4 お茶会ストーキング
お茶会のシーンは屋敷の庭が舞台となる。咲き誇る花々と美少女ラナ……絵になりすぎる。名画。国宝。
サフィニアは花壇のレンガの陰に隠れて、推しウォッチングに励んでいた。
お茶を飲み、用意されたクッキーを食べながら、ラナはキャピキャピとお喋りを楽しんでいる様子。
「このクッキー、とっても美味しい!」
「お気に召しましたか? 我が家においでいただけるなら、これから毎日でも」
「う~ん、どうしよっかなぁ。イヴはどうしてそんなに聖女の力が欲しいの? 聖女ってそんなに貴重なんですか?」
「それはもう。私は喉から手が出るほどに、貴女が欲しい」
「っ!」
イーヴァルの口説き文句に、ラナがドキッと顔を赤らめた。
ここのシーンは百万回読み返したので、次の二人のやり取りも余裕で暗唱できる。
「聖女の癒しの力は、貴族ならば誰しもが欲しがる。子が力を継げば、一族安泰は約束されたようなものだし」
「えっ、子供? イヴはわたしとの子供が欲しいの?」
「あっ……いや、そういう意味では。失礼」
ラナの上目遣いの問いかけに、失言をしたイーヴァルがドキッとして赤面するシーン。あの堅物が絆され始めるシーンきちゃ~~~~。と、思ったのだけど。
(あれ? 赤面してなくない? 何冷静ぶってるのよ。真っ赤になって汗垂らしてアワアワするシーンでしょうが!)
なんだか態度が原作漫画とは異なっているような。気のせいだろうか。百万回読んだシーンだから、記憶違いではないと思うのだけれど。
おかしいな、と思っていると、さらにおかしなことに、控えていた側仕えが二人の会話に割って入ってきてしまった。
「ゴホン。お言葉ですが、お子に関しては、第一夫人サフィニア様との間に嫡男をもうけてからとさせていただきたく。旦那様も不用意な発言はお控えを」
「なっ……!」
「そう、だよね……。イヴには先に婚約してる人がいるんだもんね。わたしは邪魔……だよね」
「いや、ラナ、違うんだ! これは、その……!」
(えぇ!? 側仕えの見せ場はないはずなのに……! 勝手なこと喋り出した!?)
側仕えの厳しい注意に、イーヴァルは動揺し、ラナは泣きそうな顔をしている。サフィニアも頭を抱えて、歯ぎしりをしてしまった。
(何、余計なこと言ってるのよ! ラブコメにマジレスすな! っていうかあなた、わたくしを断罪する予定じゃないの……!?)
側仕えは完全に敵だろうと思っていたのに。第一夫人サフィニアを重視する発言をするだなんて。どういうこっちゃ。
サフィニアも動揺しているが、イーヴァルも慌てたようで、咄嗟に側仕えの腕を引いて席を離れた。
「おい、どうして余計なことを……! 我が一族に聖女を迎え入れる、滅多にない機会をみすみす逃す気か」
「マーティン家の格を上げるのはサフィニア様だと確信したので、念のため忠告させていただいたまでです。町娘とお子の話をする前に、サフィニア様と嫡男をもうけなさい、と」
側仕えはいつもの厳しい面持ちを崩さずに、はっきりと進言した。
(この人、味方になるとこんなに頼もしいのね……。いや、なられても困るんだけど)
お前はラナの味方だろうが! しっかりしろ! と肩を揺さぶりたい衝動に駆られたが、すぐにイーヴァルが口論を終わらせた。
「そういうお節介は御免だ。……もういい。下がれ」
「はい。……やれやれ。旦那様もまだまだ若造ですな」
捨て台詞を吐きながら、側仕えは庭を去った。
二人が揉めるシーンなんて、間違いなく原作漫画内では描かれていなかった。この後のシーンは大丈夫だろうか。
不安になりながら見守っていると、イーヴァルがラナのところへ戻ってきた。
「あのぉ……大丈夫? なんか揉めてたみたい、だけど……」
「すまない。気にしないでくれ」
未だ動揺をおさめきれていないイーヴァルを気遣い、ラナが必死に明るい顔を作って話題を変えた。
「あ、そうだ! わたし、チェリーパイを焼いてきたの! これを食べて元気出して」
「チェリーパイ? 手作り、ですか?」
「もちろん! 愛情たっぷりの自信作よ」
はい、どうぞ、と目の前に切り分けられたチェリーパイを差し出されたが、イーヴァルは手を止めて硬直してしまった。
(どうしたの? はよ食べなさい! ここで二人の仲が一歩進むんだから! 『美味しい……な』なんて照れ臭そうに呟いて、ラナが赤面して喜ぶ最高のイチャコラシーンなんだから! はよ食え! はよはよ!!)
陰から野次を飛ばしても、イーヴァルの手は宙をさまよったままだ。なにかがおかしい。
そこでハッと気が付いた。
(あっ! そうか毒見役がいないじゃない……!)
そうだ。漫画ではさりげなく側仕えが先に口にして、その後にイーヴァルが食べるのだった。
なぜいない!? さっきオメェが下がれとか言ったからじゃん!! おバカ!!!!
(バカバカバカッ! このままじゃラナちゃんのチェリーパイが無駄になっちゃうじゃない! 由々しき事態だわ! 仕方ない……!)
サフィニアは勢いよく前へと踏み出し、レンガの陰から颯爽と登場した。
「おっほっほ。お二人とも、こんなところでお茶会をしていたのですね。お散歩していたら偶然、お邪魔しちゃったわ。ごめんあそばせ」
突然現れたサフィニアに、二人はポカンとしている。完全にアウェイな空気で非常に心苦しいが、気にしたら負けだ。やりきるしかない。
「あら、美味しそうなパイですこと! 一つよろしくて?」
許可が下りる前にさっさと切り分けて、口の中に放り込んだ。もぐもぐ、ごくん。
「ごちそうさま。では、わたくしはお散歩の途中ですので。失礼」
去り際に、イーヴァルにウインクを飛ばして合図をしておいた。『大丈夫。食え』と。
彼は驚いた顔をしていたが、意図は通じたようだ。
草陰から確認すると、彼はすぐにパイを口にしていた。
「美味しい……な」
「本当? 作ってきて良かったぁ! えへへ」
ラナは柔らかな頬を赤くして喜んでいる。とても仲良しな雰囲気。てぇてぇ。よしよし。
ここで二人は一気に距離を縮めて、イーヴァルはラナを第一夫人にすることを決めるのだ。『君だけを愛すると誓おう』と、照れながら告白するシーン。
その後、第二夫人の位に降格されることを知ったサフィニアは、嫉妬と憎しみを募らせて暴走していく。マーティン家の金を勝手に使い込んで、夜会用に超贅沢ドレスを仕立てるのだが、それは次話の内容だ。
チェリーパイを食べながら、二人は楽しい歓談の時間を過ごし。そして――。
「ラナ。改めてお願いする。君を我が家に迎え入れたい」
いよいよ、イーヴァルがラナの手を取った。
(プロポーズキタ――――!!!!)
手を取られたラナは真っ赤になって、『イヴ……』と小声をこぼす。見つめ合う二人。イーヴァルはゆっくりと、次のセリフを口にした。
「第二夫人として」
……え? 今なんて?
サフィニアは目が点になってしまったが、ラナも同じ顔をして問い返した。
「……え? 第二、夫人……? わたし、二番ってこと?」
「あぁ。知っての通り、私には先に婚約しているサフィニアがいる。順番的にも、そこは仕方がないから――」
イーヴァルはぼそぼそと言い訳じみたことを言い添えた。馬鹿野郎。
確かに、婚約した順に第一、第二、とするのが筋ではあるが。少女漫画のヒーローならロマンチックを優先しなさいよ!
(なんてこと……。あぁ……頭が痛くなってきたわ……)
がっくりしている間にも、ストーリーは進んでいく。
ラナは目に涙を溜めて震えた声を上げた。
「やだ……。そんなの嫌よ……! イヴのことは好きだけど、わたしはわたしのことを一番だと言ってくれる人と結婚したいもの……!」
(それはそう!!!!)
心の中で死ぬほど同意してしまったが、覆水盆に返らず。
イーヴァルの口からは、歯切れの悪い返事しか出てこなかった。
「そうか……。……では、少し時間をくれないか。サフィニアと話し合ってみるから」
結局、お茶会は微妙な雰囲気で解散となってしまった。
どうしよう。『ノンデリへたれヒーロー緊急対策会議』でも開いた方がいいかしら、これ。
サフィニアは頭を抱えながら庭を後にした。




