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菜々美の努力 その2

 まもなく春休み。桜のつぼみが膨らみ始めたころ、2年の由香先輩の発案で、女子陸上部員1年生は刺激走でタイム測定をすることになった。


 由香先輩は女子陸上部の部長で、面倒見もよく、部員たちからの信頼も厚い。国体選手に選抜されることが確実視されている実力者でもある。


 いつも練習着として着用しているスポブラとランニングタイツがよく似合っており、見るからにトップアスリートという雰囲気を醸し出している。ちなみに菜々美の練習着はTシャツとハーフパンツだった。


「位置について、用意、パーン!」


 由香先輩の乾いた合図が響き、菜々美は飛び出した。力強い地面の蹴り込み、洗練された加速。その走りは、もはや新入学時のひ弱な1年生の姿ではなかった。フィニッシュラインでストップウォッチを止めた由香先輩は、驚きと喜びの表情を浮かべた。


「菜々美、自己ベストを大幅更新! この時期にこのタイムは驚異的だよ!」


 菜々美は息を整えつつ、汗で張り付いたTシャツの裾を引っ張りながら、由香先輩の元へ戻った。由香先輩は興奮気味に続ける。


「今のタイム、冬場の練習の成果がしっかり出てる。フィジカルが強くなって、加速のロスが減ったのが一目瞭然だよ。これならもう来シーズンのレギュラーは確実じゃん!」


 菜々美の胸は高鳴った。実力者の由香先輩から評価された喜びもあるが、なにより努力が報われたことがうれしかった。


「ありがとうございます、先輩…!」


 言って菜々美は、心で続けた。


(これも悠真くんのおかげなんです。……なんて恥ずかしくて言えないけど)


 菜々美は、練習前のウォーミングアップや、練習後のクールダウンで、いつも悠真と一緒に走っているわけだが、ときおり悠真が「走りのコツ」をアドバイスしてくれていた。


 悠真は走るのが大好きだからか、走りのことをよく研究しているし、昨日の走りよりも今日の走りが少しでも向上するように努力も怠らない。だから、成績もぐんぐん向上し、2年になったらレギュラーは確実だと言われている。


 だから、悠真が教えてくれる「走りのコツ」は、菜々美の成長に大いに役立つものだった。それに菜々美も、好きな人のアドバイスだから、アドバイスをもらうたび、それを忠実に守って練習していた。成績が向上するのも当然だろう。


(悠真くんに教えてもらったとおりしていたら、こんなにも速くなれるなんて、やっぱり悠真くんって、すごいよ!)


 なんて笑顔で思いながら、菜々美が汗で濡れたTシャツのすそをもち、汗を乾かそうとTシャツをパタパタあおっていたら、由香先輩が真剣な顔つきで言った。


「前から思っていたんだけどさ、その練習着、もう卒業しない?」


 由香先輩が視線で指したのは、菜々美の着ている、中学時代から変わらないTシャツとハーパンだった。


「わたしが身につけているスポブラとタイツは、機能性ウェアといって、体のブレをおされてくれるし、特にタイツは疲労を軽減して、ケガのリスクをぐんと抑えてくれる、アスリートのマストアイテムなの。しかも、その適度な締め付けが自然と体に正しいフォームを覚えこませてくれる。だから、もうレギュラーとして戦うんだから、毎日の練習着を変えることから、意識を変えてほしいなって思うんだけど、どうかな?」


「えっと……ありがとうございます。でも、わたし、体のラインを見せるのが好きじゃないって言うか……。レギュラーの先輩方みたに、わたしスタイルもよくないし……」


「あ、わかるよ、それ。わたしも最初はそうだったもん」


「え、先輩もですか? そんなにスタイルがいいのに」


「そうよ。彼氏から、……あ、彼氏は今、大学で陸上をやっているんだけど、その彼氏からスポブラとタイツをすすめられたとき、正直、体のラインが丸見えで恥ずかしいって思った。でもね、そのとき彼氏から言われたの。体のラインを見せるのが恥ずかしいなら、見られても恥ずかしくないラインをつくれ、って」


 菜々美がキョトンとしていると、由香先輩は続けて、


「つまりね、機能性ウェアを着て練習していたら、理想的なアスリート体型になっていくっていうわけね。そうなればもう恥ずかしくないじゃん。ただ、それよりもね、わたしたちも高校生とはいえ、いちおうアスリートだからさ、菜々美にはスタイルよりも、走りを気にしてほしいかなって思うわけ」


 菜々美も知っている。中学のとき、一緒に陸上をやっていた子たちも、当時は高価で買えなかったタイツとかも、バイトして買って着ている子が多い。


 悠真だって、高校に入ってからランニングタイツを履いて練習してる。そう言えば、シャツの下にはフィットタンクトップを着ているのを見たこともある。


(悠真くんの鍛えられた引き締まった体にぴったりフィットしてカッコイイなって思ったな。……あ、今は関係ないけど。……だったら、また悠真くんに相談してみようかな。悠真くんなら、詳しそうだし)


 そう思った菜々美は


「少し考えてもいいですか?」


「もちろん。でも、わたしとしては、菜々美にはぜひ着てほしいなって思っているから。――それにさ、わたしたちのユニフォームってトップスもボトムスも体にぴったりフィットするから、体のラインなんて丸見えでしょ。それなのに体のラインとか気にしていたら、競技に集中できなくて、勝てるレースにも勝てなくなる。メンタルって大事だから。菜々美もレギュラーになるんだから、そのへんもしっかり考えておいてね」


 なにごとも先に進むために、変わらないといけない。変えていかないといけない。そういうときがくる。


 練習着だって、悠真との関係だって……。そういうことは菜々美にだってわかるのだけれど、実行するとなると、なかなか難しいものだ。


 菜々美は悠真に相談したいと思っていたのだけれど、なかなかタイミングがつかめないでいるうちに4月になり、高校2年生になってしまった。



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