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混沌より出ずる閃紅  作者: 皐月二八
第一章 テュラリー・ロスト 霧中
1/4

プロローグ ワゴン 馬車

 こんにちは、皐月二八です。


 いきなりで恐縮ですが、幾つか注意点を。


 まず、本作は『混沌より出ずる軍団』と世界観、時系列を共有しております。よって、『混沌より出ずる軍団』読後に御読みすることをお勧めいたします。但し、読んでない方でも楽しめるように書いていきます。


 次に、本作は私が「女性主人公の一次小説」に初挑戦した実験作です。

 更新はかなりゆっくりしたものになると思います。


 それでは、どうぞ。


 お尻が痛いです。

 何のこっちゃと思うかもしれませんが、これが私の、本物の馬車の荷台に初乗りした感想でした。

 VR世界で散々乗った馬車は、現代日本人の求める高すぎる快適性アメニティに、リアリティを追及しているようでばっちり応えているということを、この一六年の人生で初めて知ったわけです、はい。


 ガタガタ揺れる原因は、十分に舗装されているとは言えない石畳と、その石畳に侵略の魔の手を伸ばした長い蔓。

 震動はか弱い乙女のお尻にダイレクトに伝わり、ひどい痛みが走りっぱなしです。


 絶叫する程でもなければ気絶するほどでも、泣く程の痛みでもない。でも、こう長く続くと我慢の限界が来そうな微妙なラインの痛み。これならいっそ気を失うくらいの激痛の方が、幾らかマシな気さえします。


 そして震動とともに、パッコ、パッコと聞こえるのは、恐らく馬車を曳く二頭の馬の蹄の音でしょう。

 幼いころに学校の自然体験授業で山羊やぎにレタスごと手をパクリとやられた記憶とともに、馬に初めて触れた記憶がよみがえります。


 場所が違えば、馬も立派な動力源。日系海上都市生まれ。その後、日系軌道上都市に引っ越したというアクロバティックな経歴の持ち主である私としましては(もっとも、私と同じような経歴を持つ日本人は然程珍しくもありません)、生の動物と触れ合える機会などそうそうありません。ある意味で、良い初体験でした。


 しかしですね、この馬車。

 何と言いますか、鈍いです。

 それはもう、自転車とか浮遊式スケボーとか使った方が速いんじゃないかと。

 そう思うくらい、鈍いです。


 ですが聞いたところ、これは地方監本部から村々に送り込まれる支援物資を運ぶ馬車。

 馬車一台、手綱を握る初老の男性以外は護衛も無しというこの世界(・・・・)では無防備もいいところの状態でパコパコ進んでいる事からも分かる通り、治安も全く問題なし。


 運んでいる物も、「支援物資」という名の嗜好品です。積み重ねられた幾つもの木箱には、変な記号が並んでいるようにしか見えないのに何故か読める字で、「饅頭まんじゅう」と書かれていました。

 つまり、然程急いで運ぶ必要もないのでしょう。馬も疲れますしね。急がば回れというヤツです。


 木箱の文字を見るだけで、乙女としては、思わず涎が垂れそうになります。

 ですが、この身はタダで同乗させてもらっている身。この期に及んで中身をちょろまかすわけにはいきませんし、当然、捕まります。何しろ内実はどうあれ、形の上では、これらは地方政府である地方監(日本で言うところの道州庁ですね)が運送している立派な代物なのです。



「すみませーん! あとどれくらいですかー」


 私は腰に届きそうなウェーブのかかった紅い髪を撫でながら、黒い瞳を薄暗い天井に向けつつ、馬の手綱を握っているであろう人に尋ねました。


 図々しい身ですが、お尻は痛いしお腹もすいてきました。

 急かしてはいませんが、そういう口調になってしまったのも仕方がないと思ってください。



「そうさねぇ、あと三時間くらいかな? 今日は天気もいいし、馬も元気だしね。シュオンちゃんも、もう少し待っててねー」



 かえってきた穏やかな返事に御礼を言いつつ、私は体育座りで木箱に背中を預けます。

 ああ、まったく、どうしてこんな事になったのやら。

 私にはさっぱり、わかりません。






 私、音羽おとわ 朱音あかねのことについて、少し話しておきましょう。

 西暦二一〇一年生まれ、ふたご座のA型です。

 容姿はまぁ、所謂「お嬢様」タイプだと思ってください。それはもぅ、今時こんなステレオタイプのお嬢様なんていないだろう、という程のお嬢様です。まぁ、とある友人の私を評した言葉なのですが。

 

 そして私、実は本物のお嬢様なんです。実家は日本に六つしかない財閥の一つ、音羽財閥。宇宙レジャー事業において、世界一位の不動の地位にある有名財閥です。

 まぁ、そんなことは置いておきましょう。肝心なのは、そんな資本主義の権化的な家系に生まれ、親兄弟からとびっきりに甘やかされて育った私が、一体どんな子に育ったのか、ということです。


 結論から言いますと、めっちゃ貧弱になりました。


 老化防止アンチエイジング技術が進化し、加齢がファッションの一つにまでなったこの御時世、容姿や身体能力なんて幾らでも変えられます。しかし我が音羽家は、最先端の事業で稼いでいるくせに、こと人体調整となるとやたらと慎重になります。


 おまけに私自身、無駄に筋力をつけたかったわけでもありませんし、バリバリのインドア派でしたから、別に身体能力を無理矢理あげようとも思いませんでした。

 身体能力や容姿に優れた人がモテた時代は、とうの昔に終わっています。


 そんなこんなで、私はあまり外出することもなく、ハウスロボットや御付きの人たちに甲斐甲斐しく世話をされ、家族に愛され、過ごしてきたわけです。

 そりゃ、貧弱にもなりますよ。


 そんなインドア街道まっしぐらな私ですが、今やVR世界で別の自分(アバター)を生み出せる時代。色々な人たちと友達になり、色々とお話をしたりして過ごしていました。

 

 ワカナさんという方とお知り合いになったのは、私が高校入学試験に合格したくらいの時期でした。

 本名、三鷹みたか 和奏わかなさん。私より少し年上の女子大生です。


 この人はそれはもう、ドの付くゲーマーで、それもNEEこと日本エポック・エンターテイメントというゲーム会社が製作した数々のVRMMO(Virtual Reality Massively Multiplayer Online=仮想現実大規模多人数オンライン)限定のオタクという、これまでの知り合いの中では何と言うか、ぶっ飛んだ性格と嗜好の持ち主でした。


 それで、あれよあれよという間に私はワカナさんに誘われるがまま、『CC』――――正式名称、『Controlled(コントロールド) Chaos(カオス)』という、マニアック向けVRMMOの世界に踏み込むことと相成りました。


……唐突過ぎるうえに短い説明で恐縮ですが、本当にこうとしか説明できない程にこんな流れだったのです。私自身も吃驚ですよ。


 インドア派を自称している私ですが、VRゲームは未経験でした。精々がVRチャットとか、或いはVR形式のカードゲームでした。

 そんな私は、突如NEEがコアなユーザー向けに開発した「やり込み度数世界一」という宣伝文句を持つゲームをやる羽目になったのです。


 しかし私、戸惑いこそしましたが、実は結構ノリノリでした。

 何と言いますか、「友人に誘われた」という免罪符をゲットし、堂々と新たな娯楽に手を突っ込めると、寧ろワカナさんに感謝すらしていました。


 インドア派でどちらかというと人見知りが酷い私ですが、VR世界では無駄にアクティブさとチャレンジ魂を発揮し、しかも『CC』の無限大カオスとすら称される遊び方にドキドキワクワク。

 期待しまくり、初心者根性丸出しのままアバターを作り、ワカナさんのご指導を受けつつ知識を身につけ、ある程度経験を積み、さぁ、そろそろソロでやってみようかと、いつも通りにデバイスを起動させてモニタに向きあった矢先に。


 何か、変な世界に来ちゃったんです。






 最初はもう、ただただ戸惑ってました。

 メニューは開けない。仮想空間内ならあり得ない程五感がいつも通り(五感の忠実な再現は現実世界の心身に影響を与えすぎるため、法律で厳しく禁じられております)。公衆トイレもあって、普通に用も足せました。

 もう、ここが現実だって思うしかなくなりました。何と言いますか、吃驚仰天です。


 しかし、格好は『CC』のアバターそのまま(小さな池があって水面で確認)。まぁ、私の場合は顔を含め、殆ど弄くっていないのですが。

 白いブラウスに朱色の短いネクタイ、紺色のスラックスというアバターまんまの服装に(裁縫スキルで苦労して自作)、買ったばかりの長杖スタッフ紅魔の杖レッドマジック・スタッフ』も当たり前のように右手に握られていました。

 アイテムもゲームのセーブデータそのまんま。アイテムボックスも開けました。


 とはいえ、私を困らせたのは他にあるのですが。

 まぁ、さらっと言いますと、ご飯です。

 ご飯がないんです。正確に言うと、なかったんです。


 『CC』には料理スキルもあり、食材もアイテムとして存在します。

 しかし、調理には家事系統のスキルが必要ですし、調理器具のアイテムも必要です。

 生憎私、後者はまだ持っていませんでした。


 回復用の水薬ポーションならありますが、到底お腹が膨れそうにありません。


 不幸中の幸い、地獄に仏というものでしょうか、私がこの世界で出現――――という表現でいいのでしょうか?――――した場所は、草木が生い茂る平原。

 低い木から幾つかぶら下がっていた、何か細長い林檎みたいなフルーツとかを頂きつつぶらぶらしていたのですが、途中で一台の馬車に遭遇。

 トウドーさんと名乗ったその人とお話して、少しの食料を分けてもらって、しかもこうして乗せてもらったというわけなんです。

 そしていつの間にか、私はシュオン――――『CC』のアバターネームを名乗っていました。


 仕方なしに、私は拾った布袋に入れられるだけ入れたさっきの林檎モドキを一個とりだし、シャリ、と一口。数は限られていますから、可能な限りは節約したいのですが、どの道放置していれば腐ってしまうでしょうし。


 トウドーさんに聞いたところ、これは「ナガズ」というこの地方の特産品で、煮詰めてジャムにしたのが有名だそうです。機会があれば、是非とも頂きたいですね。



「はぁー……これからどうしましょう…………」



 箱入り娘な私ですが、こんなサバイバル番組も真っ青の状態に意外と動揺していません。

 思ってたよりも、ずっと図太いのかもしれませんね……私って。


 ガタガタ揺られながら、私はフルーツオンリー食物繊維とビタミン重視のランチを満喫するのでした。






 『混沌より出ずる軍団』外伝より先に此方から投稿します。外伝については、どの話から書いていくか思案中です。

 『混沌より出ずる軍団』の更新を優先していくことになると思いますが、楽しんで頂ければ幸いです。


 御意見御感想宜しくお願いします。


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