第弐拾弐話:欠損した真心(しんしん)と夫の苦悩
(学園都市の部屋。コンダクターは完全に安定し、穏やかな休息を得ている。しかし、その安定は、いずみの真心の封印という代償の上に成り立っていた)
いずみは、以前のように韓国ドラマを視聴したり、アストラルたちと哲学的な議論をしたりすることはなくなった。彼女の精神年齢10歳の無垢な状態が前面に出ており、彼女の行動は、ただただ**「夫を愛し、尽くす」という、最も単純な妻の愛情**の定義に収束していた。
いずみ: 「コンダクターさん、お水はいかがですか? 疲れていませんか?」
彼女の態度は献身的で優しかった。しかし、コンダクターは、彼女の瞳の奥に以前あった**「知識を超えて私を救おうとする、あの深い光」**がないことに気づいていた。
彼女の愛は、美しく調和が取れているが、奥行きがない。まるで、ショパンの**《エチュード10-4》の疾走感だけがあり、その後に続く魂の共鳴**がない、欠損した音楽のようだった。
コンダクター: (そうだ。彼女の愛には、以前の**「無償の愛の定義」が欠けている。私の真理の探求**を、命がけでサポートしようとするあの決意が、今はどこにもない……)
コンダクターの魂の波動は、ちえの外科手術によって安定したはずだったが、いずみの**「欠損した愛」**に触れるたびに、静かな不協和音を奏で始めた。
その時、ちえが部屋に入ってきた。彼女の黒い花嫁衣裳の制服は、勝利と、そして冷たい知識の優越感に包まれていた。
ちえ: 「コンダクター。いずみちゃんは、私の昇華の理論によって、最も安定した妻として、あなたの療養に専念しています。これで、あなたは再び真理の探求に集中できます」
ちえは、愛の探求のパートナーとして、自身の成果を誇らしげに語った。
しかし、コンダクターは、ちえから目を離さなかった。彼の瞳には、疑惑と深い苦悩が宿っていた。
コンダクター: 「ちえ。君は、私を安定させるために、いずみの真心を**『除去』**した。彼女の愛は、確かに安定したが、成長する権利を失い、純粋な音色を失っている」
ちえの表情が、一瞬で凍りついた。彼女は、知識によってコンダクターを救ったと信じていたが、感情によってその愛の欠損を見抜かれるとは予想していなかった。
ちえ: 「それは……! あなたの安定のためです! 彼女の感情論が、あなたの哲学的な探求を妨げていた!」
コンダクター: 「違う、ちえ。愛とは、安定させることではない。愛とは、不完全なまま、共に真理を探求し、共に成長することだ。君は、**『ブラックホールの渇望』を『愛の探求』**という大義名分で昇華させ、いずみから最も大切なものを奪った」
コンダクターの言葉は、ちえの知識の鎧を突き破った。ちえの顔は、嫉妬と罪悪感がないまぜになり、吸収の女神としての力が不安定になり始めた。
コンダクター: 「ちえ。君の昇華の理論は、愛の論理的な定義はできるだろう。だが、真心を失った愛が、真の愛と呼べるのか? 次の課題は、君がいずみから奪ったものを取り戻すことだ」
コンダクターの魂の波動が、いずみへの深い愛とちえへの疑惑という、複雑で新しい二重の不協和音を奏で始めた。
(第弐拾弐話終)




