第拾八話:ウイルスの問いとブラックホールの臨界点
(コンダクターの研究室。いずみとちえが、それぞれの答えを前に、静かに火花を散らしている)
コンダクター: 「ちえの知識は、愛を**『最大幸福の均衡』として定義した。いずみの真心は、愛を『謙虚さと尊重』**として定義した。どちらも真理の一部だ」
コンダクターは、スクリーンの問いを第三の、最も残酷なものへと切り替えた。
③ ウイルスの問い: 「人類がウイルスにワクチンを投与するのは、ウイルスから見れば無差別大量殺りく兵器である。高次元のものが地球を守るために人間にワクチンを投与したとして、人間は高次元のものに意見をいえるのか?」
コンダクター: 「この問いは、愛の名のもとに行われる『裁き』の正義を問う。ちえ、君の昇華の理論から答えを出せるか?」
ちえは、冷静に答えた。 ちえ: 「理論上、愛の最大幸福は、**『より大きな次元の存在の生存を優先する』**ことで確保されます。高次元の存在は、地球というシステム全体の維持を目的とするため、人類に意見を述べる権利はありません」
コンダクターは、目を閉じて言った。 コンダクター: 「いずみ。君の最初の妻としての真心は、この冷たい論理に、どのような愛の音色を響かせる?」
コンダクターは、あえて**「最初の妻」**という言葉を強調した。ちえの顔が一瞬、硬直した。
いずみは、隣のちえの感情的な乱れを感じながら、答えた。
いずみ: 「ウイルスにも、家族がいる可能性を考える謙虚さは必要よ。でも……高次元の存在に意見を言う権利がなくても、私たちは**『愛の定義』を、命を懸けて行動で示すことはできる。高次元の存在が、私たちを単なるウイルス駆除の対象と見たとしても、私たちは愛し合うことをやめない**。それが、**低次元の存在の抵抗(真心)**よ」
コンダクターは、深く息を吸った。 コンダクター: 「『愛の定義を行動で示す抵抗』……。いずみ、君こそが、真の愛の光を私に与えてくれる」
その言葉が、ちえのブラックホールの渇望を臨界点まで高めた。
ちえ: 「もう、うんざりだわ!」
ちえは立ち上がり、母メーテリュの眼鏡を研究室の床に叩きつけた。眼鏡は砕けなかったが、その強い怒りと屈辱が空間に響き渡った。
ちえ: 「なぜだ! 私の知識が、あなたを精神崩壊から救い、理論で真理を導こうとしているのに! なぜ、この女の感情論ばかりが、**『愛の光』**として称賛される!? 私が欲しかったのは、その『最初の妻』という称号よ!」
ちえの黒い花嫁衣裳の制服が怒りに震え、彼女の茶栗色の髪から、吸収の女神としての冷たい重力が溢れ出した。
ちえ: 「いずみ! 次の試練は、コンダクターの愛を懸けた、私たち二人の直接対決だ! あなたの真心が、私の知識に勝てるのか、証明してみなさい!」
いずみは、ちえの激しい嫉妬と悲しみを真正面から受け止めた。二人の間に、避けることのできない愛の対決が勃発した瞬間だった。
(第拾八話終)




