7 ラナとイーヴァルのデート回
第一夫人の位ならば婚約OK、とのことで。本日、ラナは正式に婚約書類にサインを入れて、今ここにイーヴァルと聖女の結婚が約束された。
応接間の扉の向こうから、二人の話し声が聞こえてくる。
というか、無理やり会話を聞き取ろうとしているのだが。サフィニアは扉にへばりついて、中の様子をうかがっていた。
(っしゃ! 無事に婚約が結ばれたみたいね。よかったぁ~)
一時はどうなることかと思ったが、これで一安心。シナリオは滞りなく進み、室内は和やかな雰囲気だ。
「二ヶ月後に夜会があるから、そこで皆に婚約を発表する。ラナの社交界デビューもその日になるな」
「わぁ~、なんだか照れ臭いなぁ。でも楽しみ! 恥ずかしいけど、わたし、ドレスを着るの初めてなの」
「初めてならば、より一層、上等なものを用意しなければ」
「イヴ、この後時間あったりしない? もしよかったら、ちょっとだけ、ドレスを見に行ってもいいかしら? 待ちきれなくて……!」
「あぁ、かまわないよ」
はい、来ましたー! 二人でドレスの打ち合わせをしに行く、実質デート回。原作通りの流れ。良き良き。
軌道に乗っている展開にほっと胸をなでおろし、サフィニアは応接間の前から離れた。盗み聞ぎ……いや、見守り任務、終了。
素知らぬ顔で自室へと帰る。
が、その途中、思いがけず背後から声がかかった。
「あっ、サフィニア。ドレス店に行くのだが、君も一緒にどうだろう。そろそろ仮縫いがあがる頃だろうから」
「え!? あ、はい!?」
突拍子もない誘いに驚いて、首がねじ切れそうになる勢いで振り向いてしまった。
(はい!? あなた何言ってんの!? これからラナちゃんと二人でデートでしょう!?)
という意味で聞き返したのだが、サフィニアの『はい』は肯定の返事だととらえられてしまったらしい。
「では、支度を。下で待っている」
「いやっ、ちょっ、待っ……」
「サフィニア様、お出かけされるのですね?」
「すぐにお支度のお手伝いを!」
即座に現れた侍女集団に囲まれて、弁明する前に部屋へと連れ去られた。
あれよあれよと出掛ける準備が整えられ、イーヴァルとラナの待つ馬車へと押し込まれた。
動き出した馬車。何も考えてなさそうな涼しい顔のイーヴァル。若干遠い目をしている気がするラナ。二人の正面に居座る敵役。
(気まずっ……。わたくし邪魔では????)
この世界では貴族の一夫多妻は珍しくないので、男性が女性数人を連れてドレス店を訪れるというのも、まぁ、なしではない。けども、それはそれとして、ノンデリな行為ではある。
(でも……! 二人のデート回を間近で観賞できるってのは、正直胸熱。ドチャクソ楽しみではあるわ。くぅうううっ、この欲望め! 欲望め……!)
邪魔をして申し訳ない気持ちと、推しのデート回を楽しみたい気持ちと。相反する気持ちが心に渦巻く。が、ギリ欲望の方が勝った。だからこうして図々しく居座っているわけで。
ちなみに、誘われなかったら自主的にストーキングを……見守りをする予定ではあった。でも、さすがに店の中にまでは入れないから、こうして一緒に行動する機会をもらえたのは幸運だった、と、思っておこう。
馬車は街のドレス店の前に停まり、三人で店の扉をくぐり抜けた。
店員がへこへこしながら声をかけてきた。
「これはこれはイーヴァル様! おいでいただき感謝申し上げます。ちょうどサフィニア様のドレスの仮縫いが上がっておりますよ。本日はご試着を?」
「あぁ、頼む。それから、もう一着仕立ての依頼を」
イーヴァルはさりげなく、店員にラナの存在を示した。
店員は『かしこまりました』と笑顔で対応。さすがである。新しい女性を連れてきても、少しも態度を崩すことなく、スマートだ。
状況に慣れていないラナだけが、少し複雑な顔をしている。ごめん、そういう顔も可愛いわ。推しの拗ね顔、栄養価高すぎ。
店員に案内されて、サフィニアは試着室へと移動した。仮縫いのドレスを着せてもらって、鏡の前に立つ。
(う~ん、派手。これぞサフィニアドレス)
はっきりしたきつめの顔立ちのサフィニアに、ぴったりはまるドレスだ。
「お連れ様をお呼びしますね」
店員がイーヴァルたちを呼びに行った。
わざわざ披露しなくても、二人の反応はもう知っているから、いいのだけれど。
原作漫画では夜会当日に、サフィニアが贅沢ド派手ドレスを身にまとい、二人にお披露目する。ラナに格の違いを見せつけてやろうと、意気揚々と登場するのだ。
が、ラナには、『わぁ、すごーい! サーカスの衣装みたい!』と悪気のない純粋無垢なディスりを食らい、イーヴァルにも『けばけばしくて下品だ』と酷評される。
キィーッとなって荒れ狂い、化粧と髪型を乱すサフィニアとは対照的に、ラナのドレス姿は非の打ち所がないほど可憐で、イーヴァルは完全に心射抜かれる、という展開。
そういうわけで、ドレス披露は夜会当日のシーンのはずなのだが。どういうわけか今日になってしまった。シナリオが前後している。
(ちょいちょいストーリーがおかしくなるわね……)
まぁ、大筋が変にならなければいいか。いいのか……? と、もやもや考え事をしている間に、イーヴァルとラナが試着室に入ってきた。
「わぁ、すごーい! サーカスの衣装みたい!」
サフィニアを前にした瞬間、ラナが大きな目をパチクリさせて、満面の笑みで言い放った。
(名ゼリフいただきました!! ありがとうございます!!)
彼女のこのセリフは、高火力ディスりとしてファンの間では人気のセリフである。本人に悪気が無いということろが、よりポイントが高い。ネタとしても愛されているセリフである。
続いて、イーヴァル。彼はサフィニアの姿を上から下まで見回して、容赦のない酷評を口にする。
「煌びやかで、貴女によく似合っている。素敵だ」
酷評を…………え????
「え……!? な……何普通に褒めてるの……?」
ドストレートに褒め言葉を食らって、思わず、こっちも普通に照れてしまった。
「ふっ、貴女もそういう顔をするのだな」
イーヴァルはクスッと息をこぼし、小さく笑った。
(何よそのセリフ!! ラブコメか!!!!)
いやラブコメ漫画だけども! 悪役を対象にすな!
不意打ちの小恥ずかしさ。なんだか居たたまれなくて、とにかく空気を変えるべく、傍らのテーブルに置いてあったカタログを手に取った。
「わたしくはいいから、早くラナ様のドレスの打ち合わせに行ってらっしゃいな! あっ、ほら、これなんてどうです? まるで花の妖精! 絶対に可愛いわ! ほら!!」
カタログのページをパラパラと高速でめくって、目に留まったドレスのデザイン画をバッと広げて掲げた。これは作中でラナが着るドレスの原型だ。
ラナはデザイン画とサフィニアをまじまじと見て、にっこり顔で指差した。
「うん、決めたわ。わたし、このドレスがいい!」
「そうよねそうよね! やっぱりこれよねぇ~!」
あなたの公式衣装だものね! 似合うに決まってるわ! と、高速で頷いたのだが。よくよく見ると、ラナの人差し指はカタログには向けられていなかった。
指し示した先はサフィニアの体だった。
「サフィニアさんのドレス、とっても素敵だわ。わたし、これを着たいなぁ」
「え……わたくしの、ドレス?」
ラナがサフィニアのドレスを選ぶ……? そんなこと、ありえない。
完全にストーリーが違う。原作漫画ではこんな展開なかったじゃない。
イーヴァルが困惑した面持ちで、ラナの手をそっと包み、下げさせた。
「このドレスは彼女の物だから……」
「じゃあ、わたしも同じデザインにして。煌びやかですっごく素敵なんだもの! もうこれ以外考えられないわ」
花のような笑顔でサフィニアのドレスを褒めるラナ。対するイーヴァルは焦りを募らせていく。
「ラナ……! すまないが、サフィニアの気持ちも考えてくれ」
なんてことだろう。イーヴァルがサフィニアを気遣うなんて。このありえない状況を原作のサフィニアが見たら、衝撃のあまり気を失いそうだ。
でも、今ここにいるサフィニアは――。
「わたくしの気持ち、は…………ごめんなさい、イーヴァル様。わたくし、ドッッッチャクソ興奮してます。はい」
「ドチャ……!? はぁ……!?」
気を遣って庇ってくれたのに、ごめんイーヴァル。推しがそう言うなら、それがもう正解なの。
わたくしのものはあなたのもの。あなたのものはあなたのもの。ラナ、あなたがこの世の理。
妄信オタクとして、満面の笑みでラナに向き合った。
「光栄です。どうぞ、差し上げますわ」
ニチャア……。粘っこい笑顔で、両手を広げて意思を示す。
推しに自分の衣装を着せることができるなんて。彼シャツみたいな高揚感がある。控えめに言ってたまらん。
原作のラナは可愛い系のドレスを着るのだが、彼女の華やかな容姿なら、ド派手ドレスだろうが上手く着こなせるだろう。ヒロイン補正を信じてる。
早速、店員に指示を出した。
「このドレスは彼女の体に合わせて仮縫いをし直してちょうだい。デザインの調整も彼女好みにお願いね」
「待ってくれ……! 君はどうするんだ! もう一着仕立て――」
「いりません。また込み入った打ち合わせをするのは面倒なので。わたくしは既成ドレスを選びますわ」
もう一着仕立てる方向に話を持っていこうとしていたイーヴァルを止めて、サフィニアは試着室内のマネキンが着ていた既成ドレスを指差した。
「これでいいわ。これ」
「……っ! また君は、適当に選んで!」
イーヴァルはムッと頬を膨らませた。あらやだ、ギャグ漫画みたいなお顔。少女漫画のヒーローがそんな顔しないでちょうだい。
彼は頬を膨らませたまま下がっていき、どこからか別のドレスを選んで取ってきた。
「こっちにしろ。どうせどれでもいいのだろう」
投げやりに言われたけれど。彼の選んできたドレスは素敵なデザインだった。漫画内では出てこないデザインだ。サフィニアの見た目の雰囲気とは少し違う系統。
(ふ~ん、こういうドレスもあるのね。わたくし、着こなせるかしら)
上から下までまじまじと見ていると、イーヴァルはムスッとした声音で吐き捨てた。
「私の好みで選んだ。何か文句でも?」
「えっ……」
思わず顔を上げると、バチリと目が合った。声音とは裏腹に、イーヴァルは顔を真っ赤にしていた。
サフィニアもつられて赤面してしまった。
「じゃ……じゃあ、ええと、これでいいですけども。試着したら、わたくしは先にお暇しますので、後はお二人で!」
イーヴァルの背中を押して、ラナの方へと押しやった。そのままグイグイと、無理やり二人を室外へと追い出した。
二人がいなくなった試着室で、熱くなった頬を扇ぐ。
(何なのよ、今のやりとり。悪役令嬢とヒーローの茶番劇なんていらないから)
ドレスの仕立てデート回は、ラナとイーヴァルがラブコメを繰り広げる展開なのに。どうして自分まで巻き込まれているのか。なんかおかしくないか……?
胸中をぐるぐるさせながら試着を終えて、サフィニアはさっさと一人で帰ることにした。
そうして店を出ようとした時。
打ち合わせ室の扉の隙間から、一瞬だけラナの姿が見えた。彼女はこちらに気が付いて、顔を上げた。
(え……あれ? ラナ、ちゃん……?)
ラナは見たことのない表情をしていた。作中では描かれたことがない、どろりとした、不服そうな表情。
でも、どこか覚えがある表情だ。あぁ、そうだ、あの顔は――……。
(悪役令嬢サフィニアの顔に、似てる……かも)
原作でサフィニアが、心を負の感情に蝕まれ始めた時の顔。嫉妬、愛憎、欲望……敵役の生々しい表情。ヒロインの顔ではない。
パタリ。店員が扉を閉めて、ラナの姿は見えなくなった。
サフィニアは店を出て、馬車へと乗り込んだ。
さっき一瞬見えた怖い顔が、脳裏に焼き付いて離れない。けれど……
(あれはあれで……ありよりの、あり)
だってあなた、ビジュがいいから……。どんな表情をしても絵になってしまうんだもの。
(ごめんねラナちゃん。愛しのイーヴァル様が無駄にわたくしに絡むから、威嚇したのかもしれないけれど……わたくしはそんなあなたすらも消費してしまうの)
推し全消費。オタクの業。
原作のサフィニアだったら、動揺してダメージを食らっていたかもしれないけれど。今この場にいるサフィニアは心に毛が生えてるから。剛毛だから。ノーダメ、ごめんなさいね。
それはそれとして。やたら絡んでくるイーヴァルはどうにかしないといけない。
頭を悩ませながらの帰路となった。




