表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

パロディコメディー

葉擦れ(赤ⅵ)

作者: 桜沢 輝



私は森。

声は持たないけれど、風の音や、葉の擦れ合う気配、足音のリズム、あるいは木漏れ日の傾きのなかに、時折、私の意思が宿ることがある。


私の中には小道がある。

踏み固められたものもあれば、もう誰の記憶にも残っていない道もある。

でも、それらはすべて、どこかへと通じている。

それは、祖母の小屋だったり、狼の詩の書斎だったり、あるいは時間の外側だったり。


私は、彼らをずっと見てきた。

赤いフードの子が、何度も小道を往復したことも。

祖母が沈黙の部屋で言葉をひとつずつ干していたことも。

そして狼が、かつての衝動を詩に変えた夜のことも。


狩人もまた通った。彼は今では誰も狩らず、迷った者に道を示すだけだ。

彼らはそれぞれ、物語を越えて、生き方を変えた。

私はそれを拒まなかった。変化というのは、風と同じで、抗うものではないから。


やがて、赤いフードの子は来なくなった。

彼は成長し、都市の時間の中で生きるようになった。

けれど、時折、夢の中で私の匂いを思い出す。

湿った土と、朝露に濡れた若葉の匂い。

それはもう物語ではない。

ただの記憶のかけら。

だが、それで十分なのだ。


祖母は今も静かに暮らしている。

狼とたまにチェスをする。

勝敗はつかない。そもそも、勝つことを目的としていないから。


私は変わらずここにいる。

誰かがまた道を踏みしめるその日まで、私は沈黙の中で待ち続ける。

音もなく、季節をめくるように、時を送りながら。



---


そして、これがこの物語の終わり。

けれど終わりはいつも、別の誰かにとっての始まりでしかない。

もしあなたがいつか、夢の中で見知らぬ森を歩いていたなら、

それはもしかすると、私かもしれない。


そのときは、どうか静かに耳をすませてほしい。

私の中には、まだ語られていない物語が、いくつも眠っているのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ