第四話:韓国ドラマと無償の愛
(場面転換のSE。賑やかな学園の喧騒と、微かなクラシック音楽が混ざり合う)
哲学の講義を終え、寮へと戻る二人。いずみとちえは、未だ「水槽の脳」からの問いについて考え込んでいた。
いずみ:「『どちらが悪だ?』かぁ……難しいね」
ちえ:「うん。私たちが正しいと思ってたことが、実は誰かを傷つけてるのかもしれないって思うと、なんだか怖くなっちゃった」
その日の夕食後、二人は寮の共用スペースにあるテレビの前に座っていた。この5次元の学園都市では、3次元のあらゆる情報やエンターテイメントが「学び」の一環として提供されている。
「お嬢様、何を見るんですか?」
背後から、ガイアが緑の光を放ちながら現れた。隣にはミューズもいる。アストラルは少し離れた場所で、静かに二人を見守っている。
ガイア(妖精の声):「『愛』の授業の復習ですね! どのジャンルがお好み?」
ミューズ(妖精の声):「情熱的な芸術作品がいいわ! 愛の情熱が爆発するような!」
いずみとちえには、彼女たちの声は聞こえない。いずみはリモコンを手に、たまたま流れていたチャンネルに視線を止めた。それは、3次元の韓国ドラマ『アクシデントカップル』の再放送だった。
画面の中では、平凡な郵便局員と人気女優が契約結婚をするというストーリーが展開されている。いずみは、すぐにその世界に引き込まれた。
いずみ:「ちえちゃん、このドンベクさんっていう人……すごい」
ドンベクは、妻のためにすべてを捧げ、見返りを求めず、ひたむきに尽くす男だった。
ちえ:「本当だ……。見てるだけで、心が温かくなる」
いずみの未熟な心は、ドンベクの行動に強く共感した。彼こそが、「水槽の脳」の問いに対する答え、「無償の愛」を体現しているのではないかと感じたのだ。
ミューズ(妖精の声):「キャー! 情熱的! でも、これはまだ『妻の愛(真心)』の範疇ね!」
ガイア(妖精の声):「そうね。これを『母の愛』に昇華させるには、まだ時間がかかるわ」
いずみは、ドンベクの純粋な愛の形に触発され、彼のように誰かのために尽くすことが、愛の学びへの近道ではないかと考え始める。
その夜、いずみはベッドの中でペンダントトップの『CFX』を握りしめた。彼女の絶対音感は、まだ微かな音しか拾えないが、ドンベクが見せた「無償の愛」という音色だけは、なぜかクリアに聞こえた気がした。
「私、あの人みたいになりたい」
いずみの心の中で、「無償の愛」という小さな火が灯った瞬間だった。それは、彼女が「始まりの妻」として、愛の旅を始める最初の音色であった。
(第四話終)




