」

「それについては宝石使いの能力と一緒に示そう――、『魔石』は脳だけと考えた場合、宝石使いがやり取りが出来るというのはこうだね」


 半分ずつの切り方ではなく、Cの字を書くようにして『魔石』の側の脳以外を囲む。


「相手のインプットアウトプットまでをカバーしてるかもしれない」

「あー、至石が宝石使いと同じっていうのはこういう事ね?」


 魔石と宝石使いの組み合わせと同じ図を書いて、魔石のところを普通人、宝石使いを至石と書き換えた。


「さっきの話を合わせると、宝石使いの出来る部分を技術でカバーしないといけない。と」


 要するに、相手側魔石側のインプットとアウトプットを用意するのだ。

 そうすれば大体いけるはず、と言葉をつなごうとしたが、


「素晴らしい! これでとりあえず、やってみましょう!」


 テンションの上がった彼女が抱きつくようにして迫ってくる。

 先程拭いきれなかった唇の艶が、きらきらと光を反射するのが見えるくらいの距離で……。

 あ。と、どちらともなく間をおくような一音をおいて、視線を反らしながら距離を取る。


「う、うん、えっと。細かい計画を立てようかなと思うんだけど」

「あ、うん。えっと、細かい計画を立ててくれれば嬉しいかな」


 このコーヒーブレイクが終わったら。

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