8 婚約披露パーティーの主役は
いよいよ婚約披露パーティー当日を迎えた。
ラナはイーヴァルにエスコートされて、賑わう大広間へと入場する。寄り添う二人の後ろ、二メートルほど離れた位置にサフィニアが続く。
貴族の一夫多妻が珍しくないこの辺りの地域では、夜会において暗黙のマナーがある。多数の妻を持つ男性は、夜会が始まって最初のうちは第一夫人と過ごす、というもの。
ダンスのある夜会ではファーストダンスを終えるまで。歓談の食事のみの場合は、大方の挨拶まわりを終えるまで。その区切りの後から、ようやく第二、第三夫人たちは旦那様との行動を許される。
結婚の前段階である、婚約期間中もその暗黙の了解は適用される。
サフィニアもマナーに則り、第一夫人となるラナから一歩控えた位置を歩いて入場した。
けれど、そういうマナーとはいえ。当然、人々の好き勝手なヒソヒソ声は浴びることになる。
『あの名門ガルシア家のお嬢様が第二夫人!?』
『第一夫人としてご婚約したと噂を聞いていたが』
『マーティン様がエスコートしているお嬢様は誰なの?』
(あらら。やっぱり、噂の的になってるわ)
まぁ、こうなるだろうとは思っていた。
ざわめき声が上がるのは、イーヴァルも承知の上。彼は大広間の中央まで歩み出ると、意を決したかのように声を張った。
「皆様、この度はお集まりいただき感謝申し上げます。こちらのご婦人はラナ。聖女の力を発現した尊き乙女です。彼女を第一夫人として、我がマーティン家に迎え入れることが決まりましたので、ご紹介いたします」
ラナの背中に手を添えて、イーヴァルは高らかに発表した。ラナは緊張しながらも前に出て、笑顔を浮かべた。
「皆さん、こんばんは。ラナといいます。夜会は初めてだから緊張しちゃうけど、皆さんと仲良くなれたらいいなと思います。よろしくね!」
ラナはお決まりの気さくな挨拶で愛嬌を振りまいた。
彼女が身にまとっているのは、サフィニアが譲ったドレスだ。アレンジを加えて、ばっちり着こなしている。髪型はいつものハーフアップツインテールではなく、サイドテールを高い位置に結って巻き、大きなリボンを飾っている。
可憐、華やか、まじ天使。満面の笑みで周囲に手を振る推し。さながらアイドルのコンサート。
少し離れた位置で控えながらも、サフィニアは心の中ではうちわを振りまくっていた。
(ファンサあざ――――っす!!!!)
と、手放しで大はしゃぎしたいところではあるが。ここは貴族たちの夜会。
周囲の人々はラナの軽い態度に唖然とし、反応に困ってどよめいていた。
(クッ……やっぱり拍手は上がらないわね……)
原作漫画では、ここで拍手が上がるはずなのだが、残念なことに展開が進まない。というのも、イーヴァルの側仕えの拍手が皮切りとなって人々がつられていく、という流れなのだが、肝心の側仕えがサフィニア派になってしまったからだ。
(ならばわたくしが……!)
フラグが立っていないなら、自分でイベントを強制進行するまで。
サフィニアは爆音で拍手を轟かせた。掌を打撲する勢いで、パチパチパチパチ音を響かせる。周囲もようやく、つられて拍手しはじめた。よし、無事に誘導できたわ。
ラナは拍手に包まれたことに喜び、イーヴァルはどこか安堵した顔を見せた。
一仕事終えたサフィニアは壁の方へと下がっていく。
ここからは歓談の時間。しばらくしたらファーストダンスが始まる。が、ダンスの前にサフィニアの出番はおしまいの予定。
(さ~て。しこたま飲んで、酔いつぶれますか)
漫画内では、サフィニアは酔いつぶれて、いつの間にかフェードアウトしている。もうお役御免というわけ。
というわけで、シナリオ通り酔っぱらいになるべく、シャンパンをあおった。う~ん美味い。頭空っぽで飲む酒は美味い。
もはや気分的にはモブ。後は推したちの初々しいダンスを観賞して、『キャ~、素敵~!』などとガヤセリフを投げるだけ。
そう思っていたのに。予想外に、他の貴族家のご婦人方に囲まれてしまった。
「サフィニア様、少しお話しませんか?」
「聖女のラナ様って、貴族家のご出身ではないですよね?」
「いいんですか? 第一夫人の座をお譲りになって」
ご婦人方は好奇心を隠しきれない、といった面持ちでちょっかいをかけてきた。『ちょっと意地悪な話題を振ってやろう』という思惑で寄ってきたのだろうけれど。ほろ酔いでご機嫌なサフィニアは、彼女らの意図に気付かなかった。
「うふふ、聖女様は尊いお方なのですから、第一夫人でしかるべきです! わたくしは嬉しくて仕方ありませんの! だって、あんなに可愛らしい子と同じ屋根の下で暮らせるんですよ! 貴族のマナーなども、わたくしが教えて差し上げないといけませんわね! 閉ざされたお屋敷の一室で、二人きりの授業。ふひっ、なんだかお耽美な響きですわー! 旦那様のいない間に、いつの間にか夫人二人の仲は深まっていきデュフフwフォカヌポゥwww」
オタク特有の早口で長文妄想を語っていると、いつの間にか集まっていた婦人たちは、一人、また一人と姿を消していた。
そうして最後の一人が遠い目をしてフェードアウトしていった時。ふと、大広間の扉のあたりに目がいった。
「って、えっ!? あれ!? ラナちゃん、どうしたの!?」
見ると、ラナがふらふらと覚束ない足取りで、イーヴァルに支えられているではないか。彼はラナを庇いながら大広間を後にした。
慌てて後を追うと、ラナは別室のソファーに横たえられていた。
「何があったのですか!?」
「酒を一気飲みしてしまったみたいで」
「なんてこと……! まさか、ジュースと間違えて!? あなたがついててどうして……!」
「不甲斐ない……。少し目を離した間に」
「なんでよそ見なんかしてるのよ! おバカ!」
バカタレィ! ふわふわヒロインから目を離したら、こうなるのはお約束やろがい!
心の中で歯ぎしりをしてしまったが、イーヴァルはキッとこっちを睨んできた。
「君を……、君のことを、目で追ってしまっていたんだ。第二夫人に降格されたことで、他の貴族連中に不快な絡まれ方をしているのではないかと……心配だったんだ」
「……っ」
何、その気遣い! シナリオにないことするのやめてもろて……!
叫びそうになったが、ぐっと呑み込んで頭を抱えた。今は突っ込みに労力を割いている場合ではない。
(原作で酔いつぶれるのはサフィニアの方なのに! シナリオどうなっちゃってるの!? どうしよう、この後の展開は――……)
この後はファーストダンスのシーンが来る。ラナはイーヴァルにエスコートされて可憐に踊りきり、『いやはや、思ったよりお似合いじゃないか』と、周囲にも第一夫人としての地位を認められるシーンだ。
(このシーンを飛ばしたら……シナリオがもっと狂ってしまうわ! ラナちゃんが完全に不利な状況になっちゃう!)
今のところ、彼女は何も良いフラグを立てられていない。侍女たちも、側仕えも、ラナの虜とは言えない状態。イーヴァルにすら、よそ見されている……。
こんな状況だというのに、もうストーリーは折り返しを過ぎようとしている。
(どうにかしないと!)
サフィニアは覚悟を決めて、自分の胸をドンと叩いた。
「わたくしが変装して踊ります!!」
「は!? 変装!? そんなことせずとも、皆に事情を説明すれば――」
「黙らっしゃい! ヒロイン不在の山場なんて、解釈違いだわ」
黙らっしゃい……と、小さく反芻し、ポカンとするイーヴァルをよそに、サフィニアは使用人たちにビシバシ指示を出していく。
「広間の灯りを暗くするように、使用人たちへ伝えてちょうだい。歓談の時間は引き延ばして! 急いでドレスを着替えるから、手伝いの人員を寄越して。カツラも用意して! 大至急!」
パン! と手を打ち鳴らして皆を急かし、無理やり状況を整えた。
少し時間が過ぎて。
大急ぎで変装を完成させ、姿見を前にして汗を拭った。
「ふぅ……どうにか形になったわ」
地毛は小さくまとめてカツラの中に収納し、ラナに似せたヘアメイクに整えてもらった。ドレスも彼女と交換し、どうにか体をねじ込んだ。元々のデザインがサフィニアのものだから、見た目的には馴染んでいる。が、大きさはラナサイズに仕立てられているので、若干ムッチリしてて苦しい。
(推しの細さを身をもって感じられる……。あぁ、苦しさすらも喜び……。気持ち悪いオタクでよかったわ)
そそくさと大広間へ向かうと、指示通り、灯りは最小限に落とされていた。この暗さならバレずに踊れそう。原作の煌びやかな夜会とは違って、大人っぽいムーディーな雰囲気だ。
薄暗い中、イーヴァルの姿を探す。こちらが見つけるより早く、彼に肩を叩かれた。
「サフィ……「ラナ、と、お呼びくださいね。イヴ」
名前を呼ばれる前に、ラナと自らを名乗った。イヴ、という愛称も彼女と同じように。
彼は目を見開き、複雑な表情をした後、顔を背けた。
「何? わたくしにイヴって呼ばれるの、そんなに嫌? 変装中くらいは我慢してくださいな」
「違う。そうではなく……」
薄暗い中だったので、イーヴァルの頬が赤く染まっていたことに、サフィニアは気が付かなかった。
コソコソ小声を交わしているうちに、音楽の演奏が始まった。ファーストダンスの時間だ。
二人は小競り合いをしながらも、手を取り、体を揺らし始めた。
今日まで、イーヴァルはラナのダンスの練習のために付きっきりだった。そのため、サフィニアは初めて彼と踊る。
無難に踊れればいい、くらいの気持ちだったのだが、思いのほか踊りやすくて驚いた。
「イヴはダンスがお上手なのですね。とても踊りやすくて楽しいわ」
「こちらのセリフだ」
思いがけず興が乗ってしまい、つい、二人で笑みをこぼしてしまった。
二人の優雅なダンスに、周囲からは感嘆の声があがる。
『ラナ様、でしたっけ? ダンスがお上手だこと』
『お似合いのお二人ですね』
『なるほど。イーヴァル殿が第一夫人にお選びになった気持ちがわかったよ』
『市井のご出身とは思えない美しさだわ……さすが聖女様』
聞こえてくるのはラナへの称賛の言葉。半ば強引に変装してでも踊ったかいがあった。推しの体面はどうにか守られた。そして、シナリオの流れも。
耳に心地良い称賛を聞きながら、無事に一曲踊り切った。
サフィニアの気分はこの上なく良かったのだが、一方のイーヴァルは眉を下げていた。青い目を細め、顔を近づけて言う。
「称賛されるべきは、貴女なのに」
「……え、」
音楽が終わったというのに、イーヴァルは未だサフィニアの腰にまわした腕を解かない。それどころか、ぐっと力が込められた。
そのまま、彼の整った顔がゆっくりと近づいてきた。
(ちょっ……え、え? キス、される――……!?)
ラナとのダンスシーンでキスなんてしたっけ? ちょちょちょっ、待って待って待っ……
唇同士が触れ合う直前――。
サフィニアはギュンッと首を九十度横に回して回避した。口づけは頬へと着地。頬なら一応、セーフということで。危なかった……。
イーヴァルの口づけはこの後の展開で、ラナのためにあるのだ。
「口づけは第一夫人ラナ様のために。無節操は許しませんわ」
小声で注意して、身をよじって回された腕から抜け出す。彼は何か言いたそうな顔をしていたが、けれど、口を閉ざした。
「汗をかいてしまったので、わたくしは少し夜風に当たってきます」
イーヴァルを押しやって、大広間の中心からはけた。一瞬、切なげに表情を崩すイーヴァルが見えた気がしたが、振り返らずに歩き去る。
大股の早足で広間を出て、庭まで逃げてきた。そこでようやく呻き声を上げた。
「びっっっくりしたぁ……キスされるなんて思わなかったわ……」
正直、死ぬほど動揺した。未だに心臓がドキドキしている。そりゃあ、自分だって一応、年頃の娘だ。殿方に情熱的な面持ちで迫られたら、ドギマギもする。
が、その役目はヒロインのもの。敵役がラブコメを謳歌してどうする。
「はぁ……焦った~……」
独り言のつもりだったのだが。
「嫌だったか?」
背後から声をかけられ、驚いて体が跳ねてしまった。




