しかし、月は落ちてくる。
月のクレーターがその大きさのわりに浅いことに疑問を持ったことはないだろうか?
地球のクレーターは、その大きさに見合った深さを持っている。一方の月のクレーターは、重力の強さを差し引いたとしても浅いのだ。そのことを、疑問に思ったことはないだろうか?
――月のクレーター。
隕石の衝撃で表面の地殻が剥がれ落ちて出来た月の海。その部分はまるで、厚く金属の層が敷き詰められているかのように頑丈なのだ。
その隕石の衝突に負けないその硬い物質は何でできているのか。
ある研究結果によると、月の海には地球では希少なレアメタルがたくさん存在しているらしいことがわかった。
レアメタルは地球の地殻中の存在量が比較的少なく、採掘と精錬のコストが高い。
それでも、人類がこの金属をほしがるのは、製造業に欠かせない材料だからである。
月にあるこれらの金属は、これに付きまとっていた問題を解決した。地球のそれに比べて純度も高く精錬で得られる量が豊富なのだ。
希少が希少ではなくなった瞬間である。
しかし、見つかったからといってすぐに採掘できるわけではない。新たな問題が浮上したのだ。
月は今まで誰のものでもなかったのだ。
人々は月を手に入れようと争った。世界規模の戦争が起こった。
――結局、月はどこの国にも属せず、資源は平等に流通させることになった。21世紀後半、人類はとうとう月の鉱山を採掘を始めた。
月に工場を建て、機械たちはそこで休まず部品を作り始めた。地球に比べてチリの少ない月上は、精密機器を作るのにはうってつけの土地だったのだ。
そして、月でできた製品は、各国に平等に売られていった。
月は地球と違って重力もさほど強くないので、少ないエネルギーで宇宙への運搬が可能だった。さらに、大気の摩擦と言った問題も考えなくてもいい事も幸いした。
月に資源と製作所ができたことで、宇宙開発も格段に進んだのだ。
しかし、いつの時代も資源を扱う人間はおろかであった。
木材の伐採による砂漠化、化石燃料による大気汚染、原子力による土地の汚染、フロンによるオゾン破壊……今までの歴史が、弊害と枯渇の問題を示している。
このままではいつの日にか、月も採りつくしによる資源枯渇の危機に襲われることは、想像に難くない。
――そして、それは起こった。いや、起ころうとしていた。
そう、月がおろかな人間に対し牙をむいたのだ。
月にあった金属資源を長年に渡り採掘した結果、月の重心が変わってしまった。月の自転と地球の公転の力も運悪く悪いほうに作用して、微々たる物であるが、確実に狂ってきていた。
つまり、月は少しづつではあるが、地球に近づいてきているのだ。
21世紀初頭までは、月は年に数㎝遠ざかっていると言う記録が残されている。しかし、先ほど言ったとおり、月にあった鉱物を採りすぎて重心が変わり、軌道が変わってしまったのだ。
――この事実に、宇宙を観測する学者たちは恐怖した。
『このままでは、月は地球に落ちるかもしれない』
学者たちの計算によると、月が地球に接近し地球にぶつかるのは1万年後。しかし、まだ時間があると安心することはできない。月が近づくことによって、地球に及ぼす影響は未知数なのだ。
地球に落ちるという1万年が経たないうちに、月の潮力で地上には壊滅が訪れるのは目に見えていた。
宇宙に逃げ出すにも、まだ確実な宇宙生活のシステムは確立しておらず、しかも膨大な予算がかかる。すべての人類を収容できる都市など到底作れない。宇宙へ逃げられるのは、ほんの一握りだろう。
学者たちは、この事実を今は公表しないと決めた。今は無用な混乱は招きたくないのだ。
いつの日か、月墜落による地球壊滅の事実は、知られてしまうことだろう。――月は夜空を見上げれば、誰もが見ることができる地球唯一の衛星なのだから。
しかし――空を見上げることを、忘れてしまった人々は、その瞬間まで気がつかないかもしれない。
月は永遠に宙にあるものとして、月からやってくる製品に囲まれて、これからも過ごしていくのだろう。
――しかし、月は落ちる、落ちてくるのだ。