葉擦れ(赤ⅵ)
私は森。
声は持たないけれど、風の音や、葉の擦れ合う気配、足音のリズム、あるいは木漏れ日の傾きのなかに、時折、私の意思が宿ることがある。
私の中には小道がある。
踏み固められたものもあれば、もう誰の記憶にも残っていない道もある。
でも、それらはすべて、どこかへと通じている。
それは、祖母の小屋だったり、狼の詩の書斎だったり、あるいは時間の外側だったり。
私は、彼らをずっと見てきた。
赤いフードの子が、何度も小道を往復したことも。
祖母が沈黙の部屋で言葉をひとつずつ干していたことも。
そして狼が、かつての衝動を詩に変えた夜のことも。
狩人もまた通った。彼は今では誰も狩らず、迷った者に道を示すだけだ。
彼らはそれぞれ、物語を越えて、生き方を変えた。
私はそれを拒まなかった。変化というのは、風と同じで、抗うものではないから。
やがて、赤いフードの子は来なくなった。
彼は成長し、都市の時間の中で生きるようになった。
けれど、時折、夢の中で私の匂いを思い出す。
湿った土と、朝露に濡れた若葉の匂い。
それはもう物語ではない。
ただの記憶のかけら。
だが、それで十分なのだ。
祖母は今も静かに暮らしている。
狼とたまにチェスをする。
勝敗はつかない。そもそも、勝つことを目的としていないから。
私は変わらずここにいる。
誰かがまた道を踏みしめるその日まで、私は沈黙の中で待ち続ける。
音もなく、季節をめくるように、時を送りながら。
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そして、これがこの物語の終わり。
けれど終わりはいつも、別の誰かにとっての始まりでしかない。
もしあなたがいつか、夢の中で見知らぬ森を歩いていたなら、
それはもしかすると、私かもしれない。
そのときは、どうか静かに耳をすませてほしい。
私の中には、まだ語られていない物語が、いくつも眠っているのだから。