12 役を降りた聖女ラナ
ある日の夜を境に、サフィニアが忽然と姿を消した。
マーティン家は大騒ぎだった。ラナの婚約破棄騒動もうやむやになり、捜索の日々。
日を追うごとにイーヴァルは憔悴していった。
「サフィニアはまだ見つからないのか……」
「周辺の領主家にも頼んで、探しているのですが……」
項垂れるイーヴァルの肩を、側仕えがそっと支えた。二人とも酷くやつれている。イーヴァルは、もう何度目かわからないため息を吐いた。
「私のせいだ……」
何らかの事件に巻き込まれたのでは、という意見も出たけれど。状況的に、彼女は自ら出て行った説が濃厚だ。屋敷の馬が一頭いなくなっているし、貯蔵していた保存食も持ち出された形跡があった。彼女の部屋からは日用品がなくなっていて、自分で出て行ったとしか思えない状況。
イーヴァルは自分を責めた。自分が不甲斐ないから、出て行ってしまったのだと。
この一ヶ月、項垂れ続けている彼を見ながら、ラナは思う。
(邪魔者がいなくなった……けど……)
あの夜、厄介な恋敵はどういうわけか自ら身を隠した。最初のうちは、単純にその状況を喜んでいた。けれど、今となっては。
(結局、なんにも変わってないわ……。わたしの負けは覆らないのね)
サフィニアがいなくなったところで、イーヴァルが自分を愛することはない。その事実を思い知らされただけだった。
執務室の扉の前で。隙間からイーヴァルを見つめて、ラナは深く息を吐いた。
「はぁ……。わたしが主役の物語のはずだったのになぁ」
そう、ラナが主役の物語のはずだったのだ。わたしはこの物語を知っている。
前の人生で、『聖女ラナと伯爵様』の読者だったから。
転生して、ある時ふと、自分がヒロインだと気が付いて。それならば、ふわふわで可憐なラナを演じ切ってみせようと思った。
でも、いつの間にかシナリオが変わっていた。ラナ中心のご都合主義な物語は、もはや跡形もなく崩壊していた。
(わたしが欲張りだったからかな……? イヴを一人占めして、一番になりたいって……下心しかなかったから)
原作漫画のラナは無欲で純粋無垢なヒロイン。でも、今ここにいる自分は、そういう風には転生できなかった。
だから、ストーリーが変わってしまったのかも。
「わたし……ラナアンチだったのよね。そりゃ演じきれるわけないわ」
自分で自分を振り返って、思わず苦笑してしまった。
『聖女ラナと伯爵様』のヒロイン、ラナ。自分は好きじゃなかった。イーヴァルのビジュが好みだったから読んでいただけ。
でも、最終回まで追っていたから、なんだかんだ、この作品を愛していたのかもしれない。
好きだった物語なら、せめて綺麗に終わらせたい。楽しませてもらった、一読者として。
「うん……。主役の座は、もう諦めるわ」
深呼吸をして。ラナは執務室の扉を開けた。
「ラナ……?」
イーヴァルがハッと顔を上げた。あぁ、今日もビジュが良い。やつれた顔も色っぽくて好き。
でも、この世界のイーヴァルは、なんだか少し性格が違うみたい。原作のクールでスマートなイーヴァルが好きだったのに。あなたはどちらかというと、ヘタレ属性のワンちゃんね。
うん。吹っ切れたわ。ひと時の夢をありがとう。さようなら、愛しの推し。
「今まで黙っていてごめんなさい、イヴ。実はわたし、サフィニアさんが向かった先に心当たりがあるの」
「何だって!?」
「たぶんだけど、山向こうの修道院に向かったんじゃないかしら」
「山向こうの……? あの隔離修道院か!? なぜそんなところに! こんな時に適当を言うのはやめてくれ」
イーヴァルは疲れ切った顔を歪めて、ラナを睨んだ。が、ラナは堂々と見据えて、苦笑を返す。
確証はないけれど、サフィニアが最期を迎える場所。そこが有力なのではないかと思って、伝えてみたのだ。
「適当じゃないわ。聖女の勘よ。早く追いかけてやれよ、ヘタレヒーロー」
おっといけない。素が出てしまったわ。屋敷を出るまでは、ふわふわヒロイン、ラナちゃんでいようと決めてたのに。
イーヴァルは目を丸くして固まり、側仕えは今にもキレ出しそうな顔をしていた。
怒号が飛んでくる前に、さっさと執務室を後にした。
自室にまとめてあった荷物を抱えて屋敷を出る。
婚約破棄がうやむやになって、なんだかんだ、今までマーティン家に居座ってしまっていたけれど。それももう、おしまい。
実家へと帰る道中。ぼんやりと、これまでを振り返ったり、今後のことを考えたりしていた。
これからどうしよう。自分はどうなるのだろう。シナリオがないから、わからないわ。
「――なら、好きにしちゃうか」
ふと、そんなことを思った。物語が定まっていないなら、自分で好き勝手作り上げていけばいいのか。
そう思うと、むしろ今までよりも気持ちが軽くなった気がした。
「わたしはわたしで、別の恋でも見つけようかな」
原作漫画のラナとは違う、今、ここにいるラナとして。
推し変。それもありか。人生は長いのだから、そういうこともあるよね。
そんなことを考えているうちに、街の一角にある実家へとたどり着いた。
「ただいまー!」
「ラナ!?」
「どうしたの? 急に帰ってきて。え? その荷物は……」
「パパ、ママ、ごめん! 婚約破棄されちゃった! だから今日から婚活を始めるわ!」
にっこりと天使の笑顔で告げると、両親は呻き声を上げて崩れ落ちた。
何、その動き。ウケる。ここってギャグ漫画の世界だったっけ?
まぁ、そっちの方が自分の性にはあってるかも。
(そういえば、サフィニアさんも漫画とは違って、ちょっと変で面白い人だったなぁ)
何となく彼女の言動が思い出されて、思わずクスッと、笑いをこぼしてしまった。
修道院はサフィニアにとっての終焉の場所だけれど。きっと彼女なら、元気に暮らしていると思う。あの人も原作漫画の人物像とは違っていて、だいぶギャグ漫画っぽかったから。
なんかこう、上手いこと生きてそう。
そんな気がした。




