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交響詩歌VEREM   作者: アイスアイズ
第零章
2/3

「例えお前が死んだって……俺はお前を諦めない!!」

――十歳の夏、母さんが死んだ――





(もう夕方か……)



一体どれくらいこうしていたのだろう。

少年は汗ばんで額に張り付く黒髪もそのままに、四肢を畳みへ投げ出していた。

茜色に染まる縁側からの景色を、ただぼんやりと眺めながら。



『七月八日、夕方のニュースをお伝えします』



夏特有のひぐらしの鳴き声。

それに混じって、点けっぱなしの液晶テレビから漏れるアナウンサーの音声。



『五日未明より続く、ソルメシア領コールス地方のSERESシステムと想石生成所所有権を巡る、ソルメシアとマナトースの対立についてです。両国共、依然緊張状態が続いており、現地リポーターによればマナトース側は三十人もの闘士と歌士に、奏武器エクゼクトアーム系統のロケットランチャーを配備し、想石生成所までの道を封鎖しているとのこと。ソルメシア側は明朝までにでも生成所内への突入を……』



アナウンサーが告げるのは、聞くも聞き飽きた、少年の住む国ソルメシアとマナトースと言う国の領有権戦争の話題。

自国が戦争状態にあると何度液晶越しに告げられても、平凡な山奥の村に暮らしていては、今一実感が湧いて来ない。



何より、今の少年にとって何処でどの国が何を目的に戦争していようと、どうでもいいことだった。

身の上に降り掛った悲劇を受け止めるのに精一杯で、遠い何処かで起きた悲劇に同情する余裕など、無い。



(母さん……)



何をする気にもなれない。

ただ身体を横たえ、縁側からの景色を眺めているだけ。



時折、屏風で遮った隣部屋からは、誰かのすすり泣きが聞こえてくる。

それも大勢。

誰かと誰かの会話も聞こえる。



屏風越しの会話には、時折少年の名前も混じっていた。



「一昨年父親を亡くして、十歳で母親までも……。可哀想に……」



「父親の身内は? 誰かいないのか?」



「この家に二人だけ残すわけにはいかないだろう……」



身内がいたとしたら、どうなんだろう?

この家を出なければならないのだろうか?

だけど今はそんな後のことを深く考えたくはない。

このまま深い眠りにつきたいと、少年は金色の目を閉じた。



眠りについて、目が覚めたら夜中で、来客は全員帰っていて……。

いや、本当は客など来ていなくて、いつもの母親の「ご飯よ」という声で目が覚めるのだ。

いつもの、いつも通りの食卓で母親が笑っている……そんな当たり前な風景。



――あぁそうか。



少年は認めたくなかったのだ。

母親が死んだ事実を。

だからこうして屏風で部屋を遮って、この部屋だけを別世界の空間にした。



隣部屋の泣き声も全部嘘。

畳を擦り歩く音も、線香の匂いも全部。

全部、全部嘘でこの部屋だけが真実なのだと、そう思い込みたかったのだ。


――どうか屏風を開けないで。こっちの部屋に誰も入って来ないで。母さんが死んだなんて嘘だから――



だが、そんな願いも虚しく、屏風はいとも簡単に開かれ、他者の侵入を許してしまう。

隣部屋から入ってきたその人物は、少年の目の前で立ち止まり、畳みに膝を着いた。

その気配を察した少年は瞼を開け、その人物を見上げる。



そこには自分と同じ顔立ちに、銀髪の少女が赤く腫らした目で少年を見下ろしていた。



「ヒロト……」



少女が少年、ヒロトの名を呼ぶ。

鈴を転がした様な、可愛らしい声で。



「大丈夫、だよ?」



「――――っ」



少女の言葉を引き金に、熱いものがヒロトの胸に込み上げて来た。

涙腺が緩み、瞳から涙がポタポタと畳へ落ちて行く。



「ぅっ……ひ……ぅ……」



ヒロトは手の平で口を抑え、大声で泣き叫ぶのを我慢した。



泣いてはいけない。

少女が泣いてはいないのに、自分が泣いてはいけないと、幼いながらの虚栄心がそうさせていた。

嗚咽を押し殺す度に、身体が跳ね上がる。



「くっ……ふっ……ぅう……」



「…………」



少女はそんなヒロトに目を細めると、身体を抱き起こし、背中に腕を回す。

「大丈夫、大丈夫」と呟きながら、その背を摩り出した。

それはまるで、泣きじゃくる我が子を慰める、母親の様に。


「ヒロトは強いね。でも泣きたい時は思いっきり泣いて。これから先、いろんな出会いや別れがあるけど、ヒロトは人の為にちゃんと涙を流せる優しい子でいて欲しい」



「それ……いつかお前もいなくなるってこと……?」



ヒロトは少女の二の腕を掴むと、身体を少し離し、涙に濡れた目に少女の顔を映した。

ヒロトの問いに、少女は愛しさと悲しみが入り混じった微笑みを返す。



「……うん。ずっと一緒に暮らして来たけど、ずっと一緒には生きられないよ。私達は違う想いや生き方があるんだから……」



自分と同い歳なのに、何処か達観した少女の言い草を、ヒロトは首を横に振って否定する。

そんなこと言わないで欲しいと。

ずっと一緒にいて欲しい離れないで欲しいと。



少女はそんなヒロトの無言の訴えを察しながらも、言葉を続けた。



「でもね、別れの辛さを乗り越えられるように人は出来てるんだ。だからヒロトも大丈夫。私がいなくなったって、ヒロトは強く生きていけるよ」



「…………だ……」



「だってヒロトは強い子だもん。それでね、ヒロトの本当に大事な人を見つけて、その人と一緒に幸せに生きていくの」



「嫌、だ……」



「大丈夫。この先、色んな別れに寂しい思いをするだろうけど、それはヒロトが一人ぼっちになるってことじゃないから……。だから……」



「嫌だ!!」



掴んでいた二の腕に、力を込める。

腕が赤くなっても、己の爪が食い込み、少女が一瞬痛みに顔をしかめても、ヒロトは溢れる衝動を抑えられそうには無かった。



「嫌だ……。俺は絶対お前と離れない!!」



少女と離れたくない。

孤独に怯えるその想いを、一心不乱に少女にぶつける。

迷いのない、ただ純粋に目の前の少女を求めるその想い。



「絶対に離さない絶対に離れない!! 俺はお前を一人になんかさせない!!」



願うのはただ一つ――



「ヒロト……」



「例えお前が死んだって……俺はお前を諦めない!!」

























『一緒に生きよう?』

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