第3章:古民家システム、原始の洗礼
列車は、ゴトゴトと揺れながら、見慣れない駅に停車した。ここは、想像を絶するほど小さな無人駅だ。駅舎なんてものはなく、屋根付きのベンチがあるだけ。草ぼうぼうのホームに降り立つと、生暖かい風が頬を撫でた。都会の排気ガスの匂いとは全く違う、土と草の匂いがする。
予約していた送迎車は、まさかの軽トラックだった。古びた幌が風に煽られ、ボロボロだ。運転席には、日に焼けた顔の男性が座っている。彼は私の顔を見ると、ニヤリと笑った。
「あんたが、システムとやらを直す人かい?」
声は太く、まるで地響きのようだ。彼は、合宿所のオーナー、源さんだった。
源さんは、歳は60代後半くらいだろうか。顔は深く刻まれたシワで覆われ、頑丈そうな体つきをしている。着古した作務衣にゲタを履き、白髪交じりの頭からは、年季の入ったハチマキが飛び出している。まるで、昭和の仙人だ。
軽トラックの荷台に、私のスーツケースと段ボール箱の山が積み込まれた。段ボールの中には、PCモニター、ルーター、ケーブル類、そしてモバイルバッテリーがぎっしり詰まっている。源さんはそれを一瞥すると、鼻で笑った。
「そんなもんで、この山奥のシステムが動くかね?」
彼の言葉は、私のデジタルプライドを傷つけた。フン! 見てなさいよ、この私が、この山奥にだってデジタルの光を届けてやるんだから!
車は、舗装されていない道をガタガタと進んでいく。道の両側には、うっそうとした森が広がり、時折、見たことのない鳥が飛び立つ。スマホは、完全に沈黙したままだ。私の指が、無意識に画面をタップするが、反応はない。まるで、失われた恋人を求めるかのように。
「着いたぞ」
源さんの声で、視線を上げる。目の前に現れたのは、写真で見た通りの古民家だった。しかし、写真で見るよりずっと大きく、そして朽ちていた。屋根瓦は一部が剥がれ落ち、壁は雨風に晒されて黒ずんでいる。まるで、忘れ去られた時間の中に佇む亡霊のようだ。
「ここが、お前の職場だ」
源さんは、ドタドタと縁側に上がっていく。私は、重い荷物を引きずりながら、古民家の土間へと足を踏み入れた。中は薄暗く、埃っぽい。電気が通っているのかも怪しいレベルだ。
「こ、ここが…?」
私の声が、虚しく響いた。
源さんは、奥の部屋を指差した。
「ここに、サーバーとやらがある。あとは頼んだぞ」
彼はそう言い残すと、あっという間に縁側から消えていった。まるで、山の精霊か何かのように。私は呆然と立ち尽くした。目の前には、埃まみれの古びたサーバーラックが一つ。そこには、数本のケーブルが、まるでミイラのように絡みついていた。
「え? これが、システム…?」
私のデジタル脳が、本格的にフリーズし始めた。ここは、まさかの「前世紀からの挑戦状」だった。私の情シスとしてのキャリアは、この原始のシステムに、一体どこまで通用するのだろうか? 私は、深い溜め息をついた。