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2 ヒロインと悪役令嬢、ご対面

 イーヴァルと婚約を結んで早々に、サフィニアはマーティン家に居を移した。


 侍女たちが『第二夫人に遅れを取らないように』と気遣って、イーヴァルに進言してくれたおかげで許可が下りた形だ。


 実家は家屋が古臭い……歴史深いので、虫がよく出る。というわけで、綺麗なマーティン家へ早めに引っ越せたのはありがたかった。脱実家。さらば虫。


 ちなみに、漫画『聖女ラナと伯爵様』の中では、ラナを牽制するためにサフィニアが無理やり押し入って、早々に住みだす、という展開なのだが。実際はずいぶんと穏便な引っ越しとなった。


 それはそれとして。今、サフィニアの胸中は荒れに荒れていた。


(来る来る来る来る!!!! 推しが来る――――っ!!!!)


 今日はついに、待ちに待った聖女ラナとの対面の日なのだ。落ち着いてなどいられない!


 イーヴァルがラナを自邸に招いて親睦のお茶会をし、婚約の打診をする。その際に、悪役令嬢サフィニアが立ちはだかり――。という、原作漫画では二話目の内容が、本日の予定。


 ちなみに一話目は、街に出ていたイーヴァルが、偶然ラナの聖女の力を目の当たりにする、という内容がメインだ。街で起きた馬車の事故で傷ついた人々を前にして、ラナが聖女の力を覚醒させる。

 物語冒頭にふさわしい、派手で目を引くシーンだが、残念ながらそのシーンにサフィニアは不在なので、見られなかった。


 ということで、今日が実質、初めての推しとの対面である。推しに認知される日。絶対に粗相は許されない。


(推しに恥じないお洒落をしないと!)


 ヘアメイク、衣装、すべて抜かりなく! と、気合いを入れまくった姿を確認してから、ハッとした。


(っ! わたくしのおバカ……! 推しより目立ってどうする……!!)

 

 できあがった姿は、どこかの女王みたいにド派手だった。


 そういえば、原作漫画でサフィニアはゴテゴテに着飾った姿で登場するのだった。町娘のラナは完全に気圧されてしまい、さらには身分差をチクチクつつかれて傷つけられる。二人の邂逅は、そういうヒリヒリしたシーンなのだ。


 漫画のサフィニアは牽制のためにゴテゴテな格好をしていたが、今のサフィニアにその意図はない。お洒落を決め込んで、純粋に、認知されたいだけである。が、結果的にゴリゴリゴテゴテになってしまっている。こりゃいかん。


(認知されたい欲に負けるな……! あくまで主役は推し! 脇役は控えめであれ……!!)


 聖女ラナは町娘らしいカジュアルな格好で現れるはず。そんな彼女を立てるのが、ファンとしての正しいムーブではないか。


 もう一度鏡を見てから、身支度を手伝ってくれた侍女たちに声をかけた。


「ごめんなさい。飾りをすべて外して、髪型を変えてもらえないかしら」

「あら、お気に召しませんでしたか? ではもっと華やかに――」

「地味に、してくださる? わたくし、壁になりたいの」


 壁と同化するくらい地味に、と頼むと、侍女たちは『えぇ!?』とざわついた。


「何をおっしゃるのです! 第一夫人として、町娘に威厳を見せつけてやらないと!」


 侍女たちは完全にサフィニアの味方のようだ。ありがたいことではあるが、聖女ラナ強火ファンとしての矜持は捨てられない。推しを怯えさせるなんて、あってはならないのだ。

 

「今日のお茶会の主役はあくまで聖女様です。わたくしの小さな見栄など、推し――聖女様の前ではゴミカスも同然ですわ」

「サフィニア様……そんなにご自身を卑下なさらずとも!」

「自分を見下しているのではありません。聖女様が上位存在すぎるのです」

「な……なんと信心深い……!」


 サフィニアの推し信仰は、敬虔な聖女信仰ととらえられたようだ。侍女たちは清らかな笑みへと表情を変えて、てきぱきと動き出した。


「サフィニア様がそうおっしゃるのならば!」


 じゃらじゃらと大粒の宝石があしらわれたネックレスと耳飾りを外して、盛られた髪型もこぢんまりとしたシルエットに変えられた。

 化粧も、いつもの真っ赤な口紅は落として、ナチュラルな色味のものを塗り直す。


 地味ではあるが小奇麗なドレスを身にまとえば、悪役令嬢とは思えないコーデの完成だ。

サフィニア・ガルシア(推し活の姿)。


 鏡を見て、『これでよし』と頷くと、侍女長がぐっと拳を握って勇ましい顔をした。


「聖女信仰もいいですが……もし、万が一にも、この格好でサフィニア様が貶められるようなことがあったら、私たちがお守りしますからね!」

「ふふふ、大丈夫よ。わたくしはちょっと挨拶をして引っ込むだけだから」


 漫画ではこの後、玄関ホールでラナと対面し、バチバチにバトルを吹っ掛けるのだが。そんなことをする気はない。

 推しとサラッと挨拶して、あわよくばちょっとだけ認知してもらって、さっさと退場する。


(出しゃばらず、潔ぎよく、マナーよく!)


 ファンの矜持を胸に、いざ玄関ホールへと出陣した。




 玄関ホールには既にイーヴァルが待機していた。聖女を出迎えるということもあり、使用人たちも勢ぞろいだ。


「遅くなり申し訳ございません」


 側仕えの老紳士と話し込んでいるイーヴァルに声をかけた。彼は振り向きながら言葉を返す。


「ようやく来たか。貴女は端に控えているように。聖女は町娘なのだから、くれぐれも身分差をひけらかさないように――……」


 サフィニアの姿を見て、イーヴァルの言葉尻がすぼんでいった。


 清潔感と美しさは保ったまま、それでいて決して目立たない控えめな格好。サフィニアの見た目は、文句のつけようがないものだったから。


「はい、心得ておりますわ」

「……あ、あぁ。わかっていればよい」


 またイーヴァルはポカンとした変な顔をしていた。


 呆けたイーヴァルを置いて、さっさとホールの端へと移動した。

 遠すぎず、近すぎず。聖女ラナ(ヒロイン)イーヴァル(ヒーロー)の二回目の交流イベントを、ばっちり見守れるベストポジションへ。


 場所を陣取った時、ちょうど馬車が到着したようだった。


 使用人たちの出入りがあり、イーヴァルも呆けた顔をキリッと切り替える。『っしゃ! きたー!』という心の叫びを飲み込み、その時を待つ。


 玄関の扉が開かれて、聖女ラナが姿を現した。


「わぁ~! わたし、お貴族様のお家って初めて! お邪魔しまぁ~す!」


 鈴が鳴るような、高い声が響いた。

 と、同時にサフィニアの嚙み殺した呻き声も薄っすらと響いた。


(ぐふぅうううう……っ!!!! 推しが()()してるぅぅぅぅううっ!!!!)


 玄関ホールにふわりと登場したのは、待ち焦がれた、推し――聖女ラナ。


 ぱっちりとした大きな目に、長いまつ毛。白い肌に桃色の頬と唇。白金色のふわふわした髪は、リボンでツインハーフアップに整えられている。

 服装は町娘らしい、ひざ丈のスカート。空気を含んだ大きなフリルが元気な印象だ。キラキラ小動物系の美少女。自分の好みど真ん中の造形。百点満点。ありがとう!!!!


 彼女はイーヴァルの姿を目に留めると、パァッと笑顔を浮かべて、トテトテと跳ねるように駆け寄っていった。


「イーヴァルさん! お茶会に誘ってくれてありがとう! えへへ」


(動いて喋る推し!!!! んがわいいいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!)


 生きている推し、まじやばい。あまりの可愛さに大横転。しそうになったが、サフィニアとは対照的に、イーヴァルと使用人たちは一瞬ピクリと頬を引きつらせた。

 

 一緒に端の方で控えていた侍女たちは、ヒソヒソ声をこぼした。


「なんて軽薄な挨拶」

「足の見えるスカートを履いてくるなんて……」


 彼女たちの厳しい声のおかげで、飛びそうになっていた理性が戻ってきた。危なかった。


(確かに、貴族的な視点で見ると、非常識ではあるのだけどもね)


 身分のある人の家を訪ねるのに、下半身の肌が見える服を着ていくのはマナー違反。そして、駆け寄る前に、まずは挨拶のカーテシーをし、名前を名乗って茶会のお誘いの礼を丁重に述べるのがマナーではある。


(でも、ここのシーンは、彼女のそんな庶民らしい軽いノリが印象的で素敵なのよ~~!)


 と、サフィニアは思っている。もはや推しの行動なら何でもいいとか、そういうことではない。断じて。ビジュが良ければなんでもいいやんけ、とか思ってないです。はい。


 けれど、ラナのこの軽薄さが、『聖女ラナと伯爵様』を打ち切りに至らしめた原因でもあった、という部分は、残念なことに否めない。

『ヒロインが頭お花畑すぎてキツイ』という理由で読者人気を得られなかったのが原因だろうと噂されている。


(でも! でも!! わたくしは好きなのよ……!)


 前世の自分はラナとは真逆の人間だったから、自分にないものを全部持っている彼女はとても魅力的に見えたのだ。


 生真面目な両親のもと、幼い頃から厳しく育てられて、学歴だキャリアだと詰められ続けて。息つく間もなく生き急いできたのが、前世の自分だった。

 そんな遊びのない人生を送ってきたから、対照的にふわっふわでお花畑なラナに憧れたのだ。


『聖女ラナと伯爵様』を読んでいる間は、がんじがらめの現実から離れて、ご都合主義な夢の世界に浸って、楽しい気分でいられたのだ。


 うんうん、と一人で浸っている間に、イーヴァルは表情を取り繕っていた。


「おいでいただき感謝申し上げる。聖女ラナ様」

「ラナって呼んでください。イーヴァルさん、って長いから、イヴって呼びますね」

「イヴ?」


 愛称を付けられたイーヴァルは戸惑ったようで、言葉を詰まらせた。


(キターー! ラナちゃんの(ほだ)し芸!) 


 おっと、うっかりラナちゃんなどと気安く呼んでしまったでござるデュフッ。まぁ、心の中だからいいだろう。


 最初は困惑していたイーヴァルも、こうやって徐々に彼女のペースに絆されていくのだ。が、ところどころで邪魔が入るのも様式美。


「お言葉ですが、ラナ様。一応、我が主には身分がありますので、イヴなどと気安い愛称で呼ぶのは……」


 苦言を呈したのは、マーティン家の家令兼、イーヴァルの側仕えの老紳士だ。常に険しい顔をしている厳しい人だが、彼も次第にラナに絆されていくキャラである。


 注意されたラナは怯えたそぶりを見せて、見かねたイーヴァルが庇った。


「そう厳しいことを言うな。彼女は街育ちなのだから。今日は無礼講としよう」

「イヴ……! ありがとう」

「では、ラナ。こちらへ。あとは茶を飲みながらゆっくりと」

「ふん。旦那様に甘やかされて、いい気になりませんよう。ワシの目は厳しいぞ、娘っこよ」


 側仕えはラナをじろりと見た。なんだかんだと厳しいことを言ってはいるが、中盤以降はラナのことを手厚くサポートするくせに。そのお陰で、ラナは悪役令嬢サフィニアを退けることができるのだ。


(あぁ、今後の展開も楽しみ~! ラナちゃん、早くわたくしをぶっ倒して~!)


 と、先を思って浮かれながら、移動し始めた彼らを見送る。この後、ラナとイーヴァルは庭でお茶をしばきながらイチャコラして、婚約の話をする、という流れ。


 その前に、『ちょっとお待ちなさい!』と引き留めて、ドカドカと登場するのが原作漫画のサフィニアだ。ド派手な衣装でラナを圧倒し、チクチク貶して、怖がらせる。


(と、まぁ、そんな流れだけど。もちろん、わたくしは推しをいじめるわけな――……)


 何も行動を起こさず、ここのシーンはスルーしようとしたのだが。突然、近くから声が上がった。

 キンと響くキツイ声の主は、侍女長だった。


「お待ちくださいませ。第一夫人となられるサフィニア様へのご挨拶をお忘れですか?」


 場の空気はピリッとしたものへと変わった。



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