第六話:真心(しんしん)のトライアルとブラックホールの影
週末。5次元学園都市の校舎は静寂に包まれているが、寮の共用スペースは活動的だった。
いずみは、昨夜の決意通り、『アクシデント・カップル』のドンベクのように、誰かの役に立とうと奔走していた。彼女は共用スペースの床に落ちたわずかなゴミを拾い集め、皆が使うテーブルをピカピカに磨いている。
いずみ: 「(ドンベクさんは、誰も見ていないところで、そっと愛を与えるの。私も!)」
いずみの心は純粋で、その行動はまさに「無償の愛」の実践だった。
しかし、ちえは違った。彼女の**「愛の実験」**は、いずみの行動から始まった。
ちえは、磨かれたテーブルにわざと飲みかけのジュースを少量こぼした。
ちえ: 「あ、ごめんなさい、いずみちゃん!手が滑っちゃった……週末で疲れてるのに、また掃除させちゃって本当にごめんね」
ちえは、心底申し訳なさそうな表情を作り、いずみの目を見つめた。その瞳の奥には、いずみがどう反応するかを観察する冷たい光が宿っている。
いずみ: 「大丈夫だよ、ちえちゃん! 誰にでもあるよ。掃除は楽しいから気にしないで!」 いずみはすぐにタオルでジュースを拭き取り、ちえに満面の笑顔を向けた。
(ちえの心の中) ちえ: (……ダメだ。罪悪感を与えて、私に尽くさせるように仕向けたのに。いずみちゃんは、本当に見返りを求めていない)
ちえは次の手を打った。
ちえ: 「あのね、いずみちゃん。実は私、さっき哲学のノートを落としてしまって……ロジカ先生の難しいところを写した大事なノートなの。もし、もしよければ、私と一緒に探してくれないかな?」
本来ならちえ一人で探せば済むことだが、彼女はいずみの**「無償の奉仕の心」がどこまで続くか試していた。彼女が求めるのは、「君がいないと私は困る」という依存と、それによる「特別な愛」の実感**だった。
ガイア(妖精の声): 「ちえ様、悪女みたいになってるわ。いずみ様の愛の力を、無理やり吸い取ろうとしている!」 ミューズ(妖精の声): 「でも、いずみ様も純粋だから気付かないのよ! 無償の愛は、**ブラックホール(ちえ)**に簡単に飲み込まれちゃう!」
ちえといずみは、図書館と講義室の間を何時間もかけて歩き回り、結局、ノートはちえの部屋のベッドの下から見つかった。ちえが意図的にそこに隠したものだった。
ちえ: 「あぁ、いずみちゃん! 本当にありがとう! もう感謝してもしきれないわ!」 ちえは、心の底から救われたフリをして、いずみに抱きついた。
いずみ: 「よかったね、ちえちゃん! 私もちえちゃんの力になれて嬉しいよ!」
いずみの心は喜びで満たされていたが、ちえの心は違った。
ちえ: (これほど献身的に尽くしてもらっても……満たされない。少しの間は温かくなるけど、すぐにまた虚しくなる。私が本当に欲しいのは、この人の全部の愛だ。そして、その全部を私がコントロールしたい)
ちえは、いずみの優しさを利用し、愛を吸い尽くそうとしたが、ブラックホールは満たされるどころか、より深く、より冷たい闇へと沈んでいくのを感じた。
この「実験」は、ちえに一つの真実を突きつけた。「搾取」や「尽くさせること」では、「渇望」は永遠に満たされない、という残酷な真実を。
(第六話終)




