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6 詫びデートとドレスの仕立て

「街に出ないか?」


 と、イーヴァルに誘われた。


 あれから側仕えの説得も上手くいき、ラナ側とのやり取りも順調に進んでいるらしい。婚約はほぼ内定状態、とのこと。


 ひと段落ついたということで、ここらでサフィニアへの詫びショッピングでもしておこう、ということだろう。


(買いたい物もあるし、丁度いいわ)


 この際だから、好きな物を買わせてもらおうじゃないか。イーヴァルを財布にするつもりで、サフィニアは彼と一緒に街へと繰り出した。


 が、馬車が停まったところは、ドレス店の前だった。

 よくある『今日は自由に、好きなだけ買っていいぞ』なお出かけかと思ったら、ちゃんと用事があったらしい。


「ドレス店にご用事が?」

「今度の夜会用に、君のドレスの打ち合わせをしようと思って」

「わたくしの?」


 サフィニアのドレスの仕立ての打ち合わせを一緒に? そんなイベントは原作漫画にはない。知らない展開だ。


 動揺を隠しきれずにいるサフィニアをよそに、イーヴァルは手を引いて歩きだしてしまった。

 エスコートされる形で店内へと足を踏み入れた。


 中には所狭しと布やドレス素材が置かれている。身なりの良い店員によって、奥の部屋へと案内された。

 席に着くと、隣に座ったイーヴァルが緩んだ微笑を浮かべた。


「ドレスには好きなだけ予算を使っていい」

「詫びドレス、ってことですか。それはありがたいです」

「詫びというか……まぁ、そうだな。そうではあるが……」


 彼は何か口ごもっていたが、その間にも店員たちによって、テーブルの上には分厚いカタログがこれでもかと並べられていく。


 カタログのページをパラパラとめくりながら、今、自分は原作漫画のどの時間軸にいるのかを考えた。


(今度の夜会、っていうのは、婚約のお披露目夜会のことよね)


 作品内では中盤あたりか。マーティン家が主催する夜会で、イーヴァルは自身の婚約を大々的に周知するのだ。

 交流のある貴族たちや、有力な上層領民たちを招待しての婚約披露パーティーである。


 一介の町娘だったラナが、美しいドレス姿に身を変えて社交界に登場するという、煌びやかなシーン。読者の高揚感も最高潮に高まる、作品中盤の山場。


 そのイベントを前にした幕間が、今日この打ち合わせ、ってことね。理解理解。


 第二夫人に降格されることを知ったサフィニアは、怒りに任せて散財し、これでもかと金をつぎ込んで豪華なドレスを仕立てる。


 が、結局、サフィニアは最上級の贅沢ドレスを身にまとっても、イーヴァルの愛を勝ち取ることはできない。イーヴァルは夜会のすべての曲を、ラナとのダンスに費やすのだ。サフィニアは一曲も踊ることが叶わなかった。


 というのも、自信満々で仕立てた勝負ドレスを、イーヴァルとラナに酷評され、憂さ晴らしに酒をあおって酔いつぶれてしまったから。


(結局、酔いつぶれるだけの夜会だし、ドレスは適当でいいわ)


 原作のサフィニアみたいに、気合いを入れまくって打ち合わせをする必要はなし。気楽にいきましょう。


 カタログには様々なドレスのデザイン画がまとめられている。見ていて純粋に楽しい。

 王道のAライン、セクシーなマーメイド、豪華なエンパイア。洒落たワンショルダー。などなど。


 大体の原型となるデザインを決めてから、さらにシルエットの調整、布や飾りをオーダーして、世界に一つだけのドレスを仕立てていく。


 これぞ、という自分だけの一着を作るための打ち合わせ。なのだが。気づいたら、自分のドレスよりも推しに着せたいドレスを探してしまっていた。


「うわ、このドレス絶対聖女様に似合うわ。あぁっ、こっちも可愛らしい。色っぽいデザインも雰囲気が変わって良いかも。待ってこれも可愛い」

「サフィニア」

「はい」

「聖女ではなく、貴女のドレスを選びに来たのだが?」


 隣を見ると、イーヴァルは不機嫌そうに目を細めていた。あぁ、ごめんあそばせ。推しの着せ替え妄想が楽しすぎて、一瞬あなたの存在を忘れていたわ。


「あぁ、ごめんなさい。時間を割いていただいているのに」

「時間のことはいい。君はどういうデザインが好みなんだ」

「それじゃ、これで」

 

 聞かれたので、二秒で適当に選んで指差した。

 その途端、イーヴァルはガクリと項垂れた。


「おい……適当に選んだだろう」

「いえいえいえ。そんなことは。全然めちゃくちゃ大真面目ですわ」

「……もういい。私が選ぶ」


 そう言うと、彼は真剣な面持ちでカタログをめくりはじめた。


(あらまぁ。わたくしより真剣)


 そんなに真面目に選ぶことないのに。どうせ夜会でサフィニアの見せ場はないのだから。

 そう教えてやりたかったが、真剣な空気に横槍を入れるのは憚られた。


「これはどうだ? 貴女に似合いそうだ」

「このデザインは――」


 イーヴァルが指差したデザイン画は、まさに作中でサフィニアが身にまとうドレスの原型だった。


「えぇ。きっと似合うでしょうね」


 公式衣装なのだから、当然。ばっちり着こなせるだろう。

 彼はサフィニアの反応を見て頷くと、店員に指示を出していった。


「もっと飾りを足そう。フリルとレースも。君は顔立ちが華やかだから、ドレスも派手な方がいい。合わせるジュエリーには大粒の宝石を」


 適当なサフィニアをよそに、あれこれ店員に注文を付けて、打ち合わせに熱を入れるイーヴァル。

 これはシナリオ補正か。結局、贅沢で派手なサフィニアドレスが完成しそうだ。


 彼らの様子を、他人事のように観察しながら思う。


(その熱心なお顔は、ラナちゃんとのドレス打ち合わせのシーンまで取っておいてよ)


 サフィニアとは対照的に、ラナとドレスを選ぶシーンは作中で丁寧に描かれる。今、こんな熱を入れているところを見せられては、ラナの特別感が薄れてしまうではないか。


 文句を言うつもりはなかったが、つい呟きをこぼしてしまった。


「今、この場所にいるのが聖女様だったらよかったのにね」


 独り言じみた小さな声だったのに、イーヴァルの耳には届いたようだった。彼は一瞬、なんだか傷付いたような、複雑な顔をした。


 一つため息をついてから。彼はテーブルに置かれていた商品――金細工の髪飾りを手に取り、店員に話しかける。


「これは今、購入で」

「かしこまりました」


 買われた髪飾りは、そのままサフィニアの髪へと着地した。


「貴女に」

「………………は?」


 え? なに?? なにこれ????


(イーヴァルがサフィニアにプレゼント???? は????)


 後で思い返せば、お礼くらいは言っておくべきだったと思う。が。

 この時のサフィニアは、完全に目が点になっていた。理解が追い付かなくて、『は?』しか言えなかった。



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