第0話 プロローグ
あの日。
学校から帰った俺は、母さんが冷蔵庫の中に入れてくれているであろうおやつに目もくれず、駆け足で階段を上がり、自室にこもった。
そそくさと椅子に座り机にカバンを置く。
【極秘の書】と書かれたノートを取り出して広げ、俺は、自分が持つ能力、そしてその名前について、必死に考え始めた。
「とりあえず、現時点での情報整理からだな」
まずは蓮斗。能力名は《無限業火》。
その名の通り、何者にも消すことができない闇の炎を操り、永劫なる灼熱地獄によって相手を焼き尽くす能力。
炎を使った攻撃や自己強化が主だが、周囲の炎を吸収し自分の魔力に変換することもできる。それ故、彼への火属性攻撃はすべて意味をなさない。
俺はぶつぶつと口に出しつつ、その内容をノートに書き込んだ。
もちろん、漢字には漏れなくふりがなを振っている。
蓮斗というのは当時の俺のクラスメイトで、本名、江上蓮斗。
明るくてスポーツ万能、だが少し頭が弱かったりする。
けれそんな部分も含め、みんなから好かれ頼られるような奴だった。
「次は・・・美香・・・」
能力名は《永刻の旅人》。
時の法則を超越し、時間の流れを操る能力。
大量の魔力を消費する代わり、時間停止やタイムリープ、相手を脱出不可能な時間の狭間に閉じ込めるなど、規格外な力を持つ。
ただ美香の話によると、美香本人が使える魔力の量が生まれつき少ないため、時間停止しか今は使えないらしい。今は。
「次・・・将貴」
能力名《英雄譚》。
神話として語られる前世の記憶を呼び覚まし、すべての闇を穿つ光の件を召還して戦う能力。
その能力名は神剣クラウ・ソラスから取っており、それを召還することによってすべての闇属性攻撃を打ち消し、光の速度で移動、斬撃することができる。
久城美香と手越将貴。
美香はいつもクールで、ちょっとつり目な上、普段はあまり顔に表情を出さない。
そのためみんなから「いつも怒っている」と誤解されがちだが、話せば笑ってくれるし、興味のある話題を振れば熱く語ってくれる。
将貴は幼少期を海外で過ごしていて、ペラペラ・・・というほどでもないが英語が話せる。
イギリスにいたらしいが、そのほかにも色々な国に行ったことがあるそうで、そこでの見聞をしょっちゅう俺たちに話してくれた。
「最後は夏帆」
最強の能力、《妖精の女王》。
火・水・風・地・雷・光・闇の、7属性を司る精霊王を従わせ、その力を自分のものとして扱う能力。
まさに万能の能力で、火の精霊による爆発的火力、水の精霊による回復魔法、風の精霊による空中浮遊、地の精霊による絶対防御、雷の精霊による高速移動、そして未来と過去を司る、光と闇の精霊の加護。これらをすべて扱うことができる。
これだけでも十分に強力なのだが、このそれぞれの精霊の特性は、同時に使用し組み合わせることによって、その状況に応じた最適の効果を生み出すことができる。
この状況的合力こそ、この能力の真価だと言えるだろう。
桐嶋夏帆。控えめで、俯きがちで、いつもなんだか申し訳なさそうにしている俺の幼馴染。
「妖精が好き」という夏帆の言葉から、妖精と友達になれるような能力にするはずだったが・・・。
妖精さんはいつの間にか最強の精霊さんになり、友達になるのではなく従わせる能力になってしまった。
原因は明白なのだが。
「これでみんなの能力はまとめたな。あとは・・・」
あとは、みんなの能力とのバランスを見つつ、俺の能力をどんなものにするか決めるだけ。
蓮斗はわかりやすく超攻撃型の能力。
炎は蓮斗が消さない限り消えない闇の炎で、炎属性攻撃をすべて吸収する。
美香は時間を操る能力。
ぶっちゃけかなり壊れている気がするが、美香本人もそれをわかっているのか、魔力量が生まれつき少ないため能力の一部しか今は使えないということになっている。
将貴は前世の愛剣を呼び出して戦う。
飛び道具を持たないため止むを得ず接近戦になるが、その剣が持つ様々な能力が、接近して戦わなければならない《英雄譚》のデメリットを帳消しにしている。
夏帆の《妖精の女王》は4人の中で最強だと言えるだろう。考察の余地はない。
攻防一体、回復するわめっちゃ早く動き回るわ空飛ぶわ未来と過去に干渉するわ・・・《永刻の旅人》が霞んで見えるほどのチート具合だが・・・まぁ、考えたのが蓮斗と美香と将貴の3人だから仕方がない。
この中で1人浮かず沈まず、被ることもない能力を考えなくてはならない。
とはいえ、ぶっ壊れた能力が既に存在しているので、「強すぎる」と浮いてしまうことは恐らくないだろう。
あとは弱すぎず、みんなと被らない固有の能力を考えるだけ。
「固有・・・固有の能力って言ってもなぁ・・・」
正直なところ、固有といってもこの手の超常的な能力だ何だのは既に世の中に出尽くしている。
その中で、みんなが知らなさそうで、かつかっこいい響きのそれっぽい能力、言い回し、単語はないものか。
ポケットからケータイを取り出し、とりあえずそれっぽい英単語を探してみる。
「アブソリュート・・・エターナル・・・デストラクション・・・ジャガーノート・・・」
なんだか強そうで確かにそれっぽい・・・ぽいのだが、どれもどこかで聞いたことあるような言葉で、二番煎じ感がして気が引ける。
いやまぁ、どんな能力にしようと名前にしようと、きっと二番煎じにはなっちゃうんだろうけど。
「アルティメット・・・ゴッドブレス・・・ギャラクシー・・・・・・ん、あわ・・・アワケニング・・・?」
それっぽい英単語がずらり並べられたページをスクロールして流し見する中で、ひとつ、見かけない単語を見つけた。
【Awakening】
読み:アウェイクニング
意味:目覚める・覚醒する
「・・・これだ」
俺はケータイを投げるように机に置くと、シャーペンを持ち再びノートと向かい合った。
乱暴にペンを走らせ、頭の中で次々と生まれていく俺の能力、そのアイデアを、言葉にしてノートに書きだした。
能力名、《アウェイクニング》。
敵の能力、またはその状況に合わせて、最適な状態になるまで無限に覚醒し続ける能力。
覚醒によって手に入れた力は蓄積され、それ以後自由に使うことができる。
ただし敵がいない状況では、《アウェイクニング》は発動しない。
・・・完璧だ。
アウェイクニングという聞きなれない単語、状況によって覚醒する対応力、しかもその覚醒に回数制限はなく、覚醒後の能力はいつでも自由に使えるとアフターケアも万全。
そしてただ最強なだけではなく、敵がいないと発動しないという発動制限までつけた。
我ながら完璧すぎる能力だった。
これなら、「覚醒し続ける」という個性的な能力かつ最強の能力で、「みんなは敵じゃないから、みんなの能力に対してアウェイクニングは発動しない」という理由で壊れ能力認定もされない。
俺は自分の能力について書き終えると、ノートの一番最初のページに自分の名前を書くべく、急ぎペラペラとページをめくった。
表紙を開いた、一番最初のページ。
ようやく、ここに俺の名前を載せる時が来たのだ。
《無限業火》江上蓮斗
《永刻の旅人》久城美香
《英雄譚》手越将貴
《妖精の女王》桐嶋夏帆
俺はシャーペンを握る手に力を込め、夏帆の名前の下に同じく自分の能力名、名前を書こうとして、手を止めた。
俺以外の4人は、みんな能力名を漢字で書き、それにカタカナでふりがなを振っている。
俺のアウェイクニングも、何かいい感じで表記したい。
どうせなら、ふりがなで読まなくてもその最強っぷりが読み取れるような・・・四字熟語とかいいな。
そういえば・・・おとといあたり本で読んだ四字熟語の中に、かっこいいやつがあった気がする。
「悠宇ー? 帰ってるのー? ご飯できたから降りてきてー」
母さんの声が俺の部屋めがけて響いてきた。
「ちょっと待ってー」
俺は再びシャーペンを握る右手に力を入れ、今度こそ、ノートの上で滑らせた。
ここ3年で最も丁寧な字を心掛け、誤字の無いように、ゆっくりと筆圧をかける。
《泡沫夢幻》天城悠宇
「麺のびるから早くー」
「今行くー!」
俺はニヤニヤとみんなの名前が書かれたその1ページを眺め、急ぎ足で自室を後にした。
【極秘の書】。
言い換えれば、中二病ノート。
みんながそれぞれ考えた能力をまとめ、それを見せ合い、5人だけの中二病設定で秘密裏に遊ぶためのノート。
普段は表に出さないが、中学1年生にして既に中二病だった俺たちは、お互いに同士を求め合い、その5人でいる時に限り能力を行使する――本性を現して中二設定で遊ぶ――と決めた。
夏帆のみ元々同士――中二病――ではなかったのだが、蓮斗と美香と将貴が俺を引き入れてくれる際、当時孤立しがちだった夏帆も、せっかくだからと仲間に入れてくれたのだ。
3人は話したこともない夏帆に積極的に話しかけ、夏帆の能力も、彼女の代わりに考えてくれた。
最初はおどおどしていた夏帆だったが、次第に笑顔も増え、5人で遊ぶことを楽しんでくれるようになった。
これはただの遊び。
本当に能力があったらいいな、と思ったことがないと言えばうそになるが、当時の俺たちにとって、能力とは「理想の世界を作り、理想の姿をまとって遊ぶ」という、あくまで遊びの範疇を出ない認識だった。
当然だ。
いくらほしいと願ったところで、そんな非現実的な力が突然その身に宿るなんて、ありえないのだから。
ありえない。
ありえない、はずだった。
5年後の今。
俺の目の前には、荒野と化した俺たちの街・・・。
『俺たちの街だった場所』が広がっている。
他に誰もいない。
建物はすべて崩壊し、剥き出しになった鉄筋が、虚しさを引き立たせる。
人々は滅びを選択した。
人類は、滅んだ。