センチメンタル・ファイヤー
特に
「ふんふんふふーん」
電脳犯罪特務対策室メンバー、花山五華は24歳の乙女である。
元は自衛官志望の彼女であったが、今は故あってデンタイのメンバーとして戦う日々を送っている。
そんな彼女の密かな楽しみはコンビニで売っているお菓子の散策だ、新作が出るたびそれを買っては、自身のサイトにレビューをアップする。
今日は最近デンタイに入って来たメンバーによる衝撃的な出来事もあり、いつもより多めにお菓子を買ってしまっていた。
とはいえ、彼女とて日本を守る者としての自覚はある。ましてや、支援型とはいえピンク色のDM【ヴァルキリー】を駆る身である。身体には気をつけていたのだが
「………これは……」
風呂から出て体重を計る。一週間ごとにおこなうそれは彼女の習慣であったが
「……前回から3キロも増えてる……!」
その事実が、彼女を浅い絶望の底へと叩き落とし
た。
「……はぁぁぁぁぁ〜」
「どうしたんですか?五華さん。」
「ああ……エイトちゃん、実はね」
後日、デンタイの司令部、その司令室で五華はエイトに愚痴っていた。もちろん愚痴の内容は体重が増えた事である。エイトに愚痴っているのは、エイトが実体化してしまった時の衝撃でお菓子をやけ食いしてしまったからである。要は八つ当たりだが、エイト本人も暇そうにしていた事もあるし、五華は内に溜め込むというのはどんな事でもいけない事だという主義であるので、ある意味形式的なものである。五華が太りやすい体質、また、DMに乗っているといっても基本は後方支援役という事もあって、このデンタイでもお馴染みの光景だ。
しかし、今回はよりにもよって聞かれた相手とタイミングが悪かった。
「……また太ったんですか?五華さん」
「あ、ふじたくぅーん……そうなの、また3キロ太っちゃったの」
「最近はデスクワークが多くなって来ましたからねぇ……」
藤田四蔵、このデンタイのメンバーの1人で、コードネームはコマンドー4。外見からは実直かつ真面目な印象を受ける大男だが、その実態は合体ロボと美少女アニメをこよなく愛する男である。もっともデンタイのメンバー自体そういう変人ばかりであるのだが。
そんな彼の趣味だが、アニメ鑑賞の他に鍛えるのも趣味である。彼もDMに乗って戦うのだが、最近やっと調整を終えた彼のDM【デンバスター】はかなり搭乗者に負担がかかる仕様である。もともとDM自体搭乗者に負担がかかる代物であるため、強力だが、負荷の多いDMに乗る彼にとって鍛えるという行為は日常的なものとなっている。
「……よかったら、僕がダイエットに協力しましょうか?ヴァルキリーの仕様的にも、体重は軽い方がいいでしょう?」
「そうねぇ……オーバーデータはその密度を上げるほど硬くなる。だから、藤田くんのデンバスターみたいなのは、機体を構成するオーバーデータの密度を上げて装甲を硬くしてるけど、私のヴァルキリーとかはいざって時の速度重視で装甲密度はあんまり高くないからね〜。やっぱ私自身も身軽じゃないと……よし!それじゃあダイエット、頼むわね!」
「わかりました」
「あ、なら私も一緒にやってみたいです!」
「……エイトちゃんはこの後も検査があるし、何より現時点で私の手ぐらいのサイズしかないんだから、ダイエットしない方が良いと思うわよ」
「無理なダイエットは禁物…ですか?」
「そうね…苦い思い出が蘇るわ……」
こうして、五華は四蔵による特別メニューをこなす事になった。内容はいつも四蔵がやっている筋トレメニューをアレンジしてダイエット用にしたもので、ファッション方面に詳しく、プロモーションにも気を使っているコマンドー7こと浅間奈々の協力もあり、肥満にはとても効果的なものであったのだが……
「も、もうダメ〜た、立てない……」
「もうですか?これぐらい、あと2セットはこなせると思ったんですけど……」
「藤田くんの体力が異常すぎるのよ……なによ、あれを6セットって」
「……確かに、藤田さんのメニューは、効果的、ですけど、少しこなす量に、問題があると思います」
「……そうかな?そうかも……」
デンタイ司令部にあるトレーニングルーム。そこでは四蔵と五華が汗を流し、奈々がその様子を観察していた。
五華はダイエットメニューを着実にこなしていたものの、6セットのうち4セットをこなしてヘトヘトになり、横になっていた。対する四蔵はすでに6セットこなしたというのに、まだまだ元気である。
そんな四蔵であったが、五華にはこのメニューは早かったかと思う。無理なメニューをさせてしまったかと後悔する彼だったが
「……でも、五華さんの、要望も無茶、です。一週間で3キロなら、ともかく。2日3日で3キロ、は、さすがに、五華さんでは、無茶かと……」
「それでも!〜〜やらなきゃいけない時が乙女にはあるってもんよ!」
急に声を荒げた五華に、「ひっ」と怯える奈々を慰めつつ、五華に「なんでそこまで?」と質問する四蔵。確かに五華のダイエットにかける執念は異常だ。これまでも定期的に、こうしてダイエットはしていたのだが、今回はいくらなんでも性急すぎる。
その事に疑問を抱いた四蔵は、ついに五華に直接聞く事にしたのだ。
その疑問に対しての、五華の返答はーー
「……よ」
「え?今、なんて」
「だーかーらー!友達と服買いに行くのが明後日なのよ!もう時間が無いのよ!」
「百合子、ごめん、待った?」
「あ、五華。ううん、私も今来たとこだよ」
「そっか、じゃあ、行こっか!」
「うん!」
後日、五華は友人である山岸百合子との待ち合わせ場所に来ていた。五華は疲れを感じさせない表情をしているが、あれからダイエットを諦めたのかというと、そうではない。むしろもっと必死になってやったのである。おかげで目標の3キロは達成できたが、朝の体調は筋肉痛で最悪のものとなっており、今も外見上は平気そうだが、その実すでに体のあちこちが悲鳴をあげていた。
しかし、顔には出さないのは、友人と過ごせる数少ないこの時間を、台無しにしたくないという気持ちあってのことだ。実際にはとうに限界である。
しかしーー
「ねっ!五華。これなんかどう?」
「それいいわね〜百合子!百合子の明るい雰囲気にとっ〜ても似合ってるわよ!」
「え、えへへ……そうかな?そ、それじゃあ試着してみるね!」
「あ、私もこれ着てみるわ!一緒に着たところ、見せ合いっこしましょう!」
「いいね!それ、やってみよっか!」
そんな事など、五華は気にしていなかった。ただただ楽しかった。この時間があるからこそ、自分は日夜戦っていけるのだと、そう思っていた。
「じゃあね!次はいつ会えるかわかんないけど……お仕事、頑張ってね!」
「そっちこそ!百合子ーー!今日は楽しかったわよーー!」
「私もーー!」
百合子と別れ、自身の家に帰り着いた途端、膝をつく五華。
「燃え尽きたわ……真っ白になって……灰に…」
後日。いつも通りデンタイに出勤してきた五華。四蔵と奈々も五華の変わらない様子に安堵していたが。すぐに不審なDMの反応が検知されたため、以前の出撃時の整備をしている巧達の出撃を制した麗羅が、五華と四蔵、2人に出撃を命ずる。
いつも通りに出撃して、いつも通りに探索を行おうとした四蔵だったが……
『うっ……』
『!五華さん……大丈夫ですか?』
急に五華が呻き、よろめく。その事に驚いた四蔵は五華に駆け寄り、奈々に五華のバイタルデータの確認を要請する。
『……筋肉痛、ですね。けっこう、ヒドイ、です』
『……全く、無茶しすぎーー』
しかし、四蔵がその言葉を言う前に地下よりデータによって構成された怪生物が現れ、その触手で四蔵のDMであるデンバスターを搦めとる。しかし、完全に虚を突かれた四蔵だったが、すぐに反応し、デンバスターのパワーをフル回転。触手を引きちぎり、体制を整える。
五華も筋肉痛で動かない体を動かし、安全な場所ーー近くのビルの高所にまで退避して、ヴァルキリーの機能を使って怪生物のデータを収集。リアルタイムでデンタイ司令部に送り、解析を要請する。
しかし、この怪生物は只者ではない。触手を猛スピードで伸ばし、パワーはあるが、動きの遅いデンバスターと筋肉痛で動きの遅いヴァルキリーを捉える。デンバスターは咄嗟に本来のサイズに巨大化し、パワーを上げることで触手を引きちぎれたが、五華のヴァルキリーは巨大化しても触手を引きちぎれるほどのパワーは無く、捕まったままだ。
『五華さん!』
四蔵が五華のDMに絡みついていた触手を引きちぎるが、怪生物はそれを待っていたかのように素早く触手を伸ばすとして四蔵のDMを搦め捕り、縛り上げる。
『ぐ、ううう!』
『四蔵くん!……くっ、触手が邪魔で……奈々ちゃん!あいつの弱点はどこ⁉︎』
『待ってくだ、さい!……出ました!あの触手の、中心点。目の部分、です!』
『あそこね……!』
四蔵が自分を助けるために触手に絡め取られた事に、悔しさを感じる五華。しかし、悔やんでいる時間は五華にはなかった。メキメキと音を立て、さらにきつく縛り上げられるデンバスター。残されたリミットはあとわずかである。
(……筋肉痛だとか、そういうのは、やってから考えるとしましょうか!)
決断。触手の群の中に飛び込み、ヴァルキリーの高機動性と装備のミサイルを活かして、一気に怪生物を撃破することを決めた五華は、ヴァルキリーを人型から、戦闘機のようなフォルムの高機動モードに変形させ、触手の中へと飛び込む。
『いっけええええええ!』
『五華さん!左の触手が近いです!』
奈々によるオペレートを受けて、怪生物の弱点である目の部分に肉薄する五華。ミサイルを撃ち込み、怪生物を爆炎に包むと、四蔵の拘束が解ける。
『四蔵くん!……大丈夫?』
『俺は平気です。そういう五華さんこそ……』
『だ、大丈夫よ……』
しかし、怪生物はまだ生きている。五華のミサイルでは火力が足りなかったのだ。その巨体を活かして突進をしかけてくる。
『……っ!』
『ここは俺に任せてください!』
その巨体の前に立ちはだかるデンバスター。怪生物の突進を受け止めると、その両腕から雷を巻き上げる。
『オーバードライブ!』
その声と共にデンバスターの体躯より電撃が発生する。それは怪生物の肉を焼き、骨を炙り、その核を焼き尽くした。
『……任務……完了。……ですかね』
『そう、ね。……ありがと』
『どういたしまして』
後日、五華は普通に出勤してきたものの、身体中に湿布を貼っていたせいでエイトに避けられ、地味に泣きたくなったらしい。
『……あれを倒すか。まずまずだね』
四蔵と五華が怪生物を倒している所を見る影が一つ。
『……正直、この天才たる僕に相応しい相手とは思えなかったけど……総理お抱えの秘密組織なだけはあるじゃあないか』
影は、不敵に微笑む。
『せいぜい僕を楽しませてくれよ……?』
デンタイに、不穏な影が忍び寄っていた……
次回予告
「なんか不穏な終わり方しましたね〜」
「したわねぇ、ま、まだまだ安心よ!」
「そうはいってますが、次回はさっそくピンチみたいですよ!」
「そんな次回タイトルは『ナインハート』よ!」
「それじゃあ次回も〜」
「「オーバードライブ‼︎」」
「次回予告が面倒になってきましたね」
「それいっちゃダメなとこ!」