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命の輝き ~帰れぬ世界で、誰かのために戦う~

作者: EternalSnow
掲載日:2026/04/12

 僕には、何もなくなった。

 僕のすべては、もはや友のためだけにあった。


 魔王を討ち果たし、全身を青い血で染めた。

 だが、僕には戻る力は、もう残されてはいなかった。


 でも、もうそれでもいいと思えた。

「はは、これで終われる」

 もう、力は入らなかった。

 滅びた僕の母国、アーディン聖王国は、魔王によって滅びた。

 僕が、他国への対応に行っている間に。

 ……見るも無残な地獄となった。


 私怨の復讐は終わった。

 ようやく眠れると思った矢先だった。


「じゃあ、死んじゃえばいいんじゃない?」

 少女の目は心配そうで、でもどこか勝気だった。

 そして――僕には初めての、奇妙な感覚でもあった。

 異世界に転移した?

 いったい、どれほどの魔力を持っていれば、こんなことができる?

 意味が、わからなかった。


「は? 聞いてるの? 私は……」

 彼女はいつも怒っていた。全身から不機嫌オーラが漂う。

 なのに、僕を見つめる視線は、ただの苛立ちではなかった。

 まったく、言葉が通じなかった。

 国が違うだけでも言葉が違うのに、異世界ともなれば、それは当然だった。



「あんた、強いじゃない。ありがとう、助けてくれて」

 あの日、報酬としてもらったパンの味は、今も忘れられない。

 その小さな優しさだけが、今の僕のすべてだった。


「ごめんね。事故だったの……本当なの。謝るし、絶対何とかするから。

 もう少しだけここに居てちょうだい」

 やめてくれ。泣かしたかったわけじゃない。

 左腕ぐらいなくても、困ったりはしない。

 なんで、そんな悲しい顔をする?

 どうして、苦しい表情をする?

 僕が、弱いからか?


「……いいわ。私は残るから。

 片腕になったあんたじゃ、無理よ」

 キミは、覚悟を決めていた。

 何度も僕の左腕を見て、悲しい顔をし続けていただけだったのに。


「あんたは逃げなさい、命令よ」

 ……どうして、言葉が通じない。

 だけど、身振り手振りで分かる。

 キミは逃げろと、僕に言っているのか?


 逃げれるわけないじゃないか。

 ――言葉は通じず、世界も理解できない。

 ――それでもあのボロボロの僕を守ろうとしたのは、キミだけだったんだ。

 不機嫌そうな顔の奥で、

 ときどき、キミは僕の左袖を見ていた。

 その視線が、痛かった。

 ……でも、僕には、戦いしかできないから。

 亡き母国で、姫様に認められた《《勇者》》である僕には。





 眼下に広がる、戦場。

 数は……想像もつかない。


 眼下一面、果てを知らない炎の帯が波打っていた。

 その奥には、灯が増え、次々と合流していく。

 あれが全て敵だと思うだけで、膝の奥がじくりと震えた。


 

 数は、見える範囲だけでも1万以上。

 増える敵や奥の敵を考えれば、10万に届くかもしれない。

 

 夜明けと共に、戦争が始まるのは目に見えていた。

 この時間が唯一の猶予だ。

 

 それなのに、キミは、たった一人でこの軍勢に挑もうとする。

 見た目、10代の少女。

 小柄で小さいキミが、たった一人で。

 戦場の恐怖も知らず、

 捕まった少女がどうされるのか、キミは想像もしていないのだろう。

 

 怒っているキミを残った右手で殴り、気絶させた。

「がっ……どう、して、ア、ルス」

 手を伸ばしながら、倒れたキミを担いだ。

 僕の左袖は、風になびくだけだった。


 ……軽い。軽すぎるぐらいだ。

 どうして、こんな子が一人で殿を務めなくてはならない。

 僕が、行く。

 キミの立場が、悪くならないよう。

 僕が、殿を務めよう。

 たとえ、この身が滅びようとも。

 この国を僕の国のような状況には決してさせない。





 意識の失ったキミをそのキミの親友であるフィーさんに預けた。

 彼女の名前はよくわかっていない。

 キミが彼女に向って、フィーとよく言っていた。

 だから、フィーさんと呼ばせてもらっている。

 

 あとは、王冠を被っているから、フィーさんは王族なのかもしれない。

 異世界すぎて、価値観が違うかもしれないが、

 僕の価値観からすれば、キミは王族に仕える騎士や貴族の類だと想像は難くない。


「!! あなた、リアを返し……え」

 キミを守るため、僕は命を賭ける。

 死ぬつもりは毛頭ないが、難しい。

 ここは死地だ。

 死のにおいと、気配がこだまする。

 

 ……どうせ、元の世界には戻れない。

 ……姫様との約束は、もう果たせそうにない。

 なら、この命はキミのためにある。


「あの、生きて、帰ってきなさい。

 リアも、私もそう望みます。

 あなたは、救われなければなりません」

 何かを言っていても、言葉が分からない。

 ギィードゥ? ドル? リア、フィー?

 全く理解できそうにない。

 だが、そのカーテシーと呼ばれるスカートを広げて一礼する姿は流麗で、覚悟の秘めた目が印象的だった。





「待て、なんで一人で行こうとする!?

 どうして、一人で背負い込もうとする!?

 ……俺には、背負えないからか?」

 右目に大きな古傷のある金の鎧の男が、僕の前に立った。

 一度、決闘まがいのことをして、ガルとよく言っていたから、

 ガルと勝手に呼んでいる。

 

 右目の古傷を、勲章とでもいうように指さし笑っていたことを強く覚えている。

 必死な表情で両手を広げて、これ以上行くなと言っているのだろう。


「王国には、君を受け入れる準備がある。

 俺が、ガルバディア将軍としてとりなせば、陛下は動いてくれる!

 皇国なんかに仕える理由はないはずだ!

 皇国の奴隷たちのように、君を使い捨てるような真似は決してしない!

 こんな死地に、君が赴く理由はない!!」


 首を横に振って叫んでいる。

 分かっている。

 ずっと、突っかかってきていても、

 ガルは優しいやつだ。


 手を無視して肩を叩き、通り過ぎた。

「ありがとう、お元気で」

 するりと刀を抜いた。

 きらめいた銀色の刀身を高らかと掲げる。


「っ……バカだよ、君は!!」


 もう追ってはこない。

 軍勢の足音が強く響く。

 一斉に駆ける音、重厚な蹄の音が駆け抜ける。


 逃げてくれた。

 もう、憂いはない。

 ほとんど同じだ、いつもと同じ。

 違うとするなら、相手が人間ってこと、それと……。

 姫様のためじゃなく、キミのために戦うってことぐらいだ。






「言葉は通じないだろうが、礼儀だからな、名乗らせてもらおう。

 僕は、帝国騎士団、第四師団、師団長。勇者アルス!

 参る!!」


 刀身を横溜めに構え、駆ける。

 一斉の矢を斬りはらい、前に付き進む。

 狙うは、叫ぶ奴。

 指揮をしているモノだ。







 何時間、経った?

 さすがに、息が切れる。

 ……もう、キミは逃げきれたのだろうか?

 血のりがこびりついた刃を払う。いくらか鈍ったが、まだ光る刀身に余裕はもうない。

 もとより、刀は消耗品ではあった。

 ぐっと力を込めて、袈裟懸けに切り落とすのに、強い抵抗が生まれている。


「隊列を崩すな! 囲め!!」

 襲う兵をいなし、弾き飛ばして、声を上げた指揮官の首を刎ねた。

 振り下ろされる刃を受けることはできず、なんとかよけ続けてはいるが、かすり傷でも血を失う。

 当たるわけにはいかなかった。


「斉射!!」

 一斉の火炎魔法、数は10。

 できる限り、避け、無理なら刃で切り裂く。

 足の感覚が薄れてきた。

 だが、まだ膝を折るわけにもいかない。

 地面にある人の残骸に足を取られぬよう、念入りに地面を踏みしめる。


「ここから先には、行かせぬ!

 ここを通りたくば、僕を倒していくがいい!!」

 僕の後ろを進もうとする兵を優先して斬り捨てる。

 逃げるキミを追わせるわけにはいかない。





「囲め、十重二十重に囲んで攻撃を加えるのだ!」

「駄目です!いくら囲んでも、力づくに突破されていきます!」

「まだ半数近く居る! 数万以上もの大軍がいるのだぞ!

 ましてや、王国のガルバディア将軍が相手ならまだしも、

 それを何故たった一人の無名の兵に、我が軍が壊滅する!?

 どうして、進撃を止めることすらままならぬ!!」


 見つけた。指揮官と参謀だ。

 明らかな言い争い、そして、豪華な服装。

 金をあしらう軍服に向かい、一直線に斬り進む。

 だが、足が思ったより重い。

 鉛のような重さで、走りだせない。


「な…まさか?」

「狙いは、士気か。

 これだけの鬼神。十分に成功されている。

 皇国の戦闘奴隷か? だが、それにしては首輪がない……。

 皇国の切り札と見ていいな。

 このままでは、我が軍は見るも無残に惨敗するのでしょう」

「なら、俺が行こう」



 斉射される矢や魔法が多い。

 足が重い今では、余裕をもった回避は難しい密度。

 軍馬のような突撃も、馬の脚を裂き、乗った兵士ごと逆袈裟に斬り捨てる。

 血で濡れた柄が滑りやすく、斬る抵抗が大きい。

 ……握力が弱くなったか。



 切り返した瞬間、刀身が悲鳴をあげて砕けた。

「姫様から頂いた……刃が……」

 反射的に顔をひねった瞬間、頬に鋭い衝撃が走る。

 矢か? いや、槍だ。


「俺はフィディオン魔国、ドール将軍だ。

 貴君との一騎打ちを申し込む」


 絢爛な金の鎧。先ほどの指揮官だ。

 槍の石突を地面に強くたたく。

 挑発?

 いや、これは一騎打ちだ。


 その証拠に、敵の槍だけが、戦場の喧騒と切り離されたように静かだった。

 見守るように兵士たちが囲っている。


「……参る!」

 言葉いらない。

 折れた刀の代わりに地面に落ちた剣を拾い、

 刃を振る。……この剣は、重心が刃先にあるな。

 重さで切るしかない、か。


 相手の手から伸びるように扱う槍は、予備動作が少なく見づらいが、それだけだった。

 鋭い直線的な動きを剣でいなし、返す刃で首を跳ね飛ばした。

 衝突の際に、右腕が強い悲鳴を上げた。

 斬鉄と魔物の皮膚では、こうも負荷が違うのか……。


 恐れて離れていく兵士を尻目に、僕は刃を天に掲げた。

 勝利だ。







「……我らが撤退すれば、おそらく彼は引くでしょう。

 もし、引かなければ……我らは全滅でしょうな。

 いかが成されます?」

「……貴君は敗北主義者だな。

 以降の指揮は我ら奴隷奪還隊が取ろう」


 数拍の後、タァーンと金属音が響き渡った。

 音の先では、胸に風穴の開いた参謀らしき男の姿。

 あれは、南蛮の……火縄銃の類か?

 

「前進せよ! 勝利は目前である!」

 号令と同時に、兵士たちが怯えた目で、僕に向かう。

 ……誘導されている。

 恐怖での支配、か。胸糞悪い。


「『奴隷奪還隊』は、これよりこの戦場を督戦する!

 逃げる者は我らの魔法と魔銃にて焼かれ、切り裂かれ、轢き潰されると知れ!」


 一斉に襲い来る兵。

 指揮も統率もへったくれもないが、

 死の恐怖のしみ込んだ、死兵は手ごわかった。


 息が乱れ、視界が明滅する中で、この一斉攻撃はかなり辛い。


 無数の矢や魔法、鉄の玉が味方を巻き込んで飛び込む。

 ……避けきることもできなかった。

 ……腕が重く、斬り捨てることすらできない。

 敵の兵や死体を盾にしても、目に見えて傷ついた。

 



「くっ!? バケモノめ!

 この血塗られた皇国の犬が!!」

「これで、最後だ」


 最後の指揮官を切り捨てた。

 すでに敵は壊走している。

 ――足が重い。まるで鉄を背負ったようだ。

 服が重く感じる。血みどろだ。

 ふらりと揺れる視界の中、誰一人立っていないことを確認できた。

 

 

 

 

 一色の振袖が映える黒い髪。

 血の色に沈む視界の奥で、

 白い袖だけが、やけに鮮やかだった。

 途切れかけた意識の中で、見えたのは幻覚だったのかもしれない。

「アルス、やっぱりあなたは最強の勇者ね。

 ありがとう、私の愛しい婚約者様……。

 私がピンチの時、助けにきてね?

 ――絶対だよ?」

 ああ、姫様、申し訳、ございま、せ……。









「バカ、バーカ。

 どうして、だよ。

 ……帰って来いよ。生きて、また勝負しよう。

 なんで、最後まで、俺より先に行くんだよ……。

 名前ぐらい、憶えて、話せるように、なってくれよ」


 血だまりの戦場の中、アルスは満ち足りた顔で眠っていた。

 ガルは、そっと座り込み泣き崩れた。

 



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