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11 めちゃくちゃな物語の帳尻合わせ

 イーヴァルに抱えられて自室まで連れてこられた。

 サフィニアをソファーに降ろすと、彼は悲し気な顔で問い詰めてきた。


「なぜ嘘を吐いた。……ラナにやられたのだろう?」

(推しだからです)


 心の中で即答した。が、『推し』という概念を説明するには三時間くらい必要なので、適当に取り繕った。


「この家には、あなたには、聖女様のお力が必要ですから」

「そんなもの……っ」


 イーヴァルは荒らげそうになる声を押し殺し、絞りだすように、胸の内を吐露した。


「聖女の力より……私には……、私には、貴女(あなた)が必要だ。聖女を気にかけるあまり、貴女が自分を蔑ろにしてしまうなら、私は聖女の力などいらない」


 苦しそうな声音で、面持ちで。サフィニアの頬に触れながら、告げる。


「貴女以外、私は何もいらないよ」


 そう言って、強く、優しく、抱きしめられた。


 彼の肩越しに。後ろの方で、ギィ……と扉の音が鳴る。そこにいたのはラナだった。

 ラナは目を見開き、信じられないといった様子で顔を歪め、よろめきながら歩いてきた。


「……嘘つき……。……嘘つき嘘つき……! わたしが一番だって言ったじゃない! 第一夫人が一番だって!! いらないって何よ!!!! 嘘つき――!!!!」


 震えていたラナの声は、次第に金切声へと変わっていった。


 彼女はイーヴァルの服を鷲づかみにし、サフィニアから引き剥がそうとした。が、ヒロインの細腕では、イーヴァルの体はびくともしない。


「どうして! どうしてよ……!! どうしてサフィニアさんなの……!? 第二夫人のくせに! 聖女の力もない、身分だけの凡人のくせに!! どうしてあなただけイヴに愛されるの……!!!!」

「ごめんほんとそれ!!!!」


 サフィニアは猛烈に同意し、勢い余ってイーヴァルの頬にビンタをぶちかました。

 パァーンッ! と、銃声と間違えるほどの破裂音が響いた。


 びくともしなかったイーヴァルが尻もちをついた。悪役令嬢のビンタには強化(バフ)でもかかっているのか? 自分でもびっくりした。思っていた以上の攻撃力(かりょく)が出た。


 気を取り直して。ソファーから立ち上がり、イーヴァルを見据えた。先ほどの告白のお返しに、この際、こっちも心の内を吐露してもいいだろう。


「どうしてわたくしが愛されているのか、本当に意味がわからないわ! 愛さない白い結婚だって宣言したんなら、最後まで貫きなさいよ!! 『やっぱ好きになりました~』とか、ふざけないで!! 振り回してるラナ様にも失礼でしょうが!!!!」


 思いのたけをぶつけると、床に座り込んでいたイーヴァルはただただ呆然としていた。


「イヴ……ッ」


 若干、居たたまれなさがにじみ出るような、複雑な面持ちをしたラナが、彼に寄り添った。

 イーヴァルは捨てられた仔犬みたいな顔をして、力なく言う。


「返す言葉もない……。何もかも、君の言う通りだ……」


 彼はおもむろに立ち上がり、ラナの肩に手を添えた。


「ラナ、向こうで話をしよう……」

「……」


 二人は肩を落としながら、扉の方へと歩いていった。部屋を出る間際に、イーヴァルがこちらを向いた。


「……明日、君とも話をしたい。嫌かもしれないが……頼む」


 それだけ言い残すと、パタリと扉が閉められた。



 一人きりになり、静まり返った自室で。どっと疲れが出て、ソファーに倒れ込んだ。


「もう……めちゃくちゃだわ……。どうすんのこれ……」


 物語はもうめちゃくちゃ。あの状態からヒロインとヒーローがくっ付き直す展開ってある?


「サフィニアを二人の前から排除すれば、ワンチャンいける……? どうにか帳尻を合わせないと……」 


 二人の関係を邪魔しているのは、どう考えても自分だ。元凶が消え去れば、残された二人によって、どうにか良い方向にストーリーが進んでいったりしないか……?


 もう、シナリオの自己修復力に賭けるしかない。


「よし……決めたわ。わたくし、修道院に行きましょう!」


 サフィニアは物語の最後、山向こうの修道院に送られる。そこの修道院は少し特殊な場所で、いわゆる『収容所』のような施設として機能している。問題のある人を隔離し、軟禁するような場所。


 外界とは断たれた森の中。娯楽もなく、ただ粛々と祈り、自給自足で生きる日々を過ごすだけ。

 名門ガルシア家のお嬢様である、原作のサフィニアは、そんな修道院生活に耐えることができず、人生を終えた。


 けれど、今ここにいるサフィニアは違う。この人生は二度目の人生。もはやおまけみたいなもの。多少大変な生活が待っていようと、『まぁ、いいか』くらいの気持ちで臨める。


 修道院行きに、躊躇(ためら)いなどない――……!


 そうと決まれば善は急げ。サフィニアは、男性使用人用の大きなリュックを拝借して、荷造りを始めた。




 密かに旅支度を済ませて。その日の深夜――。


「着替えよし。保存食よし。他に忘れ物はないわね。行きましょう」


 荷物の最終確認をして、部屋を出ようとした。――が、その時。

 ふいに、部屋の扉が音もなく開けられた。


(……っ! 誰?)


 灯りの落とされた暗い部屋に、スゥっと入り込んできた人影は、華奢なシルエット。


「ラナ、様……?」


 暗くてよく見えないが、侵入してきたのはラナのようだ。小声で名前を呼ぶと、彼女はビクリと体を揺らした。が、こちらに近づく歩みは止まらない。


 ふらふらと、どこか覚束ない足取りで迫って来る。目の前まで来て、ようやく姿を確認できた。

 彼女は両手で、短剣を握り込んでこちらに向けていた。

 

 見開かれた目は虚ろで、涙の跡が残っている。やつれきった顔に、投げやりな笑みを浮かべて、掠れた声をこぼした。


「サフィニアさん、起きてたのね……。ふふ、見つかっちゃった……」

「ラナ様、何を!」

「わたしね、婚約破棄されちゃった。明日中に屋敷を出て行けってさ。イヴに言われたわ……」


 窓から差し込む星明りを反射して、ラナの短剣がギラリと光った。


(この短剣、もしかして……)


 短剣の意匠に覚えがある。これは原作漫画で見た、サフィニアの短剣ではないか。


 修道院に送られたサフィニアが、最期に手にしていた短剣。彼女はこれを使って、自らの人生を終わらせた。作中では直接的に描写されてはいなかったが、ナレーションでサフィニアが死んだことと、血の付いた短剣が描かれているカットがあった。

 

 死の暗喩。その短剣の切っ先が、今、目の前にある。


「あなたさえ……あなたさえ、いなければ……っ」

 

 ラナは短剣を構えたまま、こちらに突っ込んできた。

 反射的にリュックを引っ掴んで、サフィニアは力一杯ぶん回した。


「ソォイッ!!!!!!」


 荷物モリモリのデカリュックで短剣をぶん殴り、吹っ飛ばした。ちょっとギャグ漫画みたいな声が出てしまったけれど、ご愛嬌。この掛け声が一番力が出るのよ。


 ラナはよろめいて床に倒れ込んだ。急いで駆け寄り抱き起こす。


「ごめんねラナちゃん! そこまで思い詰めさせてしまって……! でも刺殺はよくないわ! 刺殺は! あなたが牢屋にぶち込まれるエンドなんて、わたくし耐えられない……!」


 両肩をガシッと鷲づかみにすると、ラナは動揺のあまり固まっていた。

 キョトンとした顔は、闇落ち前の無垢だった彼女を思い出させる。あぁ、やっぱりあなたは可愛いわ。


「ラナちゃん、わたくしはあなたの味方だから!」

「え……?」


 もう、構わない。あなたへの気持ちを、全部伝えてしまおう。

 今までは一応、世界観に配慮して黙っていた。けれど、もういい。最後のお別れだもの。


 ラナの大きな瞳をまっすぐに見つめて、サフィニアは笑った。


「あなたが読者から……みんなから、どう思われようと、わたくしはあなたの大ファンだから! わたくしはあなたに救われたの。楽しい気持ち、幸せな時間を、たくさんもらったの」

「えと……な、なんの話……?」

「だから! 今度はわたくしがあなたを幸せにしてみせるわ!」


 突然変なことをペラペラと話されて、ラナは困惑しているに違いない。それはそう。

 でも、いいのだ。あなたに直接伝えられてよかった。自己満足。オタクの愛はいつも一方通行。そんなもの。


 サフィニアは立ち上がり、デカいリュックを背負った。ラナは若干引きながら……いや、躊躇いながら声をかけてきた。


「あの……ど、どこへ……?」

「悪役令嬢は退場いたしますわ!」


 グッと親指を立てて言い放った。

 サムズアップをしながら部屋を出て、廊下の暗闇へと走っていった。


 物音を立てないように屋敷を出て、用意していた馬に跨り駆けていく。

 目指すは、山を越えた先にある修道院。


 皆様、ごきげんよう。わたくしは一足先に、エンディングへ向かわせていただきますわね。



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