「だから早く死んで。でないと……あいつずっと歌い続けることになっちゃう」
――――――
――――
七年後...
十九歳となったヒロトは、ソルメシア軍の第二部隊白亜の上等兵として、戦場に駆り出されていた。
背丈はあの頃より成長期を迎え、歳相応の身長に伸びた。
ただ、身体付きだけは軍に就いているにも関わらず筋肉質な方ではなく、同年代の同僚と比べて細身だ。
顔立ちも少年から青年のものに変わったが、男としては中性的で綺麗な方に属するだろう。
そして今、ヒロトは薄暗い家屋の一室、赤い赤い血溜まりの中、一人佇んでいた。
砂漠に位置するこの街、ヴォルテナならではの日干し煉瓦で出来た家屋のひんやりとした室温と血生臭さに身を包まれながら。
元よりこの家はヒロトのものでは無い。
民間人が避難し、無人となった家屋に逃げ込んだ敵兵を追撃しただけだ。
手には銃身に刃が取り付けらた、十二番ゲージのショットガン。
昔と変わらない黒髪にはべったりと血がこびりつき、群青色の服は浴び過ぎた血飛沫のせいで、黒に変色していた。
【ヒロト(キャラデザ】
(これ落ちるかな……)
と、頭の片隅で思いながら、血溜まりに沈んでいる三つの遺体に目を落とす。
彼等の腹部には、複数の被弾の跡。
皆眼を見開き、被弾した箇所に限らず鼻穴、耳穴、穴と言う穴から血液を流し絶命している。
雲間を割いて窓から差し込んで来た月光が、その惨たらしさを鮮明に照らし出していた。
そんな惨状の中、一人薄ら笑いを浮かべているのは何と異様な光景だろう。
名も知らない遺体を、くすんだ眼差しで笑う。
殺害に対する快楽故にではない。
人を殺して悦に浸ってしまう程、自分はまだ堕落していない。
そうヒロト自身自負していた。
一歩足を踏み外せば、真っ当な精神などガラガラと崩れる。
そんな境地に心身が置かれていたとしてもだ。
まだ正常だと思わなければ。
思い込まなければ……。
この先も続く戦禍を切り抜けることなど、出来やしないのだから。
あぁでも、笑うべきではないと分かっていても、『あれ』がもうすぐ始まるのかと思うと、ヒロトは笑いを抑えられそうになかった。
三体の遺体に向けて口元が孤を描いてしまったのは、彼等が他の隊員よりマシな死に方をしたのかもしれない。
そう思ってしまったから。
彼等はこれから起こる『あれ』を……地獄を見ずに、いや体感せずに、この戦場からリタイア出来て、何て運がいいのだろうと。
「歌唱開始まで後少しか……」
呟き、肩の力を抜く。
もう直ぐ『あれ』が……歌が始まる――
(五……)
四
三
ニ
一……。
{{Linkia-Stoa:telvis-Gaistoria=solmeshia 2gotammyusya.
血塗られた街に
飛び交う欲念
血を纏い光る刃
猛爆に散る花
また一つ
更に一つ
天に立つ英魂}}
突如、響き渡り出した歌声。
女性の様な繊細な歌声と思いきや、男性の様に力強い声で奏でられる、不思議な旋律。
それは遠方から届くものではなく、この部屋の中で反響していた。
この部屋、いや、家にはヒロト以外の生きている人間などいない。
けれどその歌は、まるで空気が歌っているかの様に、この家全体に鳴り響いていた。
この家だけじゃない。
歌は均一に、街中全域に響き渡っていた。
家から出ずともそれが分かるのは、ヒロトがこの歌の全貌を知っているからだ。
そして歌を奏でている歌唱者についても……――
(あいつは今どんな気持ちでこの歌を歌ってるんだろう……)
歌の発生源、歌唱者の姿を思い浮かべ、ヒロトは目を細めた。
静かだった屋外も、歌が鳴り響き出したのを合図に、徐々に騒がしくなる。
歌声を殺す、煩わしい程の銃撃音に……悲鳴。
ヒロト以外の隊員も敵兵殲滅に動き出したのだろう。
この歌が鳴り響くまで、派手な動きはするなと、司令官に言い付けられていた筈だから。
とその時、扉を打ち破る音と共に、何者かが家に乗り込んで来た。
それも複数だ。
(あー……また部屋汚しちゃうかな……。ごめんね家主さん)
伝わる筈もない謝罪を、顔も名前も知らない家主にしながら、侵入者達の動向を音で探る。
どうやら侵入者は、各部屋を調べながら進行しているようだ。
味方か敵かは分からないが、恐らく、身を隠した敵兵を探しているのだろう。
やがて足音はヒロトのいる部屋へと近付き……そして――
「――!! 武器を捨てろ!!」
銃口がヒロトの頭に突き付けられた。
銃口を突き付けられたことからして、侵入して来たのはやはり敵兵だったのろう。
いくら薄暗いと言っても、お互いの軍のシンボルカラーは分かる筈だ。
「…………」
ヒロトは、敵兵らしいその人物の言葉に従わず、ショットガンを手にしたままゆっくりと振り返る。
乗り込んで来たのは、やはり敵兵だった。
マナトース軍の象徴である赤い軍服を身に纏った、敵兵。
人数は三人。
ヒロトは動じることなく、感情を纏わない無機質な眼差しで、三人の敵兵を見据える。
そんなヒロトの情味を帯びない表情に、ひやりとした悪寒が走った敵兵達は、一斉にヒロトへ銃口を向けた。
「武器を捨てろと言っているんだ。言う通りにっ……」
「お、おい!!」
どうやら敵兵の一人が、ヒロトの足元に転がっている遺体、味方の無残な姿に気付いたらしい。
「……っ。き、貴様……!!」
銃口を向けている敵兵もそれに気付き、みるみるヒロトへ憎悪の感情を剥き出しにして行く。
「くたばれ!! ソルメシアの犬が!!」
銃弾がヒロトの頭部に向かって放たれた。
だが……――
「!?」
ヒロトの身体が白い光を帯びたかと思うと、キィンッと言う音を立て銃弾を弾いた。
「な、ぜ……。どういうことだ……?」
驚愕する敵兵達。
とそこに――
『こちらB5班! B4班応答せよ!!』
遺体の腰に付けているトランシーバーから、通信が入って来た。
『くそ……!! この歌は何だ!? どこから発生して……あぁちくしょう!! ソルメシアの奴等だ!! くっそっ……弾丸が効かねぇ!! この歌……この歌のせいなのか!? この歌が奴等を不死身にしているのか!?』
「はは……不死身、ねぇ」
トランシーバーから発っせられた単語に、ヒロトは顔を歪ませ笑う。
誰もが一度は口にする言葉だろうが、死と隣り合わせにあるこの状況下では、些か不気味な響きだ。
生死、その世界の理から外れている、そんな気がして――
敵兵達は、トランシーバーから伝わって来た情報に困惑とも恐怖とも取れる表情で、一人笑みを浮かべるヒロトとトランシーバーを交互に見遣っていた。
地獄だろう彼等にしてみれば。
生と死の駆け引きしかないこの戦場で、不死なんて理不尽な肉体の差を見せつけられているのだから。
『B4班頼む!! 至急応援をっ……!! や、やめろこっちへ来るな!! うあ、ア……アアアアアァ!!』
発砲音と断末魔を最後に、ブツリと通信は途絶えた。
「ふ、不死身……? この歌のせい……? まさかスペルマ・ルーナ……!? けれどこんな広範囲のスペルマ・ルーナなど……!! っ……くそ!!」
再び放たれる弾丸。
今度は一斉に、しかも連謝弾だった。
だがヒロトの身体はその弾丸を全て弾く。
「あ……ぁ……」
まさか、予想だにしない出来事に言葉を失う敵兵達。
ヒロトはそんな彼等へ、呆れた様に「はぁ……」と溜め息を一つ。
「不死身? 何言ってんの?」
ショットガンを敵兵達へ構える。
「不死身なわけないじゃない」
射程距離が短い散弾でも、この距離だ。
まず致命傷は免れないだろう。
それを敵兵達も理解しているらしく、青ざめた顔で「ま、待て!!」とヒロトを思い留まらせようとする。
だが、命乞いに今更何の意味があるのだろうか。
ガタガタと身を震わせる敵兵達へ、冷めた眼差しを向けながらヒロトは思った。
自分達は殺す、殺したくないなんて私情で動いているんじゃない。
殺さなければならない、殺してはいけない、そんな義務の下動いているだけ。
時に今の様な戦況下で敵兵に情けを懸けるのは、自身の死に値する。
ましてや始めて対面したこの見ず知らずの敵兵達に懸けてやる情けなど、毛頭――
「……――」
無い。
「ウワ、アァアァ!!」
散弾が放たれ、敵兵達の至る箇所に被弾する。
「がっは……っ」
「全部全部あいつのお陰。ただの付け焼き刃なんだよ? こんなの」
二回目の発砲は心臓部を直撃し、二人を撃ち殺した。
「うあ、あ……化け物……! ぐぁっ!!」
這い蹲り、負傷した足を引きずりながら逃げようとする残りの一人の背を踏み付け、銃口を頭に突き付ける。
「だから早く死んで。でないと……あいつずっと歌い続けることになっちゃう」
ヒロトは、「助けて」と哀願する敵兵へ、躊躇無くその弾丸を打ち込んだ。
{{響き渡れ砂丘を震わす程に
di-Silcua-oz Mafans-Nozes-Gifmeea
tam-Silcua Yelren-Maze.
as.tam-Harp}}
歌だけが響く室内。
ヒロトは天井を仰ぎ見ながら、ぼんやりと霧がかった様な笑で、歌の歌唱者へと思いを馳せ、言葉を紡いだ。
「お疲れ様。アキト」
{{thi-Urgich-rowyec
di-Orshaat-Anfest Teness-Lostulem.
sali-Giya Orx-ez-tamChrome
Wandela-Sea-Wigiya.}}
死せる者達にとっては鎮魂歌か。
生ける者達にとっては生命讃歌か。
銃撃音と爆発音、悲鳴がこだます街で、その歌は戦火が鎮火するまで奏でられ続けていた。
――――
――――――