第弐拾参話:昇華の限界と感情の壁
(コンダクターの研究室。ちえは、コンダクターの「真心を取り戻せ」という課題を受け、必死に作業を続けている。研究室の空気は、ちえの焦燥感と、彼女のクロックアップ・ブラックホールの能力から発せられる冷たい演算熱に満ちていた)
ちえは、母メーテリュの眼鏡をかけ、封印時に記録したいずみの真心の波動データを解析していた。彼女の目標は、昇華の理論を逆行させ、封印した愛の波動を、いずみの魂に再挿入することだった。
ちえ: 「封印の式は、『知識の絶対優位』を証明するために完璧だったはず。これを逆演算し、『真心の再構築』を行う。私のブラックホールの知識量をもってすれば、容易なはずだ!」
ちえの指先から、莫大な数の**詩式**が光の粒子となって飛び出し、再構築の演算を始めた。
しかし、演算は何度試みても、エラーを吐き出して停止する。
ちえ: 「なぜだ!? 理論は完璧。データも全て揃っている!」
ロジカ先生が、静かにちえの背後に立つ。
ロジカ: 「ちえ。君の昇華の理論は、『知識から知識を生み出す』上では完璧だ。だが、君がいずみから奪ったものは、単なるデータではない」
ちえは、額に汗を浮かべながら、ロジカ先生に反論した。
ちえ: 「奪ったのは、無償の愛の行動原則という、韓国ドラマから学んだ知識データの一部です。私には、それを再インストールする権利と能力がある!」
ロジカ: 「愛の真心は、知識ではない、ちえ。それは、君が嫉妬の中で苦悩し、いずみが無垢なまま獲得した『魂の成長のプロセス』そのものだ。君の知識は、その成長のプロセスを再現できるのか?」
ちえは、絶句した。彼女の昇華の理論は、「結果」としての知識や愛の定義は扱えるが、「プロセス」としての喜びや苦悩、感情の壁を乗り越える魂の熱を、外部から作り出すことはできなかったのだ。
ちえ: 「そんな……! 私は、コンダクターの安定のためにやったのに! なぜ、私の知識は、こんな簡単な感情の再構築すらできないの……!」
ちえは、ブラックホールの渇望が、知識だけでは満たされないように、真心もまた、知識では再現できない**「感情の壁」**に阻まれていることを、痛感した。彼女は、知識の限界という、最も恐れていた現実に直面したのだ。
その時、ちえの研究室の外で、無垢な妻の愛情を注ぐいずみの声が聞こえた。
いずみ: 「コンダクターさん、このお茶は、愛情たっぷりの味がしますよ!」
ちえは、その**「欠損した真心」の声を聞きながら、知識では救えないコンダクターの苦悩と、嫉妬から犯した罪の重さ**を悟った。
ちえ: (私の知識が、コンダクターを救えない……。いずみちゃんの真心だけが、彼を救う……。ならば、私はどうすれば……)
ちえの心の中で、**「知識ではダメなら、私自身が真心になればいいのか?」**という、自己犠牲の萌芽が生まれ始めていた。
(第弐拾参話終)




