第三話 フォレボーリング 予感
初めての相手はどんなモンスターにするか……結構迷いました。
「シュオンちゃーん、ここ頼むよー!」
「はーい!」
私はすぐに呼ばれた方に向かいます。
そこには、あちらこちらに生える多種多様な植物たち……と言えば聞こえはいいですが、早い話が大量の雑草が。ぼうぼうに伸びていて、私の腰のところまで生えているものも少なくありません。
「――――よっと……」
愛用の『紅魔の杖』を軽く振ると、杖の先端についた紅い玉の頭上に小さな炎の塊がくるくると回り始めました。
速度をあげ、潰れたパン生地のように楕円形になったそれは、雑草の中に飛び込みます。
「“火円盤魔法”!」
凄い勢いで、炎の丸鋸が雑草を刈り始めました。
いわば炎の草刈り機です。
魔法の練習として始めたアルバイトですが、今ではなかなか様になったものですね。
「いやぁ、助かったよ」
蓑笠を被ったお爺さんから給金の野菜を頂き、私は笑顔で頭を下げました。
「有難うございます」
「安いものだよ、まさか村に魔法師が来てくれるなんてね! あんたの御蔭で、ワシ等は大分楽になったよ」
ご機嫌なお爺さんは、蓑笠をくいっとあげて、逞しそうな笑顔を浮かべました。
私がこの村に滞在するようになってから、すでに四日目。
せめてもの恩返しとしてこの仕事を始めたのですが……まさか、魔法師がそれ程に貴重な存在だとは、思ってもいなかったのです。はい。
私が魔法師ですと名乗った時の村長さんたちの驚きの顔と言ったら、それはもう、まるで街中でハリウッド・スターのプライベートを目撃したような反応でした。
……その前までは、孫娘でも眺めるような視線でしたのに。ちょっとがっかりしました。
後でカギサワさんに教えて頂いたのですが、この国では魔法師というのは――――似たようなもので祈祷師とかがあるそうですが、多分呪術師とか治癒師とかその辺りの亜種でしょうね――――とても田舎の村にいるような存在ではないそうです。
貴重というより、分布が都市部に集中している、と言った方が正確なのでしょう。
魔法を修学するには都市にあるような魔法学校などの教育機関に入学のが最も手っ取り早いそうです。個人に弟子入りするにしても、高名な魔法師は都市部に暮らしている場合が大半。
そして大抵の人たちは、交通の便や魔法具作成の材料などの入手のしやすさ、情報の入りやすさ、そして何より、生活のしやすさで、都市部にそのまま居座るそうです。
魔法を修めているという点で優遇されることも珍しくなく、都市で十分な暮らしができる程度には稼げるとのこと。
傭兵や研究者になった魔法師が放浪の旅で村々を渡ることはありますが、滞在となると話は変わってきます。
交通網が発展しているこの国では、当然のように宿泊施設も充実しているので、態々村に滞在する必要はあまりないそうです。
殆どの村は、主要交通路から外れていますからね。トキノウエ村は例外ですけど。
私としましても、何しろ実際に魔法を使うので、ゲーム時代とは勝手が些か違っていますから……練習も兼ねて、色々と恩返しさせて頂いております。
結果、色々なことが分かってきました。
まず、私がゲーム時代に習得していた魔法は、全て使えました。
葉っぱで指を切ってしまった時に、チャンスとばかりに“下級回復魔法”を使ってみたのですが、あっけなく、もう録画映像を四倍速で早送りしているような勢いで傷が塞がりました。
細胞再生技術が進んだ世界出身の私ですが、これは我が身体ながら、倒れそうになる光景でしたね。
小石を見つけて“念動魔法”をかけたら、あっという間にレールガンのような勢いで小石がすっとびました。……誰もいなくて良かったと、今でも切に思います。
そしてあらかた使っていると、体のだるさを覚えました。恐らく、私の魔力が枯渇に向かっているのでしょう。つまり、ゲーム同様、無限に魔法は使えないということです。
さて、ゲームでは自分のステータスは表示されましたし、攻撃魔法も自動で敵を補足してくれましたが、この世界ではそうそう都合よくはいきません。
ですがこの世界では、魔法は色々と応用が利きます。魔力の込め具合によって、同じ魔法でも威力に差が出る事が実験――――焼畑のお手伝いをした時――――に判明しました。
……危うく己をローストしかけましたが。火って怖いですね。色々と(半泣きです)。
と、まぁ、こんな具合で。
色々試しながら悠々自適に暮らしていましたが、そんなある日。
ええ、不覚にも、失念していたのです。
この世界は魔法と同じように、危険なものがあるということを。
「モンスターです」
「はい?」
色々と教えてくれたカギサワさんに御礼を兼ねて、ナガズで作ったジャムを差し入れに保安局詰め所までいくと、開口一番に言われました。
いつもニコニコ笑顔のカギサワさんは、その笑顔のまま、丁寧に刀を手入れしていました。はっきり言って、怖いです。
何故か包丁を研ぐ山姥が思い浮かび、私は思わず、ゴクリと喉を鳴らしました。
「ええ、そうです。非常に憂うべきことなのです」
如何やらカギサワさんは、私のリアクションを「モンスター」という単語に反応してのものだと思ったご様子です。
……勿論、口下手な私に、「いや、貴方が怖いからです」なんて言うアグレッシヴさなんて、期待するだけ無駄ですよ?
「先程、クワノメ村の同僚から通信が入りましてね。クワノメ村の近郊で、此方に向かう“火鼠”の群れが確認されたそうです」
「クワノメ?」
「ここから西にある村です。お隣さんという関係ですよ」
「はぁ……」
私は小さく頷き、「あれ?」と小首を傾げました。
「フレイム・ラット、ですか? 背中に火を背負った、黄色い目を持つ……猫くらいのサイズの?」
「お詳しいですね……あ、旅をしていたのなら、知ってて当然ですか。アレはこの大陸中にいますから」
カギサワさんはニコニコ笑顔を此方に向け、ガシャン、と音を立てて納刀しました。
そしてスッと立ち上がりました。訓練を受けている様子の、洗練された立ち方です。
「アレは農作物を食い荒らすうえに、田畑に火を付ける。肉食ではありませんが、厄介なモンスターです」
その言葉を聞いて、私は漸く合点が行きました。
というのも、フレイム・ラットは『CC』でもっとも有名と言えるモンスターなのです。
……恐らくは大抵のユーザーが一番最初に戦うことになるであろう、最弱モンスターという意味で、ですが。
それでも最初に相見えるモンスターというだけあって、初心者が対モンスター戦で学ぶべき基本に全対応しているのがこの下級モンスター、フレイム・ラット。通称、「鼠先生」(ワカナさん談)。
何が言いたいのかと言いますと。
「そんな逼迫することなのかな?」です。
だって、カギサワさんは見るからに訓練を受けている剣士ですし、実際村の治安を担っている人です。『CC』とは違うかもしれませんが、もし、私が知っている通りのフレイム・ラットならば、プロの戦闘職が脅威とするようなモンスターではないはずなのです。
フレイム・ラットは元々、群れで出現することが多いモンスター。つまり、群れていることも、別に異常ではありません。
でも、農作物を食べるとか畑を燃やすとか、結構困りモノのようですね。
それなら納得です。
強さとかではなく、習性が厄介ということですか。ゲームでは、とても実感できないことでしょう。
……見た目は、結構可愛いのですけど。
「……そう言えば、カギサワさん。モンスターが来た場合、どうするのでしょう?」
「はい。モンスターへの対処は、基本的に傭兵などを除けば、我々保安局か皇国軍の管轄です。
厳密に規定されているわけではありませんが、中級モンスター未満が保安局、それ以上が軍、というのが暗黙の了解となっておりますね」
カギサワさんの丁寧な応答を聞き、私は小さく頷きました。
「ですが生憎、全ての村に多くの局員を配置する程、保安局に余裕はありません。この出張所に常駐しているのは私一人です。
最寄りの町カミノエには、大勢の局員もおりますし軍も展開しておりますから、手に負えない場合はそこから救援が来る手筈となっています」
「御冗談でしょう、馬車で二日はかかりますよ!?」
トウドーさんの話を思い出し、私は冷や汗をかきました。
しかし、カギサワさんは何時も通りの笑顔です。
「御安心を、軍や保安局のものはより高速です。それ程かかりませんよ。
それにフレイム・ラット程度なら、私一人で何とでもなります。
それに専門職ではありませんが、村の人たちも戦えないわけではありません。
ですが……」
その時、カギサワさんの眉がちょっと下がり、困ったような笑顔に変わりました。
「被害を出さずに対処、というのは難しいですね。……田畑や住民に、被害が出ない保証はありません」
「……そうですか」
私は覚悟を決め、スタッフの先をカギサワさんに見せつけるように向けました。
「なら、私も戦います!」
次回、対モンスター戦闘です。
御意見御感想宜しくお願いします。