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13 シナリオのない物語へ

 森の木々の木漏れ日を浴びながら、サフィニアは今しがた拾った鶏卵を抱えて歩いていく。

 

 ここは山の麓にある修道院。畑を耕し、ヤギを飼い、パンをこねるなどして、日々を送っている。自給自足の清貧な暮らしは、思っていた以上に健康的で安らかだった。


 共に暮らす修道女たちは皆訳ありのようで、一癖も二癖もある。

 最初は壁があったけれど、思い切ってサフィニアの境遇を話してみたら、皆、手のひらを返したように食いついてきたのだった。


 貴族男と政略結婚のために婚約したと思ったら、聖女の第二夫人を娶ると宣言されたこと。その後降格され、色々あって屋敷を出てきたこと。などを、かいつまんで話してみた。


 すると、『信じられない男ね!』『出て行って正解よ!』と大盛り上がりし、仲良くなった。


 意外にも、ここには似たような境遇の人たちが多いみたいだ。婚約破棄、追放、理不尽な断罪――。異世界系物語被害者の蠱毒みたいな場所である。皆、キャラが強くて面白い。


 原作のサフィニアも、プライドを捨てて周囲に心を開いていたら、意外と愉快な第二の人生を送れていたのかもしれない。


 台所に卵を運んで来たら、ちょうど外から『カーン! カーン!』と鐘の音が聞こえてきた。修道院の玄関に設置されている呼び出し鐘だ。


 集まっていた修道女たちが、どことなく浮き立った声を上げる。


「あら、お客さんかい? 珍しい」

「また変なのが来たかしら」

「どれどれ、早く行きましょう!」


 わいわいと玄関に移動する皆の様子に、苦笑してしまった。


(来客対応が娯楽になってるわ)


 何のイベントもない修道院生活なもので、何か少しでもいつもと違うことが起きると、皆、ソワソワしがちである。

 この感じだと、原作のサフィニアが世を去った時も、ギャーギャー大騒ぎだっただろうなと思う。


 サフィニアも例に漏れず。誰が来たのだろう、という好奇心にかられて、玄関へと向かった。


――けれど。

 そこにいた人物を見て、思わず目を見開いた。

 

「イーヴァル、様……?」

 

 馬を連れた旅装のイーヴァルが、同じように目を見開いて立っていた。


「サフィニア……!」


 彼の青い目が、わずかに潤んで見えた。水面みたいに光をはらんでいて綺麗だ。


 ……いや、そんなことはどうでもよくて! どうして彼がこんなところにいるのだ?

 物語は、『聖女ラナと伯爵様』は、もう終わったはずなのに。今、目の前で起きている、このイベントは何??


 サフィニアは呆然として、よろめきながら彼の前に歩み出た。


「……は? ど……どうして……」

「婚約者を迎えに来るのに、理由が必要か?」


 眉を下げて、情けなく苦笑するイーヴァル。原作漫画のクールなヒーローとは似ても似つかない表情。

 こんなヒーロー知らないし、こんな展開も知らない。


「え……ええと……。ラナちゃ……ラナ様、は?」

「彼女にここへ行くように言われたんだ。『追いかけろ、ヘタレ』と」

「な……えぇ????」


 ラナちゃん、そんなサバサバしたこと言うキャラだっけ????

 というか、あの……。


(この後、どうしたらいいのか、わからないのですが……。このシーン、どうやって進行すれば正解なの……?)


 戸惑って硬直していると、仲間の修道女たちが、やんややんやと騒ぎ出した。


「まさか、例のクソ婚約者かい!?」

「おととい来やがれってんだ!」

「この甲斐性なし!」

「サフィニアちゃんは渡さないよ!」


 その辺の物を引っ掴んで、イーヴァルに投げつける修道女たち。何この状況。

 彼女たちはサフィニアを守っている――と見せかけて、なんか面白そうなイベントが起きているから、楽しんでいる、といった面持ちだ。


 イーヴァルは苦笑しながら、馬を引いて後退った。


「すまない……! また来る! 君に許してもらえるまで、何度でも!」

「いや……あの……」

「愛している、サフィニア!」


 逃げながらも、彼は大きく手を振って、愛を叫んで寄越した。


 情けないのか、いっそ清々しいのか。

 おかしなヒーローの背中を見送った後、修道女たちに肘で小突かれた。


「なんだい。意外と情熱的な色男じゃないの」

「どうするの? 戻ってあげるの?」


 彼女たちは好き勝手盛り上がっている。娯楽として消費する気、満々だ。

 サフィニアは気恥ずかしさやら、困惑やらで、顔を赤くしたり青くしたりしながら、呟いた。


「ど……どうしましょう……。……誰か、わたくしの物語、続きを教えてくださらない……????」


 ぼそっとこぼした泣き言は、爽やかな風にさらわれた。


 ここから始まる物語は、『悪役令嬢サフィニアと伯爵様』というタイトルになりそうだが。この時のサフィニアには、まだ考えも及ばなかった。


 まさか溺愛ハッピーエンドに向かっていくなんて。



\おしまい/

お読みいただきありがとうございました!

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