できもしないことを、
Tell her to make me a cambric shirt,
(彼女にこう言ってくれないか、カンブリックのシャツを作ってくれと)
Parsley, sage, rosemary and thyme,
(パセリ、セージ、ローズマリー、タイム)
Without no seam nor fine needlework,
(縫い目も無く、針も使わずに)
And then she'll be a true love of mine.
(そうすれば彼女は僕の恋人だ、と)
…歌詞引用 スカボローフェア
Title/ できもしないことを、
…手紙が届いた、古い友人であり、幼馴染であり、恋人だった男から。
男の名をムル、と言うとても狩猟とチェスが得意できっと村ではそのふたつにおいては一番だったと思うのだ。
出稼ぎに行ったのは今から1年も前だろうか、遠い都市から来た伯爵の狩猟のお供に行ったときに偶然山賊が出た。もちろん付き添いの護衛もいたのだが、ムルも護衛へと加わった。
その時に剣の腕を買われ、破格の待遇で都へ行くことが決まった。
彼は別れ際に言ったものだ、
「―――辛いなら別れたっていい、それは仕方ない、けれど、」
迎えにくるよ、と言った。そうして抱きしめてくれたのだ、彼はずいぶん背丈が大きいから小さな私がすっぽりと入る大好きな腕の中に納めて、一緒に泣いてくれた。
今でも思いだせるというのに、その内容にイツキは信じられない目でそれを見た。
―――君の家の庭に椿があるでしょう
―――それが自然落ちることなく枯れたら
―――そうしたらまた会えるけど椿を見なくてもいいんだよ
…別れの手紙だった。
あなた、知ってるじゃない。
椿の花は美しさを保ったままぽとりと落ちる
落ちた花を見てあなたは笑って「なんて分かりやすい花なんだ」と言った
分かってるのだ、彼自身手紙の内容があり得ることはないと
だからこその言葉として受け止めたら、
そう、ばいばい、あり得ないことを負わなくてもいいって、そういうこと
彼女は膝を抱える、うずくまって、埒もあかないことがぐるぐると回って泣きやむまでずうっと
そうして、二通目がきた。彼女は出しようもなかったから返事をしなかったのに。
―――あの北の森には最近行っただろうか
―――もうすぐ秋だね、そろそろクマが出るから気をつけて
―――クマの夫婦が仲良く子供を育てたら教えてくれ
―――その小熊を見にこようか、けれど無茶はしないで
紙の両端が少し歪んでいた。私はその端を握る、こうして彼も握っていたのだろうか。
そして私は、筆を取る。
わたしはね、そう、貴女の事をわかってるつもりなの。
―――手紙をありがとう、元気ですか?
―――そう、庭の椿の話だけどね、パパが飲んだくれてしまって
―――椿の花をむしりとってしまったの、しばらく見れないわね
―――だから今度は柵を作ってパパから守るつもり
―――そう、クマの話だけれどこの間森から下りてきたわ
―――なんとか村の人たちで返したけれど
―――あなたほど上手じゃないのよ
彼は手紙を読む、傷の跡が治らない手がその手紙を大事そうに開いていた。
ランプの光に照らされて、桜色の便箋を読む彼の目線が流れる。
小さな、綺麗な文字列に指が沿う。
―――あなたがいなきゃ怖くてクマの仔を見れないわ
―――だから私は貴方が帰るのを待たなきゃいけない
―――ああそう、貴方のいる街の近くに泉があると思うの
―――そこに芝桜が咲いた一面を見つけた頃
―――帰っておいで、椿の花も小熊も見に
指が、何度も何度も文字をなぞった。
When he has done and finished his work,
(彼がそれをできたのなら)
Parsley, sage, rosemary and thyme,
(パセリ、セージ、ローズマリー、タイム)
Ask him to come for his cambric shirts
(彼にこう答えて、カンブリックのシャツを取りに来て、と)
For then he'll be a true love of mine.
(その時彼は私の恋人になるから)
―――手紙をありがとう、丁度軍の遠征に出かけていたので
―――返事が遅れてごめん。
―――芝桜が咲くのは春だったと思うけれどどうだったかな?
―――そう、また今度北へ国境のところへ遠征が決まったんだ
―――でも春までには帰ってこれるから
―――そうしたらまた手紙を送る。
―――けれどもう便箋のストックがないから、気長に待って。
「わかってんのよ、なのにこんな回りくどいことして」
手紙の端がまた、歪んでいた。これは彼の癖のひとつなのを彼女は分かっている。
何度注意したって治らなかった彼のくせ。
彼女は手紙を机にほうりなげると、ベッドへと潜りこんでひたすら泣いた。
…もしもの別れが恐ろしいから。
Are you going to Scarborough Fair?
(スカボロウの市へ行くのですか?)
Parsley, sage, rosemary and thyme,
(パセリ、セージ、ローズマリー、タイム)
Remember me to one who lives there,
(そこに住むある人に、よろしく伝えてください)
For she once was a true love of mine
(彼女はかつて私が愛した人なのです)
If you say that you can't, then I shall reply,
(できないと言ったら、私はこう答えましょう)
Parsley, sage, rosemary and thyme,
(パセリ、セージ、ローズマリー、タイム)
Oh, Let me know that at least you will try
(ああ、せめてやってみる、と言ってくれって),
Or you'll never be a true love of mine.
(でなければけしてもう恋人にはなれない、と)
「貴方の事、私は理解してるつもりなの、それは知ってた?」
森の前のベンチに腰をかける。バスケットにつめたサンドイッチをほうばる。
春のうららかな日差しをぽかぽかと浴びてなんて心地いいことなのだろう。
「俺は素直に言えばよかったのかもしれない」
彼は水筒の温かいお茶を一度飲む、砂糖がたっぷりと入ったミルクティーだ。
「…あの頃、何時死ぬかもわからなかった、待たせるのが申し訳なかった」
―――彼女の顔が見れない。手元のカップを握っていたのをひたと見つめていた。
今にもあの頃の感情が湧きおこってくる。
あの、どうしようもないやり場も無かったふつふつと沸く悲しみだ。一抹の希望が残されているのがさらに厄介だったのだ。
「もう待たないで、と言えたらよかった。でも、それはできなかった」
彼女は黙っている。彼女は彼の顔を見つめていた。
「だから、あんな意地悪な手紙を?」
「…」
「…だから、手紙が書けなくなって帰ってきたの?」
彼女は痛々しい、風にそよぐ何も入っていない袖を見つめていた。
彼は村に居た頃よりもぐんと体つきも変わり…傷跡ものこる体で帰ってきたのだ。
失くした右腕、残った肩を彼は触れる、彼がごめんねとつぶやいて、かのじょは自分が泣いていることに気付いた。
こうして二人でいるのもどれくらいぶりなのだろうか、随分と長く感じてしまう。
彼に渡した大好きだったミルクティー、いまでも好きなんだろうか。
彼はほほ笑んでそれを飲んでくれたからよしとしよう。
彼女のほほにか彼が触れて、こんな仕草は変わらないから、せつなくなる。
「…待たせてごめん」
そう言って
「愛してる」
―――片方だけの腕で、だきしめた。
...thank you to read,
...image song「スカボロー・フェア」
お読みいただきありがとうございます、38でございます。
この小説は「スカボローフェア」に関連して書いております。
早い話はwikiを見た方が分かりやすいのですが、この歌はイギリスの伝統的なバラードでしたがサイモン&ガーファンクルが歌ったことで有名となりました。
元々あった歌は恋の歌なのですが、サイモン&ガーファンクルでは戦争の歌だという一説があります。
この文中には登場してきませんが、途中で戦争に関した歌詞が出てきます。
そして途中出てきた「パセリ、セージ、タイム」という歌詞にも戦争へのことが関連しているとのこと。
詳しいことは書きませんので、youtubeにもアップされているのでぜひ。
ちなみに私が使った菓子は昔のバラードのデュエット向けの方ですので、一部サイmン&ガーファンクルには登場しません。
大好きな歌で聞くと何とも綺麗で、けれどせつなくなるといい歌ですので聞いてみてくださいまし。