はじめてのデート
悠真と菜々美は、高校のクラスが同じだった。
つきあいはじめてからは、休み時間のたび、これまで以上に教室で会話する機会が増えていた。
「菜々美は、スポーツショップの古森さんって、覚えてる?」
悠真がおもむろに話題をきりだす。
「え、知らない。だれ?」
「あー、覚えてないか。中学の陸上競技クラブのとき、ユニフォームとかを納品していた人だよ。おれの母さんと仲良しなんだ。たしか菜々美のお母さんとも仲がいいって聞いたこともあるような……」
「へー、そうなんだ。今度お母さんに聞いてみよ。――で、その古森さんがどうかしたの?」
「あ、それでさ、古森さんが今度スポーツカフェをオープンしてさ。遊びに来いって言われているんだけど、菜々美も一緒に行かないかな、って……」
(え、これって、デートのお誘い、だよね?)
菜々美は一気にテンションがあがる。悠真くんとおでかけなんて、楽しみすぎる。思わず顔がゆるむ。
「うん! 行きたい!」
悠真の表情も一気に明るくなる。
「だったら……」
二人は一緒に出かけるプランを楽しく立てた。
そして、デート当日を迎える。
「悠真くん、こっちでいい?」
真新しいカフェの扉を開け、菜々美は悠真に尋ねた。店の壁にはサッカーや野球のユニフォームが飾られ、カウンターには色とりどりのスポーツドリンクが並んでいる。スポーツショップの店長である古森華が、元敏腕商社マンの柳沢蓮とともに開いた店だった。
「うん、好きなところに座っていいよ」
悠真が笑顔で答える。二人が窓際の席に座ると、まもなくでっぷりとした巨漢が姿をあらわした。柳沢蓮だ。20代後半にして、すでに親父の貫禄がある。
「これはこれは悠真殿、よくぞお越しくださいました」
柳沢は丁寧な口調で悠真に挨拶する。
「柳沢さん、すてきなお店だね」
「恐悦至極に存じます。――ときにそちらの可憐なご婦人は?」
柳沢の言葉に、悠真は少し照れながらも、「おれの彼女です。高橋菜々美さんです」と紹介した。菜々美は恥ずかしそうに、「はじめまして」と頭を下げた。
「おお、こちらが菜々美殿でありますか」
言って柳沢は姿勢を正す。
「お噂はかねがねうかがっております。悠真殿がぞっこんに惚れておられるというご婦人であられますな。あ、申し遅れましたが、わが名は柳沢蓮と申します。以後お見知りおきを」
柳沢の個性的な物言いに、菜々美は面食らってしまった。
ただ「悠真殿がぞっこんに惚れている」って、これって悠真くんがわたしのことを好きって話してるってことだよね。
そう思うと、菜々美はうれしいやら、恥ずかしいやら。照れくさそうにうつむいた。顔は真っ赤だ。
悠真は菜々美が何を思っているのか分からなかったが、顔を赤くして照れている姿を愛らしく思い、思わず口元が緩んだ。
「おい、蓮、そんなこと言ったら、ひかれるぞ」
張りのある女性の声が聞こえた。菜々美が顔をあげると、美麗な女性がいた。笑顔で菜々美を見ている。
「びっくりさせただろ。こいつ仕事はピカイチだけど、デリカシーがイマイチでね。――まあ、そんなことより、あんたが菜々美ちゃんだね。あたしは古森華、この店のオーナーだ。よろしくね」
菜々美は屈託のない笑顔で語る古森に見とれていた。
(きれいな人…悠真くんから30代って聞いてたけど、全然そうは見えない…すごく若く見える。モデルさんみたい…)
思いながら、菜々美は姿勢を正して、古森にぺこりと頭を下げた。
「はい。よろしくお願いします」
言いながら菜々美は思う。悠真から聞いていた、いつもお世話になっている人が、こんなにも美しい人だなんて。ちょっと妬いてしまう。
「菜々美ちゃんの話は悠真から聞いてるよ。悠真ったら、初めての彼女ができたって大喜びでさ。すんごくかわいい彼女ができたってな」
言って古森はいたずらっぽく笑った。
「ちょっと、はな姉、やめてよ」
悠真が赤くなって古森を止める。
「悠真のくせして、いっぱしに照れやがって。ははは」
古森は豪快に笑った。
このとき菜々美も、照れていた。
(すごくかわいい彼女って!?…悠真くんが、みんなに、私のことを「すごくかわいい」って言ってくれてたんだ…。それって、本当に、本当に、私のことを、そう思ってくれてるってことだよね…?)
菜々美は顔がほててくるのを感じた。それにしても今日は、恥ずかしいけれどうれしいことが立て続けに起こる。……幸せだ。
「ともあれ、菜々美ちゃん、歓迎するよ、ゆっくりしていってね」
菜々美はぺこりと頭を下げて「はい。ありがとうございます」と答えた。
言いながら菜々美は、そっと悠真の腕に触れた。悠真も微笑み返し、二人の間には優しい時間が流れ始めた。
数時間後。
カフェを出て、駅に向かう道すがら、菜々美は繋いだ手にそっと力を込める。
「ねぇ、悠真くん。私ね、今日、うれしいことがたくさんあって、それでね、改めて思ったの」
「何を?」
「私、悠真くんといると、本当に自分に自信が持てる。だから、ずっと悠真くんの隣にいたいな」
菜々美の真剣なまなざしに、悠真は胸がいっぱいになった。
「あたりまえだろ。おれもだよ。菜々美とこうして一緒にいられるだけで、どんなことがあっても乗り越えていけるって思えるんだ」
二人の言葉は、互いの心に深く響いた。この幸せな時間は、これからもずっと続いていくのだと、二人は信じて疑わなかった。
しかし、その甘い予感は、まもなく狡猾な悪意によって打ち砕かれることになるのだった。




